10
そんなこんなで、建国祭当日がやってきた。
勿論それまでの準備だって忙しかったけど、多くの国内外賓客を迎えた当日は、ティア皇女のそばにいるだけでも目が回りそうだった。
出席者名簿も席割りも全部頭に叩き込んだし、いつもとは違う、式典用に配置換えされた部屋も多分覚えているはず。
ティア皇女だけでなく他の皇族のスケジュール、段取りもやった。
一昨日のリハーサルだけでも大変だったけど、もう当日になったらレベルが違う。
お付きの人間って笑ってるだけじゃダメなのよ。
だから女官ってすっごいステータスの高いものなんだね。
しみじみと感じちゃった。
「あら、げっそりしてるわね」
やっと交代して休憩になったら、ヴェロニカが声をかけてきた。
私はゆっくり振り返る。
疲れた要因はそっちにだってある。
「…なんで建国式にそんな凶暴な動物を連れて来んのよ」
私はヴェロニカの足元にいるエリザベスを見た。
ワニのくせに今日は一段と華やかに着飾って…
──色気より食気の猛獣が
そう思いながらも、その姿が似合っているから言えない。
エリザベスの目が「あら、あなたは着飾っても貧相ね」だなんて言ってそう。
その煽る目つきをやめてくれ。
「あら、今日はベスの生まれた国の方だってくるのよ?きっと懐かしがると思って連れてきてあげたのよ」
「国賓に怪我をさせたらどうするのよ」
「あら、うちのベスはお利口なの。そんなバカはしないわ…ね?」
ヴェロニカが笑うと、エリザベスもニヤリと笑う。
本当に飼い主にそっくり。
「そう言って、本当はノイトラール公爵に嫌がらせしたいだけでしょ?」
最近彼の愚痴ばっかりを聞いている私にはよくわかる。
「あら、なんのこと?」
そう言ってすっとぼけるヴェロニカだけど、絶対そうだ。
こいつはやられたらやり返す。何倍返しでも。
規律を崇拝しているノイトラール公爵にとって、こういうイレギュラーな事態は一番嫌うことなんだと思う。
ヴェロニカの言う通りの堅苦しい考えの人間なら絶対にそうだ。
「いつまで根に持ってんのよ…、研究規模を拡大してもらえたくせに」
「こっちは待ってあげたのよ?全部の権限をもらってもいいぐらいだわ。なんらパナセの製造権もこっちにくれてもいいぐらいよ」
パナセとはあの万能薬の原料。
確かにあれはよく効く。
切り傷なら一日で跡形がなくなっちゃう。
結局、ヴェロニカとノイトラール公爵で論争が巻き起こっていた新薬についての普及はノイトラール公爵が少し譲歩してくれただけで終結することとなった。
すぐにスコットレット領の薬草を製品化することはダメ。
スコットレット領の薬草の製造権はノイトラール公にある。
但し、研究目的での使用はノイトラール公を介して許可。
研究成果は必ずノイトラール公に報告し、それにより製品価値が得られたものは製造時の収益が見込めるものとする。
ってなことになっている。
サクッと市場規模を広げたかったヴェロニカには悔しい結果みたい。
「てか、なんでスコットレット伯爵の領地なのに、ノイトラール公爵が介入するわけ?」
そこが分からない。
スコットレット伯爵とノイトラール公爵の間には主従関係もなかったはず。
大体、ノイトラール公爵は支持者はいても派閥はないも同然だし…
「あの頭でっかちおやじとスコットレットの成金豚が、あんたを毎度助けてくれる万能薬を共同で製作してるでしょ?その時に、資金的に援助したのが石頭の老翁よ」
よく、悪口が次から次へと出てくるなと私は感心しそう。
「帝国の利益になることなら金を惜しまないからね…。成金豚も、強い後ろ盾を持って調子に乗ってるわ。あいつ、私になんて言ったと思う?『お姫様、そうそう焦っちゃダメですよ?』よ?」
ヴェロニカは持っている扇に力を入れる。
ミシッて聞こえたけど、折れてはない。
コーラさんのはヴェロニカよりも骨太のものだったのに結構簡単に折れたよなって余計なことを思い出してみる。
「まぁ、でもさ、そのパナセ?だっけ?それが使えるって分かったのはスコットレット伯爵のお手柄でしょ?」
気づきもしなかった人が言っちゃいけない。
確かにあそこのナンパ師みたいな息子も愛人を献上されてニマニマしている伯爵も嫌だけど、あれに救われた私は文句が言えないもの。
せめてもっと、いい人であって欲しかった。
能力が高いのに、残念すぎる。
「さぁ、どうかしら?あそこが研究に力を入れてるなんて聞いたこともないけどね」
ヴェロニカが意味深に笑う。
「そうなの?」
「ミミは本当に何も知らないわね」
ヴェロニカが呆れた顔をして、閉じた扇で私の顎を持ち上げる。
「ま、いいのよ。皇女の女官のあんたは知らなくていいことだから」
「えぇ~、めちゃくちゃ気になるところで止めるじゃん」
私は迷子になった子どものような声を上げた。
ヴェロニカはそんな私を気にせず会場に目をやる。
「そんな事を気にするより、今日の目玉を拝見することの方が有益になるわよ。ティア殿下には国内の卑しい者たちの争いよりも、国同士の情勢の方が大切だわ」
「え?」
「ほら、あれ」
ヴェロニカが顎で示した方に私も目を向ける。
どう見てもこの国とは違った衣装の集団があった。
帝国よりもカラフルなのに、どこか民族感のある衣装。
帽子の形もこの国にはないもので、ズボンもダボっとしている。
なんだろう、中東の民族っぽい感じもあるけど中世ヨーロッパっぽい服装で、うまく言えない。
とにかく、帝国とは違う民族だってことはよく分かる。
「もしかして、あれがグリードの使者?」
「えぇ、そうよ」
ヴェロニカが頷く。
その団体は、その場の人々から注目を浴びていた。
式典という祝いの場なのに、なんだか少しピリついた空気が漂っている。
──あ、警備が増えた
ちょうど配置換えの時だけど、この為に準備されていたのかも。
私もなんだか声が出せずにいた。
「ソレイユ人と同じ人種って言っても、私たちとは大して変わらないのね」
ヴェロニカはつまらなそうな声を出す。
エリザベスも空気を読んでか、すごく大人しい。
「いきなり使節団ってどういう風の吹き回しかしら?」
ヴェロニカも気になっていたみたい。
けど、私の知ってる事なんてない。
「国が上手くいかないから交友関係を取り戻したいだけじゃない?」
私は気楽に言ってみる。
けど、そんな私をヴェロニカは馬鹿にしたような顔をした。
「他人事じゃないでしょ?」
それは、女官として注意しておけって事だろうか。
「太陽の儀式なんてまだやってるのかしら?」
「太陽の儀式?」
なんだそりゃと私は首を傾げる。
ヴェロニカはグリード国の使節団に目を向けたまま答える。
「あのソレイユやグリードの国が信仰している事よ。彼らにとっての最高神、太陽の神が彼らに慈悲を与えるためにやる儀式」
「へぇ~」
そんな事もあるのか。
謎の国の謎な部分がまた出てきた。
ちょっと宗教的なものもあって少し闇を感じるのは日本人の考えだろうか。
正直、グリード国にそこまで興味はない。
ヴェロニカは私の薄い反応に白い目を向ける。
なんだよ。
「ミミってそういう子よね」
どういう子だよ。
そう思ったが、ヴェロニカはそれ以上何も言わなかった。
そのまま私たちはグリード国が皇帝に挨拶をするのを見届けてその場を離れた。
ピリついた空気とは裏腹に何も起こらなかった。
そりゃ当たり前だし、それでいいんだけど、ちょっと拍子抜け。
みんなあれだけ注目して、備えていたのに大したことのない台風みたいだった。
「それで?公子とはどうなの?」
エリザベスを連れて私たちは軽い食事を口にしに向かった。
式典の本番まで軽い食事が提供されている。
「別に何も…」
そう言いかけて私は口籠もった。
今日、朝一での嫌な事を思い出してしまった。
実は、バーリードゥ夫人を通して、ノアと連絡取った後、少し話し合った。
最悪の場合を考えて、2人でバーリードゥ夫人に相談する事となった。
ノアもお父さんの耳に入れるようにしたみたい。
バーリードゥ夫人は事情を聞いて、配慮しようと言ってくれた。
と言っても、警戒する以外方法はないので、特に何もできない。
マリッサさんみたいなストーカー行為をどう処罰するのかは正直難しいらしい。
マリッサさんは私よりも身分が高いし、ノアにしている事もプレゼントをしているだけでギリ無礼な範囲ではない。
部屋の前に置くだけで、ノアの部屋には足を踏み入れていなければ、特に問題はない。
ってなことで、私たちはマリッサさんが重要な過ちを犯すまで、特に何をすることもできないってこと。
相手が不快に思えばマナー違反だって思うけど、そこら辺は難しいところなんだとか。
泣き寝入りの形となっていたのだけど、今日の朝に届いた迷惑手紙に──
『もう、あなたは必要ないわ』
ってな事が書いてあった。
今まで私を牽制するような内容ばっかりだったから、なんかすごくやな予感がする。
「…まぁ、色々とね」
すれ違ったときにノアにこの事を伝えておいたけど…
ノアもノアでお疲れ気味だったから、少し気になる。
「面白くないわね」
ヴェロニカはつまらなそうな顔をする。
そう言われても、何かある方が問題なのに。
──でも、警備も多いし、叫べば駆けつけてくれるよね
私はそう思いながらお腹が空いていたので口に肉を放り込む。
うん。最高に美味しい。
「あ~……」
私がまた食べようと口を開けると、視線を感じた。
その視線が鋭くて、私は下に顔を向ける。
「何よ」
「がうぅぅぅぅ」
エリザベスが鋭い目つきでこっちを見ていた。
私が話しかけても、何かを凝視していて…
──おや?
私は気づいて、右手を上げてみる。
それに釣られて、エリザベスの顔が動く。
左に動かせば左に──
「欲しいの?」
私は煽る様にエリザベスに言った。
エリザベスは「あ!」ってな感じで目を見開いて私を見つめる。
──確かに宮廷料理の肉は最高級品だもんね
私は「ははっ~ん」と悪い笑みを浮かべる。
これは初めての形勢逆転の機会かもしれない。
「あぁ~!美味しい!」
私は肉を頬張ってわざとらしく声を荒らげた。
「がうぅぅ…」
エリザベスは涎を垂らしながらそれを悔しそうに見てくる。
ふふ。ヴェロニカがちゃんと躾けてくれてるから、ここで暴れちゃいけないってよくわかってるわね。
「宮廷では暴れちゃいけないもんね!いいこのエリザベスちゃんにこれをあげなきゃかしら?」
私が言えばエリザベスの瞳の輝きが変わった。
本能には抗えないみたい。
私がエリザベスに見せつけるように肉を右へ左へ揺らしていると、それを眺めていたヴェロニカが口を開いた。
「そんなに仲良しなら、ベスを散歩に連れてってくれる?暇してると思うから」
いつもだったら断る所だけど、今日はこの肉がある。
「いいよ!」
私は悪い笑みを浮かべて、それを承諾するのだった。




