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「なんかね、グリード国の使節団が建国祭に来るらしいわよ?」


ある日の食事の席で先輩女官の1人が口を切った。

建国祭まで残り数日と切っていた。


私は、毎日の様にコーラさんの自慢攻撃と宮廷に居座り続けているヴェロニカとエリザベスの相手。

そして、やっぱり送られてくるマリッサさんからの手紙。

癒しであるのティア皇女からは謎のキラキラとした眼差しを投げてくるし…


──ただでさえ、建国祭で忙しいのにさ…


ため息が出て来る。

なんなら、普通の仕事でも忙しいくらいだ。

女官になってから、何か色々と遭遇している気がする。

何が悪いというものでもないので、どうしようもない。


「クリスティンも聞いたんでしょ?」

「あなたが、その時の会議に出席してたんでしょ?」


話はクリスティンさんにいった。


──グリード国の話だったっけ?


クリスティンさんは頷く。


「えぇ、夫人の代理で出席した時に報告が入ったの。けど、すぐに夫人を呼んだから私にはよく分からないわ」


クリスティンさんがそう言うと、他の人たちはその話題でそれぞれ盛り上がる。

グリード国って言ったら、あの女帝の国か。


「あ、クリスティンさん」


私は、以前のティア皇女の授業を思い出す。

確かクリスティンさんが言いかけたことだ。


「本当は今の女王の姉が即位する予定だったって話ですけど、あれってどういう事ですか?病気とかでご逝去されたとか?」


確かにそう言っていた。

クリスティンさんが「あぁ」と短く返事をして、続きを話そうとすると、そこに割り込んできたのはコーラさんだった。


「バーバラ王女のことですわね!」


すっごい自慢げな表情で言った。


コーラさんは私の『同僚』になってくれたけど、どうも態度は前と変わらない。

変わったといえば、自慢はするけど、ドヤ顔で訴えてくるだけってところかな。

「あんたには分かんないでしょ?」って顔はしまくるけど、私を貶す言葉を投げてくることはない。


それがコーラさんなりの譲歩かどうかは全然分からないけどさ。

でも、言い合いをしながらでも、今が嫌いじゃないとか思う私も物好きだ。


「あ、そうそう、バーバラって名前だったわね。さすがコーラさん」


クリスティンさんもコーラさんにうんうんと頷く。

私には全然聞き覚えがありません。


「誰ですか?」

「失踪したグリード国の第一王女ですわ」


またしてもコーラさんが自慢げに言ってくる。

ご立派なペタ胸付き。


こっちは知らないって降参してるんだから、いい加減自慢はやめて普通に説明してくれ。


そんなコーラさんに代わってクリスティンさんが補足してくれた。


「グリード国の王家にはその第一王女のバーバラ王女と、今の女王の第二王女がいたのよ。元々、第一継承権はお姉様のバーバラ王女にあったんだけどね。いきなり姿を消したから、妹の第二王女が即位することになったの」

「へぇ~」


私は呑気に返事をしながらちょっとこわいと思った。

継承権のある王女が行方不明。

権力争いのありまくるこの時代なら色々とあり得そうな話だもん。

クリスティンさんは特に変わった話ではないように語る。


「噂では、身分の低い男性と駆け落ちしたけど生活に耐えられなくて自ら命を絶ったとか、冷酷なバーバラ王女に憤慨した貴族の仕業だとか、実は大きな罪を犯して幽閉されてるとか…色々と飛び交ってるわ」

「わたくしは、現女王と王配をめぐって争った末、バーバラ王女が現女王を殺そうとしたことが露呈して、処刑されたと聞きましたわ」


クリスティンさんの説明にコーラさんも付け加える。

その昼ドラの定番みたいなやつがありえる世界だから、頷きながら聞いてしまう。

私も一人前にこの世界の住人だね。


「どれも噂だけどね」


クリスティンさんがコロコロと笑って言った。


「グリード国自体は、第一王女が行方不明だって公表しているだけだから、真相は全然分からないの」

「にしては、どれもバーバラ王女が悪って感じのものばかりじゃありません?」


私は最後に有耶無耶にされたから少し噛みついた。

こういう情報って、興味を持たせるだけ持たせて、最後にくちゅくちゅってなるから嫌。

真相を教えてくれって、本当に思う。


クリスティンさんは困ったなというように、手を頬に当てる。


「う~ん、でも、あんまりバーバラ王女っていい噂を耳にしないのよねぇ~」

「えぇ、わたくしも極悪非道な方で、国民は現女王が即位して喜んでいるって聞きましたわ」


いないと喜ばれるだなんて、なんだか少し寂しい気持ちになった。

そのバーバラ王女がどんな人かも分からないけど、死んで喜ばれるってさ…


もしさ、前世の私がそうだったら、悔しいどころの騒ぎじゃないよ。

死んでも死にきれないじゃん。死んだけどね!


そう思いながら、再び疑問が湧いてきた。


「でも、今の女王って、あれですよね?その取り合った王配はお妾さんに夢中で子どもいないって、国も良くないんですよね?」

「そうですわ。この前、わたくしが教えて差し上げたでしょ?」


またドヤられた。

忘れたわけではありませんよ、コーラさん。


「だから、その話と、バーバラ王女の話が食い違ってるって話ですよ。国にとって、いい王になったのに、状況が良くないとか、おかしくないですか?」


私はもう一度、丁寧に言った。

けど、コーラさんはまた重ねてくる。


「いい?ミンディさん、この国はそんな簡単にイエスかノーでは上手くいかないものですわ。たとえ最高の人材が揃っていても、不運が続けば国は滅ぶことだってあるのですわよ?」


──うっせぇわ!


おっと、馬鹿にされすぎて口が悪くなってしまった。


「コーラさん、わたくしだってそんな事知ってござんすよ?」


そう返したら、コーラさんがすっごい奇妙な目を向けてきた。

私も冷たい笑みを見せて、威嚇しておいた。

これぐらい『同僚』なら受け入れてね?


そうこうしていると、クリスティンさんが言った。


「ふふっ、だから、それが『バーバラ王女の呪い』って言われているの」


綺麗な所作で、肉を切り分けながら言葉を続ける。


「国がうまくいかないのも、追い出されたバーバラ王女の祟りだってグリード国では騒がれているらしくて、バーバラ王女探しなんてのも始めてるって聞いたわ」

「「へぇ~~」」


私とコーラさんの声が重なった。

聞きたかったのはこれだよ。

クリスティンさんは言葉を続ける。


「もっとも、あの国には元々がいいイメージがないけど…」


クリスティンさんは苦笑いを浮かべた。

その顔も優しげで綺麗です。


「グリード国ってね、極悪非道なソレイユ国を滅ぼしたって印象があるけど、元々、ソレイユ国とグリード国って同じ国だったの」


長い歴史の中で国が引っ付いたり別れたりってするもの。

かつてはそうだったのかも。

帝国の歴史とは関係ないからそこまで深く学習してないところだと思う。

記憶のすっごい片隅にあったようななかったような…


「だから、グリード人もソレイユ人の人種は一緒だし…」


そこでクリスティンさんは声のトーンを落とす。


「ソレイユのあの過激的な思想もあるって言われてるのよ…。実際、結構閉鎖的な国で、謎に包まれているの」


なるほど。

だから、他の人が騒いでいるのか。


「そう言われれば…、わたくしの記憶でも、グリード国の方が我が国の式典に出席なさるのは初めてですわね」


コーラさんが言った。

コーラさんは家柄的にもそういう行事に顔を出すのは多いのかも。


「使節団がやってくることも久しぶりなの。確か、以前来たのは20年ぐらい前よ。ソレイユ国を支配下に置いた時らしいわ。帝国と教国の認可を求めてね」

「へぇ~」

「でも、なぜ属国でもないのにグリード国に許可を出したのですの?」


確かに。

下手に他国が国土を増やすのはいくら帝国が強くてもいい話ではないはず。

コーラさんもいい質問するね。


「ん~、私も生まれる前だからそこまでは知らないの」


クルスティンさんは困ったように笑う。


「ま、来るっていうのは、国政の為に帝国との絆が欲しいのね。いい後ろ盾がいれば、持ち直せるって思ってるのかもね」

「たしかに…、本当にバーバラ王女の呪いなら、同情しちゃうかも」


私が呟くと、コーラさんが目の色を変えた。


「どこがですの?呪いだかなんだか知りませんが、それでも国を傾かせた事は事実ですわ。噂の真偽がどうであれ、それだけ現女王の統治力が低いだけではありませんこと?」


まぁ、そう言われれれば…そうか?

確かに、国をおさめるってそういう事か。


そう考えていると、クリスティンさんが明るい声色になって言った。


「まぁまぁ、それより、2人は建国祭の後にある狩猟⼤会について忘れてない?」

「あぁ…」

「もちろんですわ!覚えてますわ!」


声のトーンが落ちた私と違って、コーラさんの声は張り切っていた。


『狩猟大会』は恋する乙女なら毎年、待ち遠しいイベントの一つ。

一年の中に恋心をくすぐってくる行事はさまざまあるが、狩猟大会は女性からアプローチできる大イベント。


国を上げて行うその狩猟大会は、趣味で個人的に行うものと違って、狩りによって得た獲物の量や強さを比べて優勝者を決める。

女性はそれに参加する意中の男性の健闘を願って、刺繍した腕章を送るのだ。

そして男性は獲得した物を女性に捧げる。

男性は技量で優勝者が決まるけど、女性はその男性から捧げられた獲物が一番多い人がその大会の主役になる。


女性にとっても男性にとってもロマン溢れる大会であるのは間違いない。


もちろん、私はそんなもの興味ないし、どうでもいい。

刺繍なんてそんなに得意でもないから、作ってもない。


「最高の刺繍を仕上げるよていですわ!」


そう言って、胸を叩くコーラさんの手にはあの万能薬がべったりと塗られ、包帯が巻かれていた。

ずいぶん張り切っているみたい。


「誰にあげるんですか?」

「ふんっ、そんなの聞かなくても分るはずですわ」


挑戦的な目を私に向けてくる。


「え、ノア…公子?」


危ない。呼び捨てにしそうだった。

だって、ノアに今アプローチをかけたら、跳ね返りが…


「なっ!わたくしはまだそこまで距離を詰めていませんわよ!違うわよ!アーノルドお兄様よ!」


コーラさんは真っ赤になって言った。

なんだ、違うのか。よかった。

コーラさんはマリッサさんに弱そうだもん。


「あ、なんだ…え?仲直りしたんですか?」


私がホッとして言ったら、コーラさんは顔を拗らせた。


「いつ私がお兄様と喧嘩したの?」

「え?そうじゃないんですか?」

「何を勘違いしているのよ。馬鹿じゃありませんの?この前は偶々うまく会話できなかっただけですわ」


そんなわけないと思ったけど、コーラさんの顔は清々しい。

なんか吹っ切れた感じがする。そっか、ならいいや。


「アーノルドお兄様はまだ婚約者もおられませんので、わたくしが贈りますの!」

「ふふっ、私も、完璧に仕上げて、渡したいわ」


クリスティンさんも微笑みながら言った。

そっか、クリスティンさんは付き合っている方がいたはず。

でも、まだ婚約まで至ってはいないみたい。なんでだろう?

てか、誰だろう?


最近の幸せそうなクリスティンさんは時々すっごく甘い香りがする。

これが幸せの香りってやつか?こっちもホァっとしてくる感じ。


「今、こんなデザインを予定しているの」


そう言って見せてくれたデザイン画。

そこには金色で縁取って華やかな色合いの花が描かれていた。

そしてその中には蛇──


──なぜ、蛇?


そ奴がいるだけですごく毒々しい。

分からないけど、結構メインで描かれているからポイントなんだろう。

ワニを可愛がる友人がいるから、蛇を可愛がる先輩がいてもおかしくないかも。


──うん、全体的にそこまで…大丈夫?……だね


「ミンディさんの教えてくれた色合いがすごく良くて参考したのよ?」

「はい。色合いはすごく綺麗です」


私も正直に答える。


「まぁ!この大蛇は強そうで素敵ですわ!」


時々思ってたけど、コーラさんは派手ならなんでもいいのか?

でも、ファッションはそこまでじゃないし…よく分からない。


「ふふ、とっても楽しみね」


クリスティンさんが笑う。

それが幸せそうだから、私は蛇の指摘をやめた。


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