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「…ミンディ嬢は、もっと自分を大切にするべきだ」


ノアがため息まじりに言った。


今日は久々にノアが会いに来た。

ノアも建国祭の準備で忙しいみたい。

ばったり出くわす機会も少なくなってしまった。


そんなノアがいきなりティア皇女の宮殿にやってきた。

私を見つけたノアはすぐに駆け寄って「また怪我したのかっ!」って彼に体をがっしり掴まれた。

今は慌てたノアを落ち着かせて、部屋で話しているところ。


「大切にしてるよ」

「してたら、1週間も痛みが残るほど魔石を握るだなんてありえない」


淡々とノアは言いながら、私にくれたブレスレットの魔法玉を修復してくれている。


どっかから私が怪我したって聞いて慌ててきてくれたらしい。

その手には何故か草の束があった。


そして、私は出会ったついでに、ノアに魔法玉が治るかどうか聞いてみた。

実は、あの影響で、魔法玉にヒビが入ちゃった。


その事を伝えると、ノアは顰めっ面をして私の腕を掴んだ。

私が「いたっ」って言ったら、余計にノアは眉間に皺を寄せて、不機嫌そうにブレスレットを直してくれている。


「ねぇ、ねぇ、魔法玉ってさ実用化されたら、平民も魔法が使えるようになったりするの?」


私は疑問をノアにぶつける。

ノアは少し考えてから、口を開いた。


「それは僕の管轄外だから」

「あ、そっか。ノアは魔石の研究は専門外なんだっけ?」


なのに、わざわざ私の為にこれくれたんだ。

そう思うと、友達のありがたさを感じながら、少し跳ねる気分になる。


「いや、そういう話ではなく、魔法の普及に関して研究したとしても、決定権は研究者にないから」

「ん?」

「有識者の意見を求められることはあっても、それは参考程度で役人や、後は元老院で決定する」

「あぁ、そういうことか」


この国には元老院があって、国のことは大体そこで決まる。


「だから、魔石みたいに希少価値がなくて、生産性が高くても、魔法玉が普及するかどうかは別だと思う」

「なるほどね」


そういう現実的な話を聞きたいわけじゃなかったけど、そうなのか。

つまり、元老院が許可を出しちゃえば、普及される可能性はあると。


「もし、魔法玉が魔石の代用品として使用できたなら、君も魔法が使えるかもしれない」


ノアがゆっくりと言った。

慎重な言い方だから、僅かな可能性なのかも。


「そっか。楽しみ」


私も短めに言った。

なったら嬉しいけど、そうでないと死ぬってことは、ない。

だから、なれたらいいなって夢の話として聞いておく。

きっとお互いにそれが楽だと思うから。


私はそれから、ノアが持ってきていたものを指さした。


「ねぇねぇ、ノア、その草何?」


なんか見覚えがあるような植物。

なんだっけ?


「あぁ…これは実験用で使おうと思って…」


ノアは複雑な表情を見せる。


「……焦って、そのまま持ってきてしまった」


ノアは顔を片手で隠しながら言った。

白い肌がちょっぴり赤くなっている。


──心配かけちゃったのか


申し訳ないと思いつつも。嬉しいむず痒さがある。

照れるなんて、素直で可愛い性格をしている。


「ありがとうね」


私はそのむず痒さにはにかむと、ノアはちょっと手を顔から外して、こっちを見た。


「ん…」


ノアは短くそう答える。

私もそれに微笑むと、なんだか心地の良い沈黙がやってきた。


なんだかそのままでもよかったけど、今日は何故かこの空気感のままはいけない気がした。

私は話を戻すことにした。


「ねぇ、で、この植物は何?なんか見覚えあってさ…」

「ミンタの事?」

「ミンタ?」


瞬時に思い浮かぶのは浮気者でどうしようもない男爵。

私の怪訝な顔にノアが察したみたいで、クスリと笑う。


「ミンタ男爵家領地が元々の産地」

「え、なら、私の想像も間違いじゃないってこと?」


私がゲッとしたら、ノアは静かに頷く。


「近年は、領地がかなり荒れ、男爵領での収穫量はかなり減っているけど」

「それなら資金繰りに苦しんでない?浮気三昧のくせにさ」

「そこらへんは知らない。けど匂いが良いから香料として使用されることが多い」


そう言って、ノアは私の前にミンタという植物を少し揺らした。

ふんわりと草っぽい匂いと共に爽やかな香りが漂って来た。


── あ、これ、ミントっぽいかも


もっとしっかり感じたくて、手を伸ばそうとしたら──


「待った」


ノアがそれを止めた。

いきなり私の手を掴むからビックリした。

ノアがまたグッと距離を縮めて来た。

そのせいで、ミンタよりもノアの甘く爽やかな香りがより感じられる。


「ミンタは葉に毒性が強い」


そう言って、ノアはミンタを机の上に置く。


「触るぐらいなら問題ないけど、もしもの為に」

「そんなに?」

「煮詰めた液は危険。だから、香料としては有能だけど、香水には使わない。火を焚いて、服や部屋に香り付けする程度。宮廷でも繁殖してる場所があるから気をつけて」

「なるほど」


良く見ると、見た目もミントに似ている。

けど、毒があるなら全然違う。


──ミントティーはダメだね


そう考えていると、ノアはまだ近いままだった。


──いつまでこうしているんだろう……


「…ノアってさ、時々人との距離おかしいよね」

「?」


私が言うと、ノアは首を傾げた。

けど、まだ眉間には皺がある。


だって、私に近づいてくる時、他の人よりも結構近い。

さっきもぐいっと、家族でもなかなか来ない距離感で私の腕を確認したりさ。

少しは免疫ができてたけど、美形のアップは来るものがある。


私が恋愛に興味なくて良かったね。

他の人だったら、そのまま襲い掛かってたかも。


「服を綺麗にしてくれた時はあんなに初々しかったのにさ」

「!」


ノアは思い出しのか、ボンッて顔を赤くした。

思い出したみたい。


「あ、あれは…場所が場所で…」


私の仄かな膨らみしかないペタ胸でも、気を遣ってくれる純粋さ。

真っ赤になりながら、ノアは言葉を出す。


「そ、それに……前に事故で当たってしまった時、その方に『責任を取れ』と迫られたこともあって……」


──なるほど


そこにもトラウマがあったのか。

つくづく不運な男だ。


「ノアって、もう少し普通のイケメンだったら、人生楽しかったかもしれないね」

「普通…?」


ノアはまた首を傾げた。

ノアには女性に迫られる事が自分の外見のせいだと分かっているのだろうか。


──あーあ


ノアを見てるとそう思う。

なんで人生はこうもうまくいかないのか。

どんなに容姿が優れていても、レイナのように人生がイージーモードとなる人間はどれほどいるのだろう。


「ノアは、もっと報われるべきだよ」


私はそう言って、ノアの肩を叩いた。

ノアは不思議そうな顔をしていたけど、すぐに口を開く。


「僕は報われている」


ただ事実を伝えるだけのようにノアは言った。


「僕自身は足りない事が多い。けど、それでも報われている」

「足りなくないよ、ノアはそのままで十分だよ」


ノアはいいやつだ。

そこは間違いない。


「私が言いたいのは、もっとノアをいろんな人に知ってもらえたらいいのにって事。ノアが困ってる事とかさ」


そう言いながら考える。


ノアに迫ってる令嬢たちが、ノアが困ってるからと言ってその手を休めるだろうか。

いや、多分しない。異常なファンとか追っかけはそう言うものだ。


それでも、ノア自身を不憫に思ってくれる人が多ければ、もっと変わると思う。

ノアは噂の様な完全無欠の王子様なのではないと知って欲しい。

彼自身は不器用だけど、もっと人との交流が好きな人だ。

決して1人で生きていける人間じゃない。


「僕は恵まれているよ。周りの方は皆、優しい」


ほらいいやつ。


「ミンディ嬢と出会えたのもそうだ」


ノアがじっとこちらを見つめてくる。

何だか、声が出なかった。


──違う、違う


変に高鳴りそうな音を私は押さえ込む。

勘違いしそうな真剣な表情に私は息を呑んでしまった。

あまりにもじっと見つめてくるから私はそっぽを向く。


「わ、私も…、ノアに会えて良かったよ……」


何だかそっけない言い方をしてしまった。

これはツンデレなコーラさんの影響か?


「本当に?!」


なのに、ノアはパァッと顔を輝かせた。

そこらへんの光をかき集めた眩しさ。


それに人の良さそうな笑顔じゃなくて、ノアにしては人懐っこい独特の甘い匂いのしそうな笑顔。


──さすが従兄弟…、ティア殿下とそっくり…


そう思いながらも、夏の暑さが入り始めた季節のせいかやけに血流がいい。

私は何だか、ゴクリと喉を鳴らした。


「そ、そうだね…」


私は何かに避ける様に言うのが精一杯だった。


犬を飼ったことないからだけど、懐かれるってこう言う事なのだろうか。

ただワイアットやティア皇女の時とは違うむず痒さがある。


──私よりでかい男が言うからだ


そう納得し、友達っていいなと再び思った。



*****



──あ、ノアに言い忘れてた


私は、ノアと別れた後、報告しようとしていたことを思い出した。

ノアは帰ってしまって今更すぎる。


──結構大切なことなんだけどなぁ…


私はここ数日の困ったことを思い出す。

原因はただ一つ、例のストーカーだ。


マリッサさんと思われるあのストーカーは私とノアが会わなくなると、もう一度接触してきた。


「やっと身の程を理解したみたいね?」


鼻にかかった嫌な声と共にすれ違い様に言われた。

振り返るとあの奇妙な笑みを浮かべるマリッサさんだった。


はっきりと私は彼女をみた。

癖のある赤毛はかなり、綺麗に結ってあるけど、マリッサさんの特徴と似ている。

お化粧で誤魔化してるけど、うっすらとそばかすのようなものも見える。


あの時のマリッサさんと似ていると思えなくもない。

弱々しい目元は、濃いいアイラインが太く引かれていて、なんだか強そうだ。


「…マリッサ様ですか?」


私は恐る恐る声をかけた。

まずは正体を知らないとさ、こわいじゃん。


「あら、私を知ってたのね」


私が緊張して構えていると、マリッサさんはつまらなそうな顔をした。

何気、表情豊かでこわい。


──正体が分かっても普通にこわいです。


私が固まっていると、それを感じ取ったのか再び笑った。


「ふふっ」


マリッサさんはゾッとする微笑みを残すと、そのまま歩いて行ってしまった。

なんだろう。こわすぎて呼吸するのだって忘れかけた。

正気に戻った私はハッとする。


──あぁ!一言、言ってやれば良かった!


ってその時は思ったけど、後から考えれば、言わなくて良かったと思う。

だって、ストーカーは何をしでかすか分からない。

だからこわいんだ。


──マリッサさんと分かっただけで、少しは進歩したんだ


誰を怪しめばいいのかはっきりしただけでも十分。

私はそう飲み込んた。


そしてその判断は正しいとすぐに気づいた。


『彼は私に微笑んでくれたわ』


『今日は私の為に会いに来てくれたの』


『今日の彼も素敵だったわ』


そんな手紙がやってくる様になった。

毎日じゃないけど、かなりの頻度。

そんなに宮廷に出入りしまくるほど暇なの?とか余計なことを考えちゃったよ。


それよりも、異常さに震えたけどね。


一見、ノアがマリッサさん相手にしたように見える行動だけど、ストーカーの特徴で思い込みとかもあるよね。

よくドラマとかで見るやつ。


例えばさ、アイドルが会場のファンに微笑みかけたら、「私を見たわ!」とか思うやつ。

偶然鉢合わせしただけでも「私に会いにきたのね!」とか。

『素敵だった』なんて論外で、私でも言えるさ。


そう考えると、マリッサさんが完全にヤバめのストーカーだと認定できる。


──ノアに近寄る人全員にやってるの?


そう思うと、結構な重労働だ。

ノアの近くにいる女性なんてわんさかいると思う。


──これを伝えるんだった…


忘れてたなと思い、追いかける。

だって、これは結構重要な事だ。


──大切な事じゃんか…


なんか、さっきの空気感が呑気すぎて忘れていた。


──流石に帰ったか…


だけど、ティア皇女の宮殿内にはノアの姿がなかった。

ノアの研究室まで押しかけるのもありだけど、マリッサさんに見つかることを考えれば、なし。

伝えに行く意味がなくなる。


──まだ、攻撃がこっちだけならいいけどさ…


嫌だけど、そうなればいいのに。

ノアの苦労が一つでも減ってくれればなんて思ってしまう。


さっきの、元気そうなノアを思い出しちゃった。

あの笑顔が消えるのは、友として少し勿体無い。


そう思いながら、今は情報共有が大事だと思った。


──バーリードゥ夫人に伝言を頼も


それなら早めに手紙を書いて置くほうがいいのかもしれない。


なんともいえない気持ちになった。

これはもしかしたら、私たちだけの話にしない方がいいかもしれない。

多分、そんな気がする。


私はすぐに手紙を書くことにした。

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