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「これはオレのだ!!」
ルーベンくんは私から魔石のブローチを引ったくってもう一度主張する。
──拗ねてただけね
変にこじれていない素直な子で良かった。
私の『貰う』って煽りに乗っかって、バーリードゥ夫人が自分の為にしてくれていることを言えば、すぐに取り返しにきた。
──いらないって言ったくせに…
正直、いらないならもらっても良かった。
ついでに魔力もおくれって思う。
お母さんはこれ以上いらないけど…
3人目のママを受け入れる容量はまだありません。
こっちは天国の様なティア皇女とのお茶会が台無しになったのに、なんて親切なんだろうと私は思う。
「絶対、お前なんかにやらないからなっ!」
すっごい睨みを効かしてルーベンくんは言った。
まだまだ独占欲の強いお子ちゃまね。
数ヶ月違いのティア皇女に嫉妬までしちゃって。
──あーあ、本来はこんなことになる予定じゃなかったんだけどなぁ…
鈍い痛みの残る腕をさすりながら、私は思い出した。
*****
事の始まりはお手洗いの帰りに、遅れてやってきてバーリードゥ侯爵夫人と遭遇したところから。側にはティア皇女と同じぐらいの歳の男の子がいた。
目元が真っ赤になっていて、しがみつくようにバーリードゥ夫人のスカートを握っていた。
「息子のルーベンです」
バーリードゥ夫人が紹介をしてくれた。
それでも、男の子はピクリともしない。
「ぐずって仕方ないから、連れてきてしまいました…。宮廷は初めてなので緊張している様です」
困った顔でバーリードゥ夫人が言った。
その顔は、なんだか初めて見るものだった。
完璧な彼女も育児には手こずるようだ。乳母とはまた違うのかも。
肝心のルーベンくんは初めての場所に不安というよりかは、お母さんを離したくない様な感じに見える。私に対しても睨みを効かして威嚇している。
──そんな顔をしなくてもお母さんを取らないよぉ~
そう思いながら、私は苦笑いを浮かべる。
ヴェロニカが遊びに来た時のワイアットみたい。
「いつもはわがままは言わないのですが…」
「いやだ!オレ、お母様といる!」
そんな事を言っていた。
多分、いつも一緒に居れなくて甘えっ子が爆発したんだろうなと考える。
これぐらいの歳の子にはよくある事だ。
シスコン疑惑のあるワイアットのおかげで、私もよく知ってる。
それからそのままティア皇女の元に向かったけど、もうそこからが最悪。
ルーベンくんはすぐ様、ティア皇女を自分の最大の敵と認識した。
ティア皇女とバーリードゥ夫人が会話する姿を見てすぐに感じたみたい。
目の色が明らかに変わったもん。
自分の知らない空間なのに、みんな知り合いで話をしているから、ルーベンくんはティア皇女の天使の様に話しかけても、機嫌が悪くなるばかり。
最終的には、魔石に触られそうになって手をあげてしまった。
──あれって…
多分、あの時バーリードゥ夫人が悩んでいたものだろう。
いいものが見つかったみたいで良かった。
とか、思っていると、そこからさらにルーベンくんは爆発した。
そのまま駆け出してしまった。
それからはあっちやこっちやって状況になってっさ…
結局、私は口を出すことになった。
だって、バーリードゥ夫人の代わりに緊急の会議には出席できないけど、ルーベンくんなら追いかけられる。
それぐらいしかできないから、するしかない。
もしかしたら、でしゃばりだったかもしれないけど、仕方ないじゃない…
そういう性格なんだよ。
追いついた時にはルーベンくんは、池の前で感傷に浸ってた。
ちっちゃい子になに言ってんだって思うけどね。
その言葉がぴったりな雰囲気だったんだもん。
「夫人が心配しているから、帰ろう」
そう言うと、ルーベンくんはキレた。
「どうせっ…どうせオレなんてっ…いらないんだっ」
やっぱり。
ルーベンくんは忙しいバーリードゥ夫人にかまって貰えなくて拗ねてたんだ。
きっと昨日は誕生日で甘えれたのかもしれない。
それが今日になってまた元に戻りそうで不安になったんだ。
──仕方ないな…
ルーベンくんの気持ちも分かるし、バーリードゥ夫人の気持ちもわかる。
私が何も声をかけれないでいると、ルーベンくんは感情をさらに昂らせてしまった。
だめだ。完全に興奮状態になってる。
「オレっ…こんなものっ、こんなものいらないっ…!!!」
そう言って、ルーベンくんは大切なお母さんのプレゼントである魔石を池にぶん投げた。
その瞬間、私の中で何かがプツンとキレた。
ルーベンくんは何も分かっていない子どもだと、イラッとした。
何も分かっていなきゃ、なにしてもいいわけない。
第一、それが人の思いを踏み躙るものなら余計にだ。
ただ駄々をこねるばかりで、気づいてもらえる、かまってもらえるのを待っていだけでは何もならないのに。
気がつけば、私は「私が貰う」と言って、池の中に入っていた。
だって、乳母ってさ、皇后から直接頼まれるやつでしょ?
光栄な事だし、なかなか断れないよ。
それにその仕事をやり遂げれば、一族にとって有利になる事ばかり。
それはルーベンくんの為でもあるんだよ。
それにさ、バーリードゥ夫人がルーベンくんをいらないなんて思ってるはずないじゃない。
どんなに遅く仕事があっても、必ず家に帰るんだよ?
このまま宮廷に泊まればいい時間でも必ず帰るの。
朝がどんなに早くてもだよ。
バーリードゥ夫人は必ず家からやってくるの。
しかも、なかなか休暇を取らないくせにさ、ルーベンくんの為には休暇を取るんだよ?
わざわざ休暇を取ってその魔石を探したんだよ?
あんな表情で悩んでるバーリードゥ夫人を見たら、黙ってはいられなかった。
池は濁ってて、見えなかったけど、足が魔石に当たってすぐに分かった。
まさかここで、『魔力なし』が役に立つとはね。
そっからは半分意地悪で煽ってしまった。
簡単に捨てちゃだめなものだもの。
*****
「うわぁあああん、こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ぃいい」
その後、帰ってきたバーリードゥ夫人に会うと、ルーベンくんは大泣きした。
バーリードゥ夫人も心配だったみたいで、ルーベンくんをこれでもかってぐらい抱きしめた。
きっと我が子だからだろうね。
怒鳴るのも、叱るのも我が子だから。
心配してても、ここまで乱れたバーリードゥ夫人は初めてだもん。
「なんであんなことをっ…」
バーリードゥ夫人は抱きしめながら怒っていた。
「だって…お母様がいなくて……」
ルーベンくんは言葉を吐き出す。
最後まで、聞いたバーリードゥ夫人は涙を流した。
34年、生きてきたけど、まだ母の気持ちは分からない。
けど、やっぱりその気持ちは温かいものであることは感じられた。
──やっちゃったな…
私はそれに感動しながらも、自分の汚れてしまった服を見つめる。
まさかこの服をこんな短期間で2度も汚すことになろうとは…
一つ目はコーラさんのせいだけど、今回は自分でしたこと。
悲しいけど、後悔はない。
でもやっぱり、気分は落ち込む。
変に痺れている手は、鈍い痛みもあって、動くのかも怪しい。
多分動くはずなんだけど、確認するのがちょっと怖い。
「全く、馬鹿じゃないですの?」
コーラさんが近寄ってきて言った。
あれ?さっきまでどこいたのさ。
「ミミ、大丈夫?」
ティア皇女様も現れた。
2人してどこ行ってたんだ。
ティア皇女は心配そうに私の手を見つめる。
──あれ?なんで知ってるの?
そう思っていると、いきなり生暖かい風が吹いた。
私は驚いて周りを見渡すと、コーラさんが何か呪文を唱えていた。
コーラさんの手から水の様なものが出てて、それと一緒に風が来ていた。
それはあっという間に私の体の周りを囲んでしまって──
「ぐほっ!!!」
なんか水の塊がバンバン体に当たってくる。
しかもみぞおちに入った。
──風も鋭くて刺さってきそうなんだけど!
これは嫌がらせの攻撃魔法?
いや、こんな攻撃魔法聞いたことない。
そう思っていながら、一方的な暴力?に耐えていると、しばらくして、魔法は止んだ。
「はぁ…はぁ…」
なんか、すごい疲れた。
「え?あ、あれ?え?!」
私は汗を拭おうとすると、さっきまで泥だらけだった服は綺麗になっていた。
もう一度全体を確認するけど、きれいに汚れは落ちてしまっている。
──え、てか。コーラさん、私の為に魔法を使ってくれた?
ただでさえ痛い手は追い討ちをくらったけど、一番気落ちしていた服が元に戻って、私の気分は一気に上がっていた。
そんな私を見て、ティア皇女がはしゃいだ。
「コーラ、魔法上手だね!」
「殿下、これぐらいは朝飯前ですわ。わたくしのお兄様方はもっとすごいのですわ」
「わぁ!すごいね!コーラもすごいところがいっぱいだ!」
「えぇ、わたくしの同僚になんか負けていられませんもの!」
この2人もなんか仲良くなってない?
私を置いてけぼりにしてティア皇女とコーラさんは話していた。
ティア皇女もなんかテンションが高い。
「ほら、さっさと医務室に向かってはどうなの?」
コーラさんがつっけんどんに言ってきた。
お前が追い討ちをかけたんだ。
ノア公子はもっと優しい魔法だったぞ。
「わたくしを怒鳴るほど大事な服なら、大切するべきだわ!本当に手のかかる同僚ですことっ」
そう言って、「さ、殿下参りましょう」と行ってしまった。
仲良く手まで繋いで──
──え?どうなってんの?
なんかお礼を言うタイミングもなかったし、ツンデレめいた発言もあった。
──ってか、『同僚』って言った?
私は記憶を辿った。
確かに言った。
──え?これは私のプロポーズの答えって事?
前に「普通の同僚になりましょう」と告白したら逃げられた。
私はわけも分からず自問自答する。
って事は、私はやっとコーラさんに認められたと言う事だろうか。
なら、やっぱり服を綺麗にしてくれたのは親切?
攻撃的な魔法だったのはツンデレの表現ですか?
考える事はいっぱいだったけどさ、なんだか私はニヤついてしまった。
私はその後、医務室に行ったら、ちょっと治療されて終わりだった。
なんでも魔力なしへの魔石からの攻撃は、いわゆるドッキリで使うビリビリみたいなものらしい。
ただ直接マナに刺激を与える為、痛みはその倍で、麻痺したみたいに少しの間痛みが残ってしまうみたい。
特に魔石にはルーベンくんのマナが注ぎ込まれ始めていたから、余計に反発して更に悪化しているとか。
一時的なもので全くの問題はないって事だったから一安心。
私が治療を終えて、ティア皇女の宮殿に戻った時にはいろんなことが収拾してしまっていた。
バーリードゥ夫人からは改めて謝罪された。
ルーベンくんも謝ってくれた。
「ごめん…なさい……」
真っ赤なほっぺをぷっくりとさせて言ったルーベンくん。
可愛かった。
2人は話し合って、バーリードゥ夫人もルーベンくんに思いを語ることができたみたい。
おかげで、ルーベンくんの甘えっこスイッチに火がついたみたいで、その日は終始、バーリードゥ夫人にべったり。
時々抱っこなんてせがんで、バーリードゥ夫人も「今日だけよ?」とか言って抱っこしていた。
「ミミ!ティアもなでなでして!!」
なぜか、ティア皇女も甘えっこスイッチが入った。
すっごいキラキラした目でこっちを見るの。
前から懐いてくださっているとは思っていたけど、それとはなんか違う。
「お願い!やって!お願い!」
分からないけど、せがまれて私はためらいながらも撫でた。
なんか、甘えてくる子犬みたい。
可愛い。めちゃくちゃ天使。
迎えに来てくれたの?
「あぁ、服従しちゃいそう…」
「ミンディさん。貴方、女官としてあるまじき表情ですわよ?」
私が呟くと、コーラさんがドン引きしていた。
いっけね。
私もコーラさんにお礼を言ったけど、コーラさんはツンだけ返された。
「何のこと?貴方を雑巾と間違えたのかもしれませんわっ!」
何でだ。
まだコーラさんの事は分からない事は多い。
ティア皇女もあのキラキラした眼差しが分からない。
分からない事だらけだけど、宮廷に来て初めてすごく穏やかだった。




