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意外と私は行動力があったみたいだ。

その日の放課後になると、私は顧問のところに行って「部活、辞めます」と言った。

顧問の反応は、ある程度予測できたもので、ただでさえ迫力のある顔に深い皺を作ってため息をつく。


「はぁ…こっちにこい」


職員室から出て、私は近くの空き教室に誘導された。

顧問はたばこを咥えたが、禁煙であることを思い出し、気まずそうにすぐに仕舞った。

そして、不機嫌そうにタバコの箱をポケットに突っ込む。


「お前な……何度も言わせるなよ」


50代目前にしては老け込んで見える顧問は苛立ちを隠そうともしていない。

伸びっぱなしの濃い眉を動かして続きを話す。


「いいか?部活に私情を持ち込んだり、面倒事を起こすんじゃない」


出た。この顧問はいつもそれだ。事があって、相談すれば帰ってくる言葉。

学生の部活の大半を握るのは人間関係なのに、彼はそれをすこぶる嫌う。


──あーあ、はじまった


私はお決まりの展開にげんなりした。

彼が問題の根本を正してくれた事なんてない。


「また、佐々木か?」


──ご名答


実は、顧問に何度かれいなの事を相談したことがある。

決して、真似されてるって事ではない。

そんな相談、自意識過剰みたいで言えるわけない。


私が顧問に相談していたのは別の件。


人と人が関われば、多少の問題があるのは当たり前なわけで、その解決を求めた所、顧問にはいつもこの反応をされる。

特に部長のれいなにそれと対等に話せる同学年という立場であれば、意見がぶつかり合うことはある。そんな相談で、顧問からこんな言葉が返ってくるなんて最初は思いもしなかった。


「いえ、関係ありません」


めちゃくちゃ関係あるけど、それを訴えたところで複雑すぎる。

第一、れいながどんな気持ちでいるのかよく分からない。

ただ、何故か同じものを持っているれいなは怖いし、陰口を叩かれるのもやだ。


だったら、れいなとの関わりをさっぱり切って、こっちはこっちでいるしかない。

それでも私が真似してると言われるかもしれないが、それはそれでもいい。

関係がないのだから、残りの青春を私なりに楽しむしかない。


「本当か?」


顧問は疑い深そうだったが、本当だ。

本当にもういい。

こわいこわいと言ってるだけ無駄に思えた。

中学からこれなのだから、他人との関係を変えるなんて無駄だ。


「はい」


私が、さも当然のように答えると顧問は渋々それを承諾した。

意外だったなと思ったが、無理に残ってもまた一波乱あると思ったのかもしれない。

どこまでも面倒事を拒む人だなと私は苦笑しながらも、辞めてしまえば残りの部活動に魅力を感じてしまうのは不思議だった。


──本当に意地だけだったんだな…


好きなものを我慢するなんてという思いだけだったのかもしれない。

それでも職員室を出た時はすこぶるスッキリしていた。

荷が降りた気分だった。


「よし」


まだまだやることは残っている。

荷物は明日改めて取りに行くとして、私は財布の中身を確認する。

まだ月初めだから、まだある。


私はそのまま学校を出て、いくつかの回った。欲しいと思っていたものを一気に買い込むつもりだった。持ち物を全部変えてやると意気込んでいた。

だが、現実は残酷だ。持っている軍資金では足りない。

全部を買おうなど無謀すぎた。


「あ」


街を徘徊していると、ある雑貨屋が目にとまる。

そこは私のお気に入りの雑貨屋さんで個性的な物が多くい。

でも、それなりのお値段がして買えない為、ずっと見て楽しんでいるだけ。


「いらっしゃい」


店先にいた女性が私に声をかけてくれた。彼女はこの雑貨屋さんの店主のバビィさん。

出身国は知らないけど、すごく綺麗な人で、優しい。

何度か通っているうちに顔見知りになった。


「美々ちゃん、久しぶり。今日は買ってく?」


そう言って、バビィさんは冗談まじりに尋ねてくる。

確か、結婚を期に日本に移り住んだと言ってたけど、信じられないほど言葉は流暢。

いつも見ているだけの私が「はい、買います」なんてなるわけない。

三十路手前なのに、悪戯な笑みはあどけなく純粋で10代のよう。

そう言われて「まさか」と答えようとしたけど、ちょっと考える。


「買おうかな…」


結局どれを買って買わないか決めかねていたかが、思い切ってみようと思った。

いつもと違うことをしたい。そんな気分だった。


「…どうかしたの?」


バビィさんは何か察したみたい。

バビィさんは凄く感がいい。中学3年のあの時、帰っているとバビィさんが声をかけてくれた。

「よかったら、お茶して行かない?」と話を聞いてくれた。

包み込んでくれるバビィさんと、優しい紅茶の味は私を落ち着かせて、元気をくれた。

「おまじないがかかってるからね」なんてバビィさんは笑っていつも言う。


「そんな事が…、どの世界でも陰口を叩く人間はいるのね」


私の話を聞くと、バビィさんは悲しそうな表情を浮かべる。

バビィさんも地元でそんな経験があるのだろうか。

そう言って、紅茶を啜るバビィさんの姿は優雅で、時々テレビで見るロイヤルファミリーを彷彿させる。


陰で色々と言われるのは誰でもあると思う。

きっと、れいなでも悪く言う人は──聞いたことがなかった。


「人には波長があるのよ」


バビィさんはゆっくりと語り始めた。


「私たちがこうやって話せば楽になるように、波長がうまく共鳴し合う人がいれば、反発し合う人もいる。ある波長に一方的に惹かれる人、逆に人を惹きつける波長とか、色々とあるのよ。その波長の種類によってその人の立ち位置も変わる事だってあるのかもね」


バビィさんはどこか懐かしそうな表情を浮かべた。

哀愁のある表情だったけど、どことなくバビィさんは幸せそうだった。


「もしかしたら、その子は美々ちゃんの波長に惹きつけられているのかもね」

「れいなが、ですか?」


全人類に可愛がられるれいなが?と思わずにはいられない。


「そ、きっとそれは意識的なものなんかじゃなくて、無意識なの。ほら、美々ちゃんの持っている物や好きなものを見たら、自然とそれがいい物だって頭が認識してフラッと引き寄せるられるのよ。だから、本人には偶然に感じるの。その子にはそんなつもりないから」


バビィさんは相変わらずおっとりとした口調で語り続ける。

例え話だけど、れいなに悪気がないのは分かる。そんな感じだ。


「ほら、意見が喰い違うこともあったでしょ?」


部活でのいざこざのことだ。私はコクリと頷く。


「きっとぶつかり合うのも、その子が美々ちゃんに惹かれてるって自覚がないからよ。人を惹きつけるタイプの波長とは違って、相手が勝手にその波長に同調してくるタイプは深層心理のどこかに引っかかってるだけだから」


やけに具体的な話だ。


「惹きつけるタイプってのは?」

「上書きするって言うのかな?」


バビィさんは徐にティーカップを持ち上げてみせた。


「この紅茶が嫌いって思ってたはずなのに、ある波長を受けて、好きになっちゃうみたいな」


バビィさんの話はファンタジーで例え話のはずなのに、どこか納得してしまうところがある。


「俗に言う、『洗脳』的なものかな!」


茶目っ気たっぷりに言うが、ワードセンスが刺々しい。

私は紅茶を吹き出しそうになる。

笑顔でこわいことを言わないでほしい。


「特に思春期の不安定な時代にはあることだと思うわぁ~」


バビィさん私の反応お構いなしに、「青春ねぇ~」と羨ましそうにため息なんて吐いてくるから私は深掘りしようとも思えなかった。


──青春は甘酸っぱいよりもほろ苦いのにな


私はそう思う。思い出したくないものが沢山あって、それは嫌に後に苦味の残るココアの様だ。

それでも、やっぱりバビィさんと話していると楽になる。

それなら仕方ないかと思えてくるのだ。波長の話だって信じてしまいそうだった。

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