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「ちょっと、貴方、どうしたの?」


コーラさんが私の顔を覗き込んだ。

ヴェロニカに会った後だからだろうか、コーラさんが天使に思える。


──心配される事の嬉しさよ…


一句作れそう。

私は泣きそうになりながら、笑顔をコーラさんに向けた。


「何その顔……」


けど、コーラさんはぐしゃぐしゃな顔を見せた私に思いっきり引いた。

失敗したか。


私はスッと真顔に戻して、仕事を再開する。


「ここら辺のドレスの順番変えますか?」


今日はティア皇女の衣装部屋の整理。

季節や行事に合わせて、衣装の配置を変えることになっている。

動いてくれるのは侍女さん達だけど、私達はその配置を決めることを命じられた。


多分、想像している衣装部屋と違うと思う。

ほぼほぼ、お店のディスプレイと同じだと思ってくれていいと思う。

毎日、管理されているから、埃も皺もひとつもない綺麗な衣装が陳列されて、ティア皇女のお気に入りの品はマネキンに着せて、展示されているみたいに置いてある。


「そうね。ここら辺は大きくなられて着れないものですし…」

「あ、そういうのどうするんでしょうね?」

「喪服なら、下女達が裏のマーケットで売り捌くのですわ。でも、ドレスとなると…」

「リメイクとか?」

「他の令嬢に譲られることや、保管してるものもあるらしいですわよ。皇族からものを与えられるなんて、光栄な事ですから、みなさん喜ぶのよ」

「へぇ~」


コーラさんは私よりも知識がある。

すごいなと思うと、『落ちこぼれ』なんて言葉を思い出しちゃう。


──何が落ちこぼれなんだろう…


疑問ばかり。


「あ、そうだ。めちゃくちゃ言いづらいことなんですけど…言ってもいいですか?」


私は思い出して言った。

ちょっと勇気を持って言ったのに、コーラさんの目は冷たい。


「貴方に言いづらいことってあるの?この前からズゲズゲと…お兄様のことだってわざわざ報告しなくたって…」


モゴモゴとコーラさんは言った。

ややこしいことは嫌なので、言うと決めてささっと話す。


「この前、私達に突っかかってきたご令嬢ですけど、あれ、マリッサさんらしいです」

「マリッサ?」

「ほら、伯爵家の…えっと、ほらデネブレ公爵家の夜会で騒ぎを起こしたっ!えっと…ミンタ男爵に浮気された?した?とかいう」


私がそこまで言えば、コーラさんも頷いた。


「彼女?あの方ってもっと地味な方でしたわよ?あんな派手な──」

「そうなんです。私も半信半疑なんですけど、見覚えがあって、似てなくもないとか思って」

「なら、まだ確定ではないのでしょ?」


コーラさんは私のあやふやな言葉にあからさまなため息を吐いた。


「憶測をあまり口にしない方が宜しくてよ?宮廷ではいつ足元を掬われるか分かりませんもの」

「コーラさんって、まだ私を蹴落とそうとか思ってます?いい加減、普通の同僚になってくれませんか?」


私がプロポーズしてみると、コーラさんの顔は一気に真っ赤になった。

小動物のように体をびくりとさせて、言葉を紡ぎ出す。


「なっ、何を言ってるのっ?!」


コーラさんは顔をあげて、半分声になっていないのに、口をアプアプとさせる。

次の言葉が見つからないのだろうか。


「あっ…、あ……、貴方、この前っ!私に、わざと黙ってたじゃないっ!あの、あのことをっ!」

「ノア公子ですか?」


慌て続けるコーラさんをみると、こっちは落ち着いてくる。

のんびりと返すと、コーラさんは首を縦にブンブン振った。

私より小柄だからか、よく色々と動く。


「そ、そうよっ!それよっ!あれをまだ許したわけじゃないわっ!」


そう言って、片手に持っていた扇をブンブンと振る。

すると、扇がボキッとなった。


「…」


どんな力で持ってたんだ。

その扇の骨、珍しいぐらい結構太かったぞ。

コーラさんもハッとして固まった。

やっちゃったって空気がその場に広がる。


「あっ、わ、わたくしっ、失礼しますわっ!!」


コーラさんは扇の破片を慌ててかき集める。

そして、扉の元まで駆け寄っていく。


「っ…、くっ…」


すっごい慎重な面持ちでドアノブを持って扉を開いて、そのまま開けっぱなしで出ていく。

一緒にいた侍女さんが埃が入ってはいけないから、ささっとその扉は閉めちゃった。


──おい。またか…


なぜかコーラさんは慌てたりピンチになると、職務を放棄する癖がある。

逃げ癖令嬢とでも言ってやろうか。


──コーラさんって体力ないくせに、力はあるよね


考えてみれば、水汲みの時だって、重さについて愚痴ったことなんて一言もない。

結構な重さだったのに。


──なんか、知れば知るほど、個性のある人だな


私はそう思いながら、コーラさんが残した仕事をさっさと終わらせることにした。



*****



「げ」


皆さん、速報があります。

今まで私はしがない子爵のモブ令嬢だと述べて参りました。

ですけど、どうしてもそうではない事が判明いたしました。

私は、貧乏くじタイプのモブ令嬢だったようです。


なんでそんなことを言うのだって?

そんなの簡単です。

違う棟にいたら、あのナンパ男、チェイス・スコットレットが目の前に現れたから。


「やぁ?久しぶりだね。美しいレディ?」


男性の間で流行っている香水の匂いのきつい彼が、勝手に私の手を取って口づけをした。

抵抗する暇もなく、流れる動作でやられた。


ゾワゾワと足元から頭のテッペンまで鳥肌が立ちまくり。

皮膚が原型を保ててないぐらいの勢いだった。


「…ど…、ど、どどうも………」


茶色の四角いキャラみたいな挨拶が出てしまった。

だってさ、あんなメモ書きを寄越す男なんてこわいとかそんなのより気持ち悪い。

本当に無理。しかも覚えてるんだよ?ホラーかよ。


私は笑顔を見せることも出来なかった。


「おや?浮かない顔だね、ミンディ嬢?」


──うわぁああああああああああああああ


私は慌てて防犯ベルを探す。

いや、この世界には無いけど探したよ。

この世界にもいるよ、ヤバいやつ。


──なんで名前も知ってるのよぉおおおおお


なぜだ、なぜなんだと私は頭を抱えたかった。

いや、すぐさま、ここから逃げ出したかった。


「どうしたんだい?僕の美しさに見惚れているのかい?」


そう言ってチェイスは真っ白な歯を見せて、ウインクをかましてきた。

こっちはノア公子に見慣れているから、イケメンもどきの顔には全然反応できない。

むしろ寒くて寒くて…

一回、ノア公子とティア皇女、皇太子に囲まれて己の愚かさを知ればいいと思う。


けど、現在お金持ちの伯爵相手に下手なことなんてできない。

私は精一杯固まっている口角を上にあげて、乾いた笑いを漏らす。


「あ、あははははははは…、ご冗談が酷いですね…」

「え?」

「え?」


──あれ、今、なんて言ったっけ?


チェイスの野郎が変な顔をするから私も思い出してみる。

「ご冗談が上手いですね」って言うつもりだったんだけど──


「!?」


自分でもびっくりしちゃったよ。

反抗心が強すぎて、本音が出ちゃったよ!


「フォぉ?!い、今、私、酷いって?!ファァ!あ、ま、ま、間違えちゃったなぁ~~~です~~~~」


私は紛らわすように、ちょっと馬鹿っぽい声を出してみる。

言葉だって変だった。


「さ、最近、口が思うように動かなくてぇ~、おぅ、おぅもってもな…い……こと言っちゃうことがあってぇ~~~!!あ、あれ?おっかしいなぁ~~~~」


めちゃくちゃ思ってたことだけど。

けど、私がそんな言葉を続けていると、チェイスはびっくりした顔を崩した。


「なんだ~、びっくりしちゃったよ。レディ、はおっちょこちょいなんだね?」


またしてもウインクをぶちかまされた。

全然、心に響かないけど、無駄にダメージを受けた。

とにかく、なんとか誤魔化せたみたい。


「ははっ、ミンディ嬢は美しいだけじゃなくて、面白い子なんだね。とっても魅力的だ」


彼は何かを感じ取っているように鼻から息を吸い込む。

それはまるで私の匂いを嗅いで楽しむような仕草だった。


──減るから吸うな!


私はそう思いながら、彼から距離をとる。

手も洗いたいし、本当に最悪。

この人間は根本的に無理だ。


「この前は誘っても来てくれなくて残念だったなぁ~、もしかして、他のレディに嫉妬して、僕の気を引こうとしているのかい?」


──なわけあるかっ!


言いたいけど、グッと堪えた。

さっき、恥を晒してバカのふりをしたのを無駄にはしたくない。

新たな黒歴史が誕生してしまった。


「あはは、なんのことですかぁ~」

「あれ?手紙を読んでくれていないのかい?」

「手紙ですかぁ~~知らないなぁ?」

「おや、それは残念だ。折角楽しみにしていたのに」


私が一歩下がれば、チェイスは二歩近づいてくる。

もっと下がると、さらに距離を詰めてくる。


──ヤバい…


頭を回転させて、穏便に終わらす方法を考える。

こんなこと初めてだからどうすればいいのか全然わからない。


「それなら、もう一度お誘いしよう。今度は手紙ではなく直接─────」


──やめてっ!


誘われたら終わりだっと、私は無礼だとしても走り去る覚悟を決めて足に力を入れた瞬間──


「何をしている」


すっごい冷ややかな男性の声が聞こえた。

全然聞き慣れない声だけど、もしかしてノア公子だと思って顔を上げると──



そこにいたのはコーラさんの兄、アーノルドさんだった。



──え、なんで?


目を細めて、眉間に皺を寄せて、めちゃくちゃ不機嫌で怖い顔をしていた。


「チェイス・スコットレット、ここで何をしている?」

「あ、アーノルドくん、こ、こんなところで会うなんて…き、奇遇だね?」


射抜くようなアーノルドさんの目はチェイスの野郎に向かっていた。

しかも、チェイスはめちゃくちゃ動揺している。

さっきの紳士を装った残念なチャラ男風な仕草はどこへやら。

面白いくらいに目ん玉がグリングリンと動いていた。

余裕なんて全くない。もしや、こいつアーノルドさんが苦手なの?

知り合いっぽいし…


「貴様、まさか神聖なる宮廷で下賤な行為をしているのではないだろうな?」

「し、神聖だなんて…、アーノルドくん。ここは神殿じゃないよ?」

「貴様……、皇帝を侮辱する気か?」


アーノルドさんは腰にぶら下げている剣に手を添える。

迫力が尋常じゃない。

私は蚊帳の外なのに、すっごい喉がカラカラした。


「ヒッ、ヒィッ!お、おち、落ち着こうよっ!アーノルドくんっ!」


まだ鞘から出ていないのに、チェイスは腰を抜かした。

すっごい、情けない。さっきまでのはなんだったんだ。


「罪人風情が、馴れ馴れしく呼ぶなっ」

「あ、ち、違うよっ!ぼ、僕は彼女に道案内していただけさっ」


チェイスは慌てて言い訳も言う。

さっきまでナンパしようとした相手にそんな情けない姿をよく見せれるものだな。


「あ、そう言えば、ち、父上に、呼ばれてたんだっ…こ、これで失礼するよっ」


あれだけ私に詰め寄っていたチェイスは、そういうと、さっさと逃げ出してしまった。

その姿は本当に滑稽すぎて、録画したいくらいだった。

私は心の中でザマーミロと叫んだ。


全く、最近の若いものは直ぐに逃げ出す。

私も逃げようとしたけど。


「大丈夫か」


チェイスが消えてしまうと、アーノルドさんが声をかけてきた。

うん、やっぱり私はあんまり運がない気がする。

ありがたいが、助けてくれたのがちょっと気まずい相手だ。


──コーラさん、不可抗力です


そう心で呟きながら、私は振り返った。


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