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「あ゛ぁ~っ!!あの、石頭おやじ、話を長引かせてっ…」
あからさまにイライラしたヴェロニカが、荒々しくテーブルを叩いた。
紅茶がこぼれるからやめてよ。
私は自分の分は救出しようと左手にティーカップ、右手にお菓子を乗せた皿を持った。
ノアと別れた後、持ち場に帰ると、クリスティンさんから、ヴェロニカが呼んでいると聞かされた。
何を言ったか知らないけど、バーリードゥ夫人の許可は出ていて、私はそのままヴェロニカの宿泊している部屋までやって来たのだが──
ヴェロニカはご乱心中だった。
きっとエリザベスまで連れてきて始めた商談が上手くいかなかったのだと思う。
その怒りをぶつけられながら、私は用意された食べ物を口に運び続けていた。
「うちのベスにもビビらないなんて…っ…」
一杯食わせようとしたした相手にてこずっているみたい。
大変だな。
私の手はすっかり調子を取り戻して忙しなくお皿と口の間を往復し続ける。
エリザベスはお疲れちゃんのようで、用意されたワニ専用のベットで寝ている。
「へー大変だね」
私は適当な相槌を忘れない。
けど、ヴェロニカの愚痴は止まらない。
「今が一番儲かるってのに…何を渋るのよ?そうでしょ?」
知らないよ。
私はそう思いながら、さっき仕入れ情報を思い出す。
「そうだ。スコットレット伯爵家の収入源は薬草だったんだね」
きっと、ヴェロニカも承知の話だろうと私が言うと、ヴェロニカの眉がピクリと動いた。
なんか、嫌な予感がする。
「そうよっ!それよ!!」
どれだ。
「この勢いのまま他の薬草の効能も調べて、さっさと薬品製作をしてしまえって、こっちが研究の手助けもするって、言っているのにっ…あのノイトラールのおやじめ……」
悔しそうにヴェロニカは爪を噛み始めた。
すっごい、悪役感満載の表情。
ディ○ニーのプリンセス物語に出れるよ。
最後に殺されちゃうけどね。でも、ラスボス級だから安心して。
「ノイトラールって、やっぱり、スコットレットの事業を支援してるのってノイトラール公爵家?」
ノアが治療してくれた缶の絵面を思い出す。
予想は当たっていたのかもしれない。
「そう。あの帝国オタク、帝国ファーストの偏愛男は、お国の為に医療部門に手を出しているのは周知の事実でしょ?」
ノアのデネブレ家は神殿と通じている教国側、元々属国だったヴェロニカのオリエンス家は利益至上主義。
そして、ノイトラール家は、帝国の犬と言われている程、この三つの公爵家の中で一番忠誠心が高く、国内のさまざまな派閥の統制を図っている家だ。
国内でも特に信頼の厚い公爵家でもあるので、歴代の宰相などの皇帝の側近の輩出人数も多く、『困ればノイトラールへ』なんて言葉もある。
物事を中立で聞き、そして帝国の為に判断するご立派な家だ。
多分、医療事業も帝国には欠かせないものと支援しているのだろう。
そして、それに怒っているのはヴェロニカだ。
「あのノイトラール家が利益を独占しているとか?」
私はヴェロニカに尋ねる。
正直、信じられない話だけど、女にだらしない親子のスコットレット家と手を組んでいるとなれば、ありえなくもないとか思う。
「あの、頭の硬い形式通り万歳の男が?ありえない。皇帝にそうしろと言われてもあの男はそんな事しない。むしろ、帝国の誇りを守るために、皇帝を変えるわよ」
現ノイトラール公爵は、とても法や秩序に厳しい人だと聞く。
彼は帝国に忠実なだけであって、皇族に忠実なわけではない。
だから信頼を得ている。
「そうじゃなくて…、薬草の研究はもっと長く慎重にやるべきだって向こうが引かないのよ。今、ブランド力が上がっている今だから新しいものを世に出すべきなのに…」
ヴェロニカは正論だから悔しいのかため息を吐く。
そりゃ、そうだ。私だって、買うならちゃんと慎重にしたものに限る。
「公爵の言う通りじゃない」
私は当然だろと言うと、ヴェロニカは再びテーブルと叩いた。
「だ・か・ら、うちからも研究を手助けを出すって言ってるのよ!」
「でも、人手が多くても時間をかける方が安全でしょ?」
「あ゛ぁっ!今が儲け時なのよ?それを見過ごすっての?」
「後々の事を考えれば、公爵の方が正論でしょ?」
「正論でお金は入ってこないわよっ!」
どうやらお怒りは頭まで来ているみたい。
なかなか難航しているのかもしれない。
「スコットレット伯爵も、共同事業で自分がノイトラールの傘下に入った気でいるのか『強欲な方は仕方ないですねぇ~』なんてため息つきやがって…。強欲なのはそっちだろ!売れ始めたからって薬草の単価を上げ始めて……在庫が有り余ってるのはわかってるのよ?」
一番腹を立てているのはそこなんだろうな。
プライドの高いヴェロニカが黙っているはずもない。
この後、スコットレット家が無事でいれるのか心配だ。
「どうどう」
私は頭まで血の上っているヴェロニカを落ち着かせる。
怖いのはここからだ。
きっと、商談の時はにこやかに対応していたんだろうな。
でも、スコットレット相手にそんなに怒るなんてびっくりだ。
『小さい男の中身のない言葉なんて痛くも痒くもないわ』
なんてヴェロニカなら言うはず。
もしかしたら、情勢が変わっているのが何かあるのかもしれない。
そこらへんは難しいからそっとしておこう。
「あ、そうだ」
私は思い出して、ヴェロニカに問いかける。
「ねぇねぇ、すっごい冷えた表情をする令嬢とか分かる?あ、ヴェロニカ以外ね」
私が話を逸らせば、ヴェロニカは少し落ち着いたのかこちらに目を向ける。
「冷えた表情?」
「えっと、顔はまぁまぁ整ってるのか?でもお化粧はバッチリだった。後、なんだろう?服装も煌びやかで──、…ノア公子のストーカー的な…」
最後は小さめで問いかける。
すると、ヴェロニカは持っているセンスをアゴに当てて何か考える。
「ストーカーって、かなり危ないレベルでって事?」
思い当たる節があるのかそう言った。
私は勢いよく頷く。
そして、これまでの経緯を簡単に説明した。
すると、ヴェロニカは商談のことを忘れたように、いつもの調子で私に言葉を投げかける。
「ミミ、意外とやるわね…」
ヴェロニカはニヤリと笑う。
「公子を手駒にするなんて」
「手駒じゃない。友達よ」
「ふ~ん。まぁ、どっちでもいいけど」
ヴェロニカはそこには興味がなさそうだ。
そして、冷え始めた紅茶に口をつけて、ヴェロニカは顔を上げた。
「そうね。その人は多分、マリッサさんね」
「はぁ?」
「マリッサさんよ。あの公爵家で飛び降り未遂した人」
「??」
私の頭は混乱していた。
──え?マリッサさんて?
記憶をたぐり寄せる。
だけど、思い出すのは気弱な眼鏡っ子。
ビクビクしながら飛び降りようとして──
「あ」
思い当たることがあった。
「そうよ。あの後、完全にノア公子にほの字」
ほの字は可愛げのある言い方すぎる。
私は固まってしまった。
「もしかして…それからストーカー?」
「そう」
ノアの証言を思い出す。
確かに部屋へのプレゼント攻撃もあの日以降だった。
──まさか…まさかすぎるでしょ…
マリッサさんはかなり恋に酔うタイプなのかもしれない。
──いやいやっ!
それでもと、私は顔をあげる。
「それでも変わりすぎでしょーーーー!」
私が言うと、ヴェロニカは鼻で笑った。
「馬鹿ね。女は化けるものよ。きっと彼の周りの令嬢につられてでしょうね。あれからかなり人が変わったって、噂よ。ミンタ男爵の時より思いは高まっているみたいねぇ~」
ヴェロニカはにやにやと笑っている。
絶対面白がっているのだ。
──くそっ…
そう思いながらも、私はその情報に頭を抱える。
かなり厄介な状況かもしれない。
「あなたも苦労するわね」
ニヤリと笑うヴェロニカ。
全然笑い事ではない。
ヴェロニカは私の話でかなりご機嫌なようで、その後いろんな事を根掘り葉掘り聞かれかけた。
これ以上、こいつのつまみになんてなりたくないから私はそそくさとその場から逃げる。
商談が纏まるまで滞在予定らしいから、あまり情報は渡さない方が良かった。
そう後悔しながら、私は仕事を再開するのだった。




