10
バチッ
「いっ………」
朝、下女が持ってきてくれた封筒を開け、手紙を開こうとしたら、指先に痛みが走った。
持っていた封筒をその場に落としてしまった。
静電気とは違った本格的な痛み。
指先が痺れてなかなか動かなかった。
「っ──…」
「大丈夫ですかっ?!」
「うん…大丈夫…」
下女が驚いていた為、少しだけ平気なふりをする。
震える指で床に落ちた手紙を拾うと、そこには短い文面があった。
『警告。公子に近づくな。』
「………」
覚えのある言葉に私は黙り込んでしまった。
少しだけ、恐怖で思考は止まっていたかもしれない。
──イタズラ…
いや、そう言うには少し陰湿なものだと思う。
多分、さっきのは魔法で何か仕組みを施していたはず。
私はあからさまな悪意にゾッとした。
人は意外と口ではいくらでも傷をつけてきても、実際に傷つける人は少ない。
言葉なら、自分の付けた傷なんて自覚できないから。
手を見れば少し赤く腫れていた。
でも、痛みはそこまで長引いていない。
何にしてもタチの悪いものだ。
私はそっとポケットにその手紙を入れておく。
正直、捨てたいけど、もしもの為にね。
「医務室へ、参りましょう」
「いや、大丈夫」
これぐらいなら我慢できる。
──でも、いい状況とは言えないよね…
悪意を向けられる事は今まであったけど、こんな事は初めてだった。
少し考えるべきだなと思いながら、私はティア皇女の元に向かった。
*****
「お兄様ぁ~~!」
ティア皇女は、私たち女官の先頭を歩いていたが、目的の人物を見つけるといきなり走り始めた。
バーリードゥ夫人の目配せで、体力の余ってる私とコーラさんが追いかける。
さっと周囲を見回すけど、ここは練習場。
そこらへんに騎士やら何やらがいるから問題ない気もするけど、うじゃうじゃいるから安心出来ないのか。
「お兄様!」
「ティア?」
ティア皇女が駆け寄ると、剣術の指導を受けていた皇太子がこちらを向いた。
皇太子は確か15歳で、しっかりした顔をしていた。
さすが王族。ノア公子やティア皇女そっくりの水色の目はやっぱり透明感と強さを感じる。
ノア公子とは違って、意志の強そうなイケメン。年下相手にイケメンもなんか変だ。
ティア皇女はノア公子の時よりも遠慮なしに飛び込む。
皇太子はその勢いに押されて地べたに倒れ込んだ。
「「「殿下?!」」」
側にいる何人かは慌ててたけど、笑ってみている人もいた。
きっと、これが普通の光景なんだと思う。
ただ親しいだけじゃない絆が見える。それが兄妹の関係なんだろうね。
ワイアットがいるから、今の私には分かる。
「お兄様!ティア、かわいい?」
「まず、どけて」
「いーやーだっ!ティア、かわいい?」
「はいはい。かわいい、かわいい」
「全然心がこもってない!」
適当に受け流す皇太子と、頬をぷっくりと膨らますティア皇女。
遠慮の全くない会話にやっぱり兄妹であることが感じられる。
何回か会話のラリーを繰り返した2人はやっと、普通に立って話す。
「ティア、また重くなった?」
「そうなの!身長が伸びたのっ!」
「ははっ、ティアはまだお子ちゃまだね」
「どう言う事っ?!」
「普通のレディーは恥ずかしがるんだよ?」
「なんで?大きくなったからレディーだもん」
そんな会話が繰り広げられる。
微笑ましい。
「やっぱり、兄妹だ」
「…そうね」
私が呑気に言うと、コーラさんが呟いた。
あれからちょっとだけ、コーラさんとは話せるようになった。
まだ色々とつっけんどんだし、こっちも気にしちゃうけど、少しだけ近づいた気がする。
──コーラさんもお兄様がいるけど…
どうなんだろうと考える。
正直な印象では仲良しとは思えない。
この前も今日も皇太子に会いに行くってなったら、少し様子がおかしかったのも気になる。
ふと、ママさんが言っていた“噂”が過った。
=====
「ジャマ家の末っ子さんは、『落ちこぼれ』って言われているのは本当よ?一部だけだけどね。ちょっとした事を大袈裟に取り上げる嫌な方たちが言ってる事だと思うわ」
ママさんはコーラさんの話をすると言った。
クリスティンさんも色々と大変なのだと言っていた。
それは何か知ってのことだったのかもしれない。
そう考えると、つくづくこの職場の人はいい人すぎる。
私に対しても対等に付き合ってくれるし、わざわざ不穏な空気を作ったりもしない。
呑気そうに振る舞ってたりするけど、やっぱり気を遣ってくれている。
──ありがたや…
そんな事を思いながら、私はママさんに尋ねる。
「噂って?」
「皇后主催のお茶会でジャマ辺境伯の顔に泥を塗るような失敗をしたとか何とか?」
「すっごい、あやふや」
「もう、ミミちゃんたら、噂なんて真剣に考えるものじゃないわよ?9割は嘘なんだからね?」
ママさんはそう言って、「ダメなんだからね!」ともう一度付け加える。
なぜか、ママさんは社交界に顔を出さないくせに、色々と情報を持っている。
ヴェロニカ経由で何か聞いているのだろうか。
「ジャマ辺境伯って優秀な人材多いから、ちょっとした失敗でも言われるのかもしれないわね。ほら、お姉さんは社交界の華だったから、他国の王族に嫁いで、お兄さん達も、後継として領地で活躍したり、騎士になったりとか優秀だって聞くもの」
「へぇー」
そうなのか。
お兄さんその1は知ってる。
「そのコーラさん、いい子なのね」
ママさんがもぐもぐとお菓子を食べているワイアットを撫でながら言った。
「意地悪言われても、ミミちゃんが気にするぐらいだもの」
紅茶をぶっかけられたことは、言えなかった。
ママさんに申し訳ない。
私はぎこちなく笑った。
「いいところばっかりなのに、いつも自信なさそうですごい嫌なの」
「あら」
「変でしょ?」
「そうね。そこでつい構っちゃうミミちゃんがおかしいわ」
「え?」
ママさんは笑う。
おかしいのはコーラさんだ。
「ミミちゃんったら、お節介ね」
=====
──う~ん…
私は思い出しながらコーラさんを眺める。
コーラさんは少し周りを警戒しているようにも見えた。
──すっごく気になる…
どんな失敗をしたのだろう。
けど、わざわざ聞いていいものか。
知らんぷりもできないが、ようやく近づきつつあるこの距離を離してしまわないか。
そんな不安がある。
「毎回毎回。訓練中に来るなと言ったらいつ分かるんだ?」
「だって、見たいんだもん。ノアお兄様は体動かすのは嫌いって見た事ないの!」
ティア皇女と皇太子は会話を続けている。
そういえばノア公子が言っていた。
『普通、失敗してもみんな笑って終わりなのですが、僕の場合には誰も笑ってくれなくて…』
──あれか
頭はよくても運動はそこまで得意じゃないらしい。
しかも身分のせいで余計に楽しめないみたい。
とことん、ちょと可哀想な所がついて回ってる。
──大丈夫かな?
今日の朝の手紙の事もある。
あれだけ熱心なファンがいるのも大変だ。
「コーラ…」
私たちがティア皇女たちを近くで見守っていると、コーラさんに声をかける男性がいた。
コーラさんが振り返るのと同時に、私も視線を向ける。
──あ、お兄さん
コーラさんのお兄さんがいた。
相変わらず鋭い目でこちらを見ている。
「…お兄様、お久しぶりです」
コーラさんが頭を下げる。
声は少し緊張していた。
黙ってても迫力のある人だから、そうなるのは分かる。
──そっか。騎士なら訓練場にいる可能性は高いっけ
私はコーラさんが来るのを嫌がった理由が分かった。
そう思って、そっとしておこうとティア皇女の方を向き直したけど、耳はだんぼ。
「あぁ、その…変わりはないか?」
「はい。お陰様で」
「そうか…」
──おや?
何だか声色が前回とは違う。
冷たいけど、何だか戸惑っているようで──
「仕事は──」
「大丈夫ですわっ!」
コーラさんがお兄さんの声を遮った。
勢いがよくて、そのまま言葉を続けた。
「決して、家の恥になるような事はしてませんっ。し、仕事ですので、失礼しますっ…」
「あっ…」
コーラさんはトタトタと走って、どこかへ行ってしまった。
──コーラさんっ!持ち場っ!!
私はそんなコーラさんに驚いて振り返った瞬間に──
「「あ」」
お兄さんと目が合っちゃよ。
「ど、どうも…」
「君は……」
お兄さんがスッと目を細める。
こわいから、それやめて。
「コーラさんの同僚の、ミンディ・ウルグスです」
「あ、あぁ。そうだったな」
「はい」
「あの時の……」
「はい。この前はごめんなさい。いきなりのご無礼をお許し下さい」
「あ、あぁ…」
やっぱり、この前の刺々しさはない。
前回言いたい放題だった事は、事実しか言ってないつもりだから私は言葉をじっと待つ。
来るなら来いって思ってた。
「私は、アーノルド・ジャマだ。知っているとは思うが、コーラの兄だ」
「はい。存じております」
「その……、妹は元気にしているだろうか?」
「え?」
小姑みたいに嫌味を言われるか、コーラさんの仕事ぶりを聞かれると思っていたから私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
答えを待つ、お兄さん──アーノルドさんに私はハッとする。
「あ、え、はい。元気です」
「そうか…」
アーノルドさんの方が元気ない。
「その、この前はすまなかった」
「え?」
「つい、気になって妹にはきついことを言ってしまうのだ」
「はぁ…」
なんか語り始めた。
「あの子がいつも懸命に取り組むのは分かっているのだ。ただ、昔から体が弱いことが気になってな…」
─ん?お悩み相談?
「そのせいで、体力もなく、授業もかなり遅れていた。父が過保護に育てたのもあるが──」
「あ、あの、ちょっと待って下さい」
私はいけないと思って、手でアーノルドさんの口を塞いだ。
朝の件で、その手はやっぱり痛い気がする。
「あっ、すみません」
慌ててしまって、つい手が出てしまった。
伯爵家の方に失礼すぎたかもしれない。
「その…コーラさんの事はコーラさんに聞くので」
「?」
アーノルドさんが眉を顰めて、目をさらに細くした。
だから、その顔やめて。
「いや、職場の同僚がいつの間にか家の内情知ってるとか……普通に嫌じゃないですか?」
私だったら嫌だと思う。
親しい人間でも、知らない内に探られているとかいい気はしない。
「ただでさえ、私は噂とか聞いちゃって…、ちょっと罪悪感があるので………」
噂はセーフとして下さい。
基本情報だと思っております。
「私はコーラさんの同僚なので、愚痴とかお悩み相談は、お兄さんの縄張りでお願いしますっ!」
私は言葉を続ける。
「生意気言ってごめんなさい。でも、私、今はコーラさんに仲良しこよしとは言わないまでも、同僚として入ってもいい領域には入っておきたいので。お話はご遠慮させて下さいっ」
私は、ババっと話して、ペコリと頭を下げ、ササッとその場を去った。
アーノルドさんの返事は待たずに、足を進める。
「失礼しました」
きっと、セーフなラインだとは思う。
──これでよかったよね?
少なくとも、私はコーラさんに噂以外は何も知りませんって胸を張れると思う。




