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「姉上──!」
ワイアットが駆け寄ってきた。
今日は休日で、一度、家に顔を出すことにした。
「お久しぶりです!」
「元気にしてた?」
「はい!勿論です!来年からアカデミーに入学ですから!」
そういえば、ワイワットはそんな歳だった。
まだまだ、小さいと思ってたけど、大きくなったものだなと感じる。
──なぜか、弟ってより、我が子な気分…
きっと前世の記憶のせいだ。
けど、私だって弟が生まれた時はめちゃくちゃ嬉しかった。
だって、2回の人生で初めての兄弟だもの。
初対面の時はそれはもうテンションがアゲアゲだったのを覚えている。
=====
──かわいいぃっ
一目見て、私は人生初の生赤ちゃんに感動した。
いや、赤ちゃんは見たことはあるけど、触れ合うことなんて無かったから。
ふわふわとした甘い香りが自然と私をにやけさせる。
ワイアットは兎に角可愛かった。
お母様に似た瞳も、お父様に似た髪色も全部が愛らしかった。
「うわぁあ」
感動をダダ漏れで、ワイアットに触れようとした瞬間、私はある事に気づく。
──待って、この子も転生者かもしれないっ!
ビビッと思いついてしまった。
私だけでないパターンだってある。
「わ、ワイアットくん。はじめまちて、ミミでしゅ。いきなり、この世界に生まれてびっきゅりしたと思うけど、だいじょうびゅでしゅ」
にやけながら、私は生まれたばかりのワイアットに伝えた。
だって、可能性はゼロじゃない。
転生して何が困ったかって、成人間近のレディーなのに子供扱いされ続けた事。
プライドは引き裂かれ、恥じらいなど売られてしまった。
「いいでしゅか?もし、おむちゅ替えの時なら右手をあげてくだちゃい。左手の時は、ご飯でちゅ。この世界にも、こにゃミルクもあるので、あんちんしてくだちゃい」
5歳になってもまだ舌足らずだった私は、下手な発音のまま説明をした。
もし、私みたいな見た目は子ども、中身は大人状態の人がいたら、助けてあげれるのは私しかいないもの。
懸命に何かを説明する私をワイアットはじっと私を見つめていた。
「うぅ~~~!」
ワイアットはキラキラな瞳を私に向けて両手を伸ばした。
「えっ?どっちでしゅ?!」
咄嗟のことで、私は慌てた。
当然、さっきの返事だと思うのが普通だと思う。
「おむちゅ?ミルク?!」
「ミミ、ワイアットは抱っこしてほしいのだと思うわ」
優しい目で見守っていたママさんが、声をかけてくれた。
ママさんもパパさんもおおらかな人だから私の多少の変な行動に、「おもしろい子」として受け流してくれる。
「え、抱っこ?」
「そうよ。はい」
ママさんがワイアットを抱き上げると、私をソファに座らせて、一緒にワイアットを抱かさせてくれた。
柔らかくてあたたかい生き物は私には小さくて、大きかった。
「うっ!う──!だっ!」
ワイアットは嬉しそうに笑う。
──あ、この子は転生者じゃない
赤ちゃんらしく喜ぶ姿に私はやっぱり表情が崩れる。
なんでこんなにかわいいのだろうか。
そう疑問に思いながら、私は弟の存在を確かめた。
「こんにちわ。ワイアット」
私はもう一度、心から彼を迎えた。
=====
つい最近の出来事のように思い出される。
私が赤ん坊に、そんな対応をしていたって話をすると、ヴェロニカはゲラゲラと笑う。
たしかに、側から見れば、奇妙な5歳児になるだろう。
そんなの分かっているけど、そんなに笑うことはないと思う。
こちとら真剣なんだ。転生してみれば気持ちは分かる。
「ミミ、今日は何か予定はあるの?」
ワイアットと一緒に出迎えてくれたママさんが聞いてきた。
「はい。帰りにちょっと街を回りたくて」
「あら、お買い物?」
「実は──」
最近の事を私はママさんに話した。
ティア皇女が私の持ち物に興味を持ってくれた事、コーラさんのことなんかも。
ノア公子についても恥ずかしかったけど、黙っているのもコーラさんの時の二の前になりそうで、正直に話す。
なんだろう。親にこういう話するのってちょっとむず痒い。
「わぁ~!姉上は公子様とお友達になったのですか!?」
「まぁ、凄いわね」
ワイアットとママさんも驚きながらも喜んでくれる。
「やっぱり、ミミは色々としちゃうのよねぇ~。今度、ヴェロニカちゃんに宮廷に顔を出すように頼もうかしら?」
「なんで、ヴェロニカ…」
「ヴェロニカちゃんはしっかりしてるし、なんと言っても大陸随一の港を収めている公爵家で権力もお金もあるじゃない。一番の後ろ盾よ?」
「えぇ…、その見返りを求めてきそうで怖い」
私はゾッとする。
ヴェロニカはそういうちゃっかりした人だ。
「ヴェロニカはだめ!」
ワイアットが割り込んできた。
「こら、呼び捨てなんてダメよ?」
ママさんが嗜めるけど、ワイアットは勢いよく首を横に振った。
「絶対ダメです!」
──あぁ、ワイアットはヴェロニカにやられてるもんね…
「勉強がわからない」と悩んでたワイアットに、たまたま遊びに来ていたヴェロニカが「教えてあげるわ」と快く承諾した。
珍しいこともあるなと思いながら、それを眺めていると教え終わったヴェロニカが、「さ、何をして貰おうかしら?」と悪魔の様な微笑みを見せた。
『まさか、貰えるだけもらって、自分は何も支払わないって?ギブアンドテイクはこの世の根本よ?』
まだ幼いワイアットにヴェロニカは当然の事のように宣った。
ワイアットもワイアットで、ヴェロニカの底知れない圧力に押されてしまっていた。
私が助けてあげようとすれば「自分の弟を行き遅れのシスコン男にするつもり?これは道理なのよ?」だなんて言われてしまい、一切の干渉が出来なかった。
ということで、ワイアットはヴェロニカの奴隷にとなった。
一時的なものだったけど、ワイアットはただの親切だと思ってヴェロニカから差し出された手を何度も素直にとってしまって、同じことを繰り返す。
『僕を騙したなっ!?』
だなんてワイアットは怒っていたけど、何度も引っかかる彼も彼だ。
いや、ヴェロニカの方が何枚も上手だったからか。
『弟が欲しかったのよねぇ~』
と。悪い微笑みを見せるヴェロニカはとても楽しそうだった。
それを見て、私は学習したし、彼女を敵に回すまいと誓った。
兎に角、ワイアットはこの家の中で一番の被害者だと言えると思う。
「ヴェロニカは姉上に何をするか分かりませんよ?!」
「ヴェロニカちゃんはよく貴方のお世話をしてくるじゃないの」
「母上は何も分かってないです!」
呑気なママさんに何を言っても仕方ない。
反旗を翻そうとしたワイアットをヴェロニカが地面に叩きつけても、「まぁ、仲良しね?ワイアットもヴェロニカちゃんが好きだからって、無茶したらダメよ?」なんていう程だもの。
流石に止めるべきではと私が言ったら、ママさんはコロコロと笑った。
『あれぐらいで慌ててたら、生を全うできないわよ?』
一体ママさんはどんな波乱万丈な人生を送ってきたのかと私は問いたかった。
結局、ヴェロニカの助けの話は一旦保留になって、私は家を後にする事になった。
「泊まっていけばいいのに」
「そうです。姉上と一緒に夕食も食べたいです!」
「この前、帰った時に外泊したから、今日はやめとく。新人がそうそう、外泊なんて生意気だって思われるかも」
「そんな事言う人は女官にふさわしくありませんっ!」
家族はいつでもあたたかい。
中には厳しい家もあるのに私は家族に恵まれた。
それは幸運だったと思う。
「門限があるの。街を回る時間がなくなっちゃうから、次は泊まって帰るようにするね」
「姉上~」
「そうね。気をつけてね」
ママさんがワイアットを捕まえてくれていた。
私は馬車に乗り込んで、そのまま行こうとすると、ママさんがこっそり耳打ちをする。
「ノア公子の事は、お父様には話さない方がいいわね」
「何で?」
「ふふっ、ミミの初めてのボーイフレンドだもの」
「え?」
ママさんは嬉しそうだけど、全然そんなじゃない。
多分、分かってて揶揄っている。
まぁ、楽しそうならいいかと、私は家を出るのだった。
*****
──おぉ、新しい店ができてる
家を出た後、私は予定通りに街をふらついた。
ティア皇女にも何か新しいものを提案できたらいいなとついでに探す。
今、私にできる一番のことだ。
この前改装中だった所に新しい店が出来ていた。
──改装の時期が長かったから…かなり手の込んだ店よね
そう思って、店に入る。
確か、公爵家の夜会の前から改装を始めていたはず。
──おぉ…
足を踏み入れれば、美しい内装が目に入る。
華美すぎず、上品なつくりは私の心を一々浮き立たせる。
私はディスプレイしてある既製品の服を眺めていると、奥から人が出てきた。
「いらっしゃいませ」
出てきた1人の女性が私に声をかける。
「ご仕立てですか?」
私の身なりを見て、貴族だと判断した彼女は開口一番にそう言った。
商売人だ。
「少し見せてください」
私が軽く断ると、女性も引き下がる。
にしても、その女性は針子にしては少し派手だ。
いや、顔も綺麗で整っている。美人だと思う。
そんな事を思いながら、商品をざっと見て回る。
服以外にも装飾品が何点かあったが、どれもいい。
髪に埋め込めるタイプの凝った髪飾りは、とても心が惹かれた。
──珍しい形だし、可愛い
珍しいからいいと言うわけではないけど、やっぱり違うものには目が行きやすい。
おもしろいものが揃っているなと思うも、商品の量が少ない。
「お一人でされているのですか?」
私はさっき声をかけてきた女性に問いかける。
「はい。独立したばかりです」
余程の人気のお針子だったのだろうか。
「どれも素敵です」
「ありがとうございます」
「他にも商品はありますか?」
貴族向けの店には大体、『とっておきの品物』がいくつか常備されてる。
そういうものが、貴族の購買意欲を上げるんだって。
だけど、女性は私の言葉に困った表情を浮かべた。
「いえ…残念ながら、材料の入荷が芳しくなくて…。すみません。まだ、商品が出揃ってないのです」
そう言われて、船が難破でもしたかなと考える。
よくある事らしい。それなら仕方ない。
「分かりました。では、これだけ頂けますか?また後日伺った時に新しいものを拝見できるのを楽しみにしています」
「ありがとうございます」
ちょっとだけ、残念だけど、仕方ない。
いい店を見つけられただけで満足しよう。
私は包んでもらった髪飾りを受け取ると、店を出る。
すると、見覚えのある人が目の前を通った。
その人物も数歩進んだ後、私に気付いたようで振り返って声をかけてきた。
「ミンディさん?」
その人物はバーリードゥ夫人だった。
私よりもかなり忙しい彼女だが、今日は珍しく休暇を取っているようだ。
「お買い物ですか?」
私が問いかけると、バーリードゥ夫人が頷いた。
「えぇ、魔石を探しにきてたの」
「魔法石ですか?」
「もうすぐ、息子の誕生日なので」
なるほど。この世界の貴族の子どもが生涯大事にする親からの贈り物の一つに魔法石がある。
親もそれに力を入れるし、子供だっていつか貰えるのを楽しみにしているはずだ。
私もパパさん達がくれた魔石にはさわれないけど、大切に保管している。
「どんな加工を?男の子なら剣かブローチですよね」
魔石は持ち歩きやすいように加工されている。
ペンダントやブレスレットから、髪飾りなんかになる。
そうやって持ち歩くことで持ち主と一体化していくのだとか。
「えぇ、ブローチの予定よ」
少し、恥ずかしげに答えるバーリードゥ夫人。
見たことがない表情だった。それだけ息子の存在が違うってことなのかな。
「いい魔石に出会えるといいですね」
「えぇ、ありがとう」
私たちはそのまま軽く挨拶を交わして、別れた。
バーリードゥ夫人のプライベートに触れて少しだけ人間らしさを感じる。
厳しいだけの人じゃない。やっぱり、憧れちゃう。
私は新しい店と発見があった事で気分がよくなっていた。
──いいことがありそう
私はそう思って、城に戻ることにした。




