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そして、とっても気まずいお茶会が始まった。
ノア公子が加わって、華やかなのだが──
「殿下、お疲れはありませんか?」
「お疲れな時には紅茶の香りを楽しむのが宜しいですわ」
「このお菓子は甘さが控えめで、美味しいですよ?」
「殿方は甘いものが苦手ですわよね?」
だなんて、コーラさんが攻める攻める。
気を遣える令嬢を演じ続けていた。
なんだか合コンでアピールしまくる女子みたい。
そんなにコーラさんはノア公子が好きなんだろうか。
でも、半分こじつけみたいな物もあったみたいで──
「ノアお兄様は甘いものが大好きだよ?」
ティア皇女がそう言って、ノア公子のティーカップのお砂糖をどぼとぼと入れた。
「「!?」」
私もコーラさんもドン引き。
だってお菓子類が十分甘いのに砂糖をぶち込んでいくの。
いくらなんでもって思うんだけど、ノア公子はミルクも入れて普通に飲んだ。
──まじか…
「あ、頭を使えば、糖分が欲しいものですわよねっ!」
コーラさんが必死にノア公子を持ち上げようとしている。
ちょっと、無理がある。
「そうだよ!ノアお兄様は頭がいいんだよ!」
すると、ティア皇女は自慢げに言った。
アドバイスを求めるぐらいだからどんな関係かと思ったけど、結構普通。
いいお兄さんじゃないか。ティア皇女もめちゃくちゃ懐いてる。
「いえ、僕はそこまでできませんよ。優秀な方はたくさんいます」
ノア公子は謙遜するけど、そこに喰いつくのがコーラさん。
「噂はかねがね聞いていますわ!アカデミーを首席で卒業されたのでしょ?」
コーラさんの問いかけに、ノア公子は頷くけど、困った表情を浮かべた。
「別に僕が優秀なわけではありません」
謙遜がすぎると嫌味だよ。
そう思うけど、ノア公子は本気でそう思っている感じがした。
すると、バーリードゥ夫人が微笑みながら言った。
「『他の方の様に秀でた学問がないので』ですよね?」
「はい」
「ノア殿下は、いつも仰いますね。全学問をこなせるのも優秀な印なのですよ?」
バーリードゥ夫人が言った。
けど、ノア公子の表情は浮かない。
「ノアお兄様は、本当にその学問に秀でた人は、世界が全然違うって言うの。びっくりする程すごいんだって!」
ティア皇女はその言葉をそのまま受け取ったみたい。
目をキラキラさせている。
成る程、そう言うことか。
ノア公子はオールマイティーなタイプ。
でも中には教科ごとに秀でた人がいるわけで、その人には敵わないって事が言いたいのだろう。
首席を取るほどの優秀なのに、謙虚すぎる気がする。
「それでね、もっとすごいってノアお兄様が、言ってたのは、それを楽しんでいる事なんだって言ってたの」
「楽しむ?」
私はつい聞き返した。
「うん。ノアお兄様は勉強が大嫌いなんだって。だから授業を聞くだけでお腹いっぱいになって勉強しなくなっちゃうけど、本当に凄い人は、もっともっと勉強しようとしているんだって!」
「「…」」
私もコーラさんも黙っちゃった。
これまた凄い人だな。つまり授業を受けただけで全部脳みそに入ってるって事でしょ?
受験戦争の時代に生まれたらこの人は勉強するようになるんだろうか。
「でも、宮廷の研究職についていらっしゃいますわよね?」
コーラさんが問いかける。
勉強嫌いなのに、一生勉強する職業についている。
確かに謎だ。
するとノア公子は静かに頷いた。
なぜかその動作に重みがある。
「一番、害がないので」
「「??」」
答えによって余計に謎が深まった。
害がないってなんだ。
すると、私たちの疑問に答えてくれたのは、バーリードゥ夫人だった
「はぁ……。殿下は、人の人生に関わる仕事なんて無理とおっしゃるのですよ」
バーリードゥ夫人はため息を吐きながら言った。
次期公爵が、何言ってんだ。
「貴族の言葉じゃない…」
私はつぶやいてからハッとした。
思わずポロッと出てしまった。
「ですわね…」
コーラさんも信じられないと言う顔をしていた。
すると、バーリードゥ夫人もそれに同意する。
「ごもっともです。幼い頃から、上に立つものとしての教育を受けていたはずなのですが…」
「ノアお兄様は、恐怖を植え付けられただけだと言ってたよ!」
「「…」」
私とコーラさんは残念なものを見る目でノア公子を見た。
「正直、逃げたかったです」
ノア公子は堂々と宣った。
まじかよ。
「…ですが、僕は1人で生きていく自信なんてないですし──」
ノア公子は遠い目で語る。
なんだか、すごくどうしようもない気持ちになった。
確かに、貴族の教育って、支配する側の責任とか義務とかとことん刷り込まれる。
しがない子爵家の私だってそうなんだもの。
彼やティア皇女達はもっと凄いものだと思う。
それに、他の授業でその失敗談とか一杯習うしね。
何かしてもしなくても領民の反感を買って、殺されちゃった人とかさ。
確かに不安にはなるよね。
「ノアお兄様は、ミルクを注ぐ時にできる渦を計算するのが楽しんだって!」
ティア皇女が教えてくれた。
またなんとも害のなさそうな事をしているな。
「まさか…これがあのノア公子…様??」
コーラさん、声が出てます。
そうだよね。私も思った。
そのままティア皇女とノア公子は別の話題に移った。
「ノアお兄様!建国祭のお仕事は忙しいの?」
「来月ですから」
「沢山の人が来るの?」
「そうですね」
「楽しみだね」
「はい」
コーラさんはその間、信じられないって顔をしていた。
確かに、噂では完璧なあの素晴らしきイケメンが、こんなほんわか公子だなんて思うわけがない。
「あれが…でも…」
なんかぶつぶつ言っている。
みんな噂とかで結構騙されているところがあるかも。
でも人柄だって良いってコーラさんは言ってたし、ある程度はそこも伝わってるのか?
「あ、ミミ!」
そんな事を考えていると皇女様が私に声をかけてきた。
「このカップね。ミミが好きなお店のものなんだって!」
皇女様が教えてくれた。
よく見てみると、確かに私好みだ。
バーリードゥ夫人は私が教えたお店とは既に連絡をとったみたい。
流石、することが早い。
「ミンディ嬢の?」
「うん!かわいいでしょ?」
ティア皇女が嬉しそうにノア公子に説明していた。
やっぱり好きなものを好きだと言ってもらえると嬉しい。
私が作ったものでもないのに、私を好きだと言って貰えた気分。
「ミミはね。素敵なものを一杯知ってるの」
「そうですか」
「それにね。よく一緒に授業を受けるんだよ」
「?」
「あのね。ミミも知らないことが一杯あるんだって。一緒に授業を受けてる時に『なるほど』ってよく言ってるの。それでね、ティアの方が知ってることも多いんだよ?」
ティア皇女が沢山話してくれる。
嬉しいけど、私の恥ずかしい部分も一杯組み込まれてる。
恥ずかしい…
「…ミンディ嬢らしいですね」
ノア公子はそう言って、イケスマイルを見せてくる。
なんでそんな嬉しそうな顔をするのか…
さっきまで会話を先導していたバーリードゥ夫人も、何も言ってこないし…
──天使の拷問…
そんな事を思っていると、横のコーラさんはめちゃくちゃ暗い顔をしていた。
褒められているのかどうか分からない話なのに、コーラさんは悔しそうだった。
私は別に悪いことしてないはずだけど、なんだかモヤっとする。
「それでね、ミミってね──」
そんな事なんて知らないティア皇女の話が続いていく。
その話を興味深そうに聞いているノア公子。
そして、段々と顔を俯かせ始めたコーラさん──
「『嫌われ者』が随分と殿下に気に入られて、奇跡ってあるのですねっ!」
コーラさんがティア皇女達の話を遮って、私を睨んで言った。
さも嫌味を言ってますよと悪気満載の顔だった。
「『嫌われ者』?」
遮られたティア皇女様は首を傾げる。
「皇女様はまだご存知ありませんわよね。ミンディさんは『精霊の嫌われ者』なのですよ?」「コーラさん、無礼ですよ」
バーリードゥ侯爵夫人はコーラさんを注意するが、コーラさんは止まらなかった。
「魔力のない出来損ないなのですっ!決して、他と同じにはなれない可哀想な方のことですわっ!」
「可哀想……?」
「魔力がない…」
ティア皇女がコーラさんの迫力に押されている。
ノア公子も驚いた顔を見せていた。
そうか。彼は知らなかったか。
「コーラ・ジャマ!いい加減にしなさいっ!」
流石に侯爵夫人が止めに入ってくれた。酷く叱られたコーラさんはそこでやっと口を噤む。
そしてチラリと侯爵夫人はティア皇女の方へ顔を向ける。
彼女にとって今重要なのはさっきの言葉が皇女様に悪影響にならないかどうかだろう。
「ミミ……悲しいの?」
ティア皇女は不安そうに私に問いかけてきた。
本当に優しい方だなと思う。小さいのにこれだけ気を遣える子がいるだろうか。
コーラさんは侯爵夫人の圧に負けて、何も喋れないでいた。
「…」
私もなんて答えようか悩む。
だって魔力がなくて『嫌われ者』なのも、人と同じになれないのも本当だ。
私は少し考えてから、口を開く。
「悲しくありませんよ」
できるだけ普通に話す。下手に誤魔化すのはなし。
「私の名前を発音できなくてティア殿下は悲しかったですか?」
出会った初日の事を問いかける。
すると、ティア皇女はコクリと頷いた。
「悲しかったし…恥ずかしかったの。ミミに悪いことしちゃったって…」
可愛いなと思いながらも、もうそんな事を考えられるんだよなと頷く。
意外と子どもは大人が思うよりも大人だ。
中身が17歳で子どもと触れ合ってきてるから分かる。
「でもね。ティアはね。ミミが『ミミって呼んでいいよ』って言った時、すごく嬉しかったの」
素直に教えてくれる。
皇族の血筋は素直な性格なのかも。
「はい。それは、ティア殿下はできなくても一生懸命言って下さったからです。私はそのお気持ちが嬉しかったので、そう呼んで欲しいと思ったのですよ」
その時の気持ちを伝えた。
悲しそうだったティア皇女の顔は少し緩む。
コーラを横目で見たら、何を言い出すのだろうと険しくなっている。
けどバーリードゥ侯爵夫人に首輪をつけられていて何も言えないみたい。
「私は確かに人にある魔力がありません」
私がそう言うと、ティア皇女様は驚いた顔をした。
「ないの…?」
「はい。残念ながらそれは頑張ってもどうしようもありません。ですが、魔力がなくてもこうやってティア殿下の元で仕える喜びを手に入れることができました。魔力がなくても、私は努力して女官になったことでとても幸せです」
自然と笑って言えた。任命の手紙をもらった時、どれだけ嬉しかったか。
会えた時の喜びを伝えたかった。
「出来ない事や、人と違うことは確かに恥ずかしいですし悲しい事です。自分だけが取り残されたみたいで、すごく惨めになる事だってあります」
私が語っている間、ティア皇女は真剣に聞いてくれた。
何故かその横にいるノア公子も行儀よく聞いてくれた。
「ですが、本当に悲しく恥ずかしいのは、そのまま何もしない事です。最初に私の名をうまく発音しようとして下さった事。ノア殿下のように、勉強が嫌いでも、人に害を及ぼす仕事が嫌いでも、それでも、授業中だけで全てを学ばれようとしたり、自分の仕事を見つけられた事。全て、誇る事ですよ。人とは違っても、それでも頑張れば、それは全然悲しくも恥ずかしくもない事です」
誰だって、違うところはある。
けど、それをどう克服するのが大切なのだ。
十分でなくても、それを自分なりに満たせばいいのだ。
「私の名を呼ぼうとティア殿下が頑張ってくださって、私は自分がもっと誇らしくなりました。がんばるティア殿下の元で働けるのが嬉しくて仕方ありません。…殿下、ありがとうございます」
いい終わった後にはティナ皇女から悲しそうな顔は消えていた。
「うん!ティアもミミに会えて嬉しいよ!」
最後にティナ皇女はあの神々しい笑顔を見せてくれた。
──良かった
子どもは幼いけど大人。だけど、まだ不安定だ。
よくない感情を無闇に与えるわけにはいかない。
私もほっと胸を撫で下ろした。
「……」
そっとコーラさんへ目を移せば、コーラさんはぎゅっと自分のスカートを握りしめていた。
彼女の顔は悔しそうとか、そんなんじゃなくて、既に泣いていた。
気の強そうな目からスカートに何かがこぼれ落ちた様に見えた。




