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「ミンディさん」
1日の仕事が終わって夕食に向かおうとすると、バーリードゥ侯爵夫人に声をかけられた。
厳しい彼女に声をかけられると、やっぱり緊張する。
私は自然と背筋を伸ばして、彼女と向き合う。
「ミンディさんは、帝都育ちですよね?」
「はい」
「買い物はどの商会で?」
「いえ、私はあまり決まった商会はないので。色んな店を回る方が好きなんです」
多分前世の影響だと思う。自分の足で探すのが好きだ。
偶然の出会いとか、なんとも言えないときめきで、たまらない。
家に外商を呼ぶことは殆どない。
でも、なんでそんなことを聞くのだろうか。
私は不思議に思いながらも答える。
「では、行きつけの店はありますか?」
「特定の店を利用するってのはありませんが、何店かお気に入りの所はあります」
私が答えると、バーリードゥ夫人は頷いた。
「その店がどこの商会の店か分かりますか?」
そう言われて、私は困ってしまった。
「え…どうでしょうか。気にしたことがありませんし、個人店みたいな所もあるので…よく分かりません」
目に留まった店に行くため、平民向けの店にも行く事がある。
「分かりました。では、貴方が懇意にしている洋装店の一覧を後で教えてくれますか?」
「私のですか…?」
素行調査だろうか。
「殿下が、貴方の装いに興味を抱かれているようです。わたくし達にもない感覚ですので、貴方に直接聞く方がいいかと思いまして」
「でも、私のって、別に伝統的でも高貴なものでもありませんよ?」
高くないものだって多い。
「えぇ、それでも構いません。重要なのは殿下が興味を持った事です。何事でも、殿下が幅広い視野を持つことは今後、殿下の成長になりますから。たとえ、平民の物でも勉強になるでしょう」
バーリードゥ夫人はいつもの厳しい口調で語る。
そしてやっぱり、彼女には隙がない。
──平民むけのスカートだってバレてたかな?
そう。ティア皇女が興味を示したこのスカートは元は平民向けの洋装店で見つけたもの。
刺繍をして誤魔化しているけど、生地は結構な安物。
と言っても、平民にしたらお高めのものだと思う。
「何店か教えて頂ければ、皇族の御用達の業者を通してコンタクトを取ってみます」
「なるほど…」
この人は本当にティア皇女のことを思って行動している。
乳母の鑑だと思う。
これで、ティア皇女と同じ年頃の子供を育てているから、本当に凄い。
「分かりました。いくつか候補をあげてみます」
お気に入りのお店は何点かある。
だけど残念ながら、バビィさんのお店ほどドンピシャなお店は見つけられてない。
今なら、バビィさんのお店の物を我慢せずに買えるのに、本当に残念だ。
「ありがとうございます」
バーリードゥ夫人が私に頭を下げる。
憧れの女官でもある彼女に感謝されるのは、落ち着かないけど、知らない満足感が込み上げる。
──頑張ろう
私はニタリと笑って、そのまま離れようとしたが、バーリードゥ夫人はまた話したそうだった。
どうしたのだろうと私は問いかける。
「あの────」
「少し、いいですか?」
バーリードゥ夫人が少し空気を変えた。
ちょっとぎこちない感じ。
別に焦ってはいなかったから、私が承諾すると、そのまま近くの休憩スペースに連れられた。
廊下の一部に円形の区切られたスペースがあって、窓に沿ってベンチがある。
私はそのベンチでバーリードゥ侯爵夫人と向き合う形で座った。
「貴方は、ノア公子と面識が?」
思いがけない人の名が出てきて私はびっくりした。
なぜ知っているんだと思うよりも、罪悪感が込み上げた。
──モブがメインヒーロー級の公子と友になるなんて身分不相応すぎるっ
勢いで承諾してしまったが、どう考えてもおかしい。
モブ子爵令嬢と公子なんて、身分違い。
平凡可愛いと神級の美形なんて、恐れ多い。
魔力なしが帝国の秀才となんて、恥知らず。
なんて事だと思うのだが、あの場で断る方が鬼畜。
友達になりたかったのも本当で、言い訳も出来ない。
ノア公子とは相変わらず、謎に会う。
『やっぱりいた』
ノア公子はそう言って笑いかけてくる。
その意味を問えば──
『ミンディ嬢がいる感じがしたのです』
お前はセンサーでもあるのかと問いかけたくなったが、実際あるのかもしれない。
この世界に魔法がある。そして、魔力がある。
魔力に関与しているマナというものが体の中にはあるらしい。
そのマナというものは命とすごく結びついていて、その人それぞれで違うのだとか。
指紋と似ているのかも。
それが、オーラみたいにその人から出ているとか出ていないとか。
めちゃくちゃ魔力の強い人なら、そのマナとやらとをはっきりと感じ取れるらしい。
私は全然分からないけど、あるのはある。
兎に角、ノア公子は凄い曽祖父母の影響下か、私のマナを感知して寄ってくる。
それぐらい懐かれてしまった。
こっちは全然感知してないからいきなり現れてビビる。ビビる。
──そう考えると、躾のいい犬感が強い…
最近のことをようやって回想していると、バーリードゥ侯爵夫人は話を続けた。
「服を汚した令嬢と衝突したと聞いたので、恐らく、貴方の事だと思うのですが──」
「はい…」
否定できない。絶対私だ。
「やはり、貴方でしたか…」
私が返事をすると、バーリードゥ侯爵夫人は少し考え込むそぶりを見せた。
がっかりしたのだろうか。
「朝の挨拶を終えたティア殿下に、彼が相談を始めた内容からして貴方のような気がしていたのですが、当たっていたようですね」
納得したようにバーリードゥ侯爵夫人は頷くけど、こっちは全然納得できていない。
──だからなんで、大人の男が小さい子どもに相談してるの?
疑問しか無い。夫人も受け入れちゃってるし。
おかしいと思うのがおかしいのか。
「彼を避けているようですが、それ以前に面識があったのですか?」
一番避けて欲しい話題。
「はい…。夜会で……」
「では、貴方が彼の探していた眼鏡の令嬢ですか?」
──のぉおおおおおおお!
既に私の醜態を知っていそうな口ぶり。
偽善者ぶりましたごめんなさい。
でも、本当に親切心あったんです。
なんて言い訳が、頭の中をめぐるけど、出てくるのは一言だけだった。
「はい…」
私はノア公子からうつった素直さで答えると、バーリードゥ夫人はさらに驚いた顔を見せる。
「最近はその事ばかりををティア殿下に相談していたので、見つかる事を願っていましたが、まさか、貴方だったとは…」
バーリードゥ夫人は驚きを隠せていない。
こっちは恥ずかしさを隠せない。
「見つかったとは聞いていたのです。確かに、考えてみれば、話の内容の方と貴方には似通っている点はありますね」
バーリードゥ夫人はまた1人で納得してしまった。
一体彼はどんな話をしたのだろうか。
知りたかったが、彼のあのキラキラした表情を思い出すと、知らない方が身のための様に感じた。
知らぬが仏だ。
「あの──」
私はバーリードゥ夫人に問いかけた。
「ノア殿下は、そんなにティア殿下に相談をなさるのですか?」
「えぇ、そうです」
私が問いかけると、バーリードゥ夫人はさも当然のように頷いた。
やっぱり私がおかしいのか。
「彼はあまり人付き合いが得意ではありませんが、幼い頃から面倒を見ている殿下には話せるようです。同世代のご友人もいらっしゃいますが、女性のことなので異性で一番親しい殿下に相談しているようです。私どももついていますし、頼りになさったのだと思います」
──それも、どうなの?
と、思いつつ、さっきの光景を思い出す。
同年代女子は彼にとって恐怖の対象に過ぎないのかもしれない。
年上の落ち着いたお姉様方や、子どもの方がいいのだろうか。
「異性の方に興味を持つこと自体、彼には珍しいことですから」
あれだと、確かに興味を持つ前に逃げるだけかもしれない。
「まず、公子は人に興味を持つことがないですから…」
ため息混じりに「悪い人間ではないのですが」とバーリードゥ侯爵夫人は付け加える。
それは分かる。人に興味はないけど、気遣いがない人間ではないのだと思う。
だって、彼はなんだかんだと気遣ってくれたし、でもどこか不器用で、彼の範囲内でのことで精一杯頑張っている。
彼の想像できない向こう側には全く気遣いできないってだけ。
興味がないから想像できなくて、そして彼自身も人に不快な思いをさせたくないと思ってる。
──いい人なんだよなぁ
改めてそう思う。
何度も手を差し伸べようとはしてくれたし、よくある人に興味がなくて問答無用で傷つけちゃうタイプの人ではない。
大体そんな人が子どもに相談なんてしない。
──そしてほっとけない…
ふあふあしていて、要領が悪い感じが──なんとも言えない。
もしかしたら、バーリードゥ侯爵夫人も同じなのかもしれない。
手のかかる息子を語る顔になっていた。
「ミンディさんさえ良ければ、彼と少し話してあげて下さい」
上司に言われて、それを断れる人間はいるだろうか。
──っても、もう友達ですけど…
でも、そんな事を言われる前から、話しているし、普通に付き合っている。
恐れ多い事だけど、やっぱり友になったからには、友の義務は果たします。
私だって、ほっとけない時点で彼の人柄に引き寄せられている。
「はい」
私が力強く返事をすれば、バーリードゥ侯爵夫人も嬉しそうだった。
相談されてたら気になるよねと思いつつ、ちょっと恥ずかしかった。
友達の人間関係を親世代に見られる感じ。
けど、そんな彼女を見ていると、親らしい表情だった。
実際彼女には子供がいるし、ティア皇女もいる。
それに加えて、ノア公子まで──
「やっぱ憧れちゃうな」
私はそう思った。




