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それから数日。
ほぼほぼ慣れない仕事に追われる日々だった。
見習いの私は、先輩女官さん達について回って、覚えることばかり。
「大体の仕事は覚えられたかしら?」
今日の私の担当のクリスティンさん。
毎日違う先輩から学んで、今日は丁度一周したところ。
「た、多分…」
自信なんてないけど、なんとかメモはとった。
「ふふ。分からなくなったら聞けばいいのよ」
「よろしくお願いします」
私は深々と頭を下げた。
クリスティンさんはとてつもなく優しい。
「ふふっ」
いつでも優しく笑ってくれる。
他の先輩さん曰く、クリスティンさんは最近特に優しいみたい。
なんでも、交際中の方がいるらしくて、それでご機嫌なのだとか。
あえて、その相手を聞かないのも女官としての暗黙のルールらしい。
「自分から話さないプライベートにはあまり突っ込まない方がいいのよ」と、ちょっと話の種ぐらいで扱うのがいい、と教えられた。
そんなクリスティンさんに連れられて、ティア皇女の部屋に向かう。
「あ」
扉の前でコーラさんとばったり会って、声をあげてしまった。
コーラさんはそんな私にぎこちない表情を見せて、すぐに顔を背けられてしまった。
──こっちは変わらず…
この数日、それぞれ違う人についていたから、コーラさんと四六時中一緒というわけではなかった。
それでも、こうやって顔を合わせることが多い。
だけど、全然関係が改善される事はない。
前みたいな会話は一切なくなった。
話しかけるなオーラが凄くて、何も言えなかった。
でも、コーラさんは相変わらず張り合ってくる。
あの日以来刺々しさに輪がかかった。
けど、私に話しかけたりは全然してこない。
張り合ってはくるけど、ドヤ顔もしてこない。
それに追い討ちをかけているのが、ティア皇女のお着替えタイム。
「ミミ!これ、どうかな?何がいいかな?」
何気にティア皇女が私に意見を求めてくる。
他の人たちも自分がすすめた後で、「ミンディさん、どう思う?」と聞いてくる。
何度か口出ししたものが影響しているのかも。
多分使えるものは使っとこう感覚で声をかけられている程度だと思うんだけど…
その光景を見て、コーラさんの表情が暗くなる暗くなる。
もう止まらないのよ…
「コーラさんは?」
と話を振ってみても──
「わざわざ、わたくしに聞かなくてもいいのでは?」
と冷たく突き放された。
他の人の前で喧嘩するわけにもいかないから、対応に困る。
──これ、どうなんだ?謝るべきなの?
忙しい中でずっとモヤモヤとしていた。
でも、意味もなくただ謝る事はできないし、謝って余計に怒らせたらどうしようと思う。
でも、同僚とこれ以上変な空気になるのも嫌で、でも、やっぱりこのままも嫌だ。
自分でも分かる、どうしようもないデモデモダッテ状態。
そんな自分がダメなんだろと思って、一度だけ思い切ってコーラさんに声をかけてみたことがある。
「コーラさんっ!あの!」
「そんなに喚かないで、見苦しいわ。私に近づかないでよ」
だなんて言われてしまった。
ちょっとだけダメージを受けました。
だって、元気が取り柄のコーラさんの真顔はちょっと怖い。
変に貴婦人らしくて、コーラさんがただ嫌な人にも見えてくる。
──あーあ
私はどうしようもできなくて、そっぽを向いたコーラさんをぼんやりと見つめた。
「2人とも喧嘩でもした?」
流石に気づいたクリスティンさんからそんな質問が飛んでくる。
喧嘩はしてない。けど、怒ってる。
「何もありませんわ。下の人を相手にする暇なんてありませんもの」
ツンとした顔でコーラさんは言った。
相変わらず目は合わないし、ペタ胸は突き出されていなかった。
日に日にコーラさんのいいところが削られて──
いや、これは私の一方的な思いだし、決めつけられない。
芸能人を見て「思ってたのと違う~」って言うのと一緒だ。
勝手な私のイメージだ。まだ、私が本当のコーラさんに気づかないだけって、そんな考えで逃げるしかない。
──いや、なんで怒ってるのよ
ふと、思った。
──なんで、私ばっかり気を使うのよ
不公平だ。
なんで、こっちばかり気を遣わなきゃいけないんだ。
「お先に」
コーラさんはツンケンしたまま先に入ってしまった。
「なんなのよ…」
私が寂しくなって、呟くと、クリスティンさんが優しく声をかけてくれた。
「まぁまぁ、そんなに気にしなくていいのよ」
そう言って、私の背中にそっと手を回した。
「人間関係なんて悪化はすぐにするけど、改善はなかなかしないものよ?」
その通りだ。
「あの子も色々と大変なんだと思うの。ほら、なんて言ってもジャマ辺境伯のご令嬢でしょ?期待されることも多いのよ」
そうだと思うけど、親から期待されるなんて誰でもだと思う。
特に貴族の令嬢だなんてどの親も相手探しで躍起になっていてもおかしくない。
──でも、大貴族だもんね…
確かに、その貴族社会の中でさらに期待されているのは辛いのかもしれない。
──ま、私も過剰に期待されたことなんてないしな
ぼんやりと思い出す。前世は期待なんて皆無だった。
今世では、ちょっと期待されているのかもしれないけど、そこまでじゃない。
『ミミ、変に使命感をもったりしなくてもいいのよ』
ママさんが私が女官として選ばれたときにそんな話をした。
『使命感をもったらキリがないのよ。大袈裟だけど、世界平和まで叶えなきゃってなる人もいるの』
『そんなことならないよ』
『ミミは変に気にするからよ。周りを見る分、いろんな事を気にするから心配だわ』
ママさんは困った顔を見せた。
そんなことはないと思うのだけど。
『いい?大体の事はどうにもならないの。それで、あなたにとって大事なのは、あなたの周りだって事を忘れちゃダメよ。あなたの周りの幸福だけを考えなさい。人にできる最善はそれぐらいなのよ』
ママさんはそんな心配をしていた。
『どんなに世界がおかしくても、あなたの周りが正常ならそれでいいの。お母様はそう思えたから、今の幸せがあるの』
それがママさんの本心なら大して私に期待なんてしてないのかも。
モブらしく平凡な毎日でも、私と周りが幸せならそれでいいのだろう。
そうなってくると、やっぱり私には期待されている辛さなんて知らない。
「仲良し子良しになりたい訳じゃないですけど…、コーラさんがあのままなのが嫌だなって個人的に思ってるだけです」
最初にあんな態度をしておいて私より複雑な状況とかやめてほしい。
いいところの多い、辛い立場の令嬢とか、好きになったらどうしてくれるんだ。
「それを気にしてるって言うのよ」
クリスティンさんはやっぱりコロコロと笑う。
「意外と相性がいいのかもね」
「それはどうでしょうか?」
「不服そうね。いやもいやよも好きの内でしょ?」
「嫌なのは嫌なんです。不仲が好きな人なんています?」
「あら、厳しいのね」
そう言いながら、クリスティンさんはちっともダメージを受けていない顔をしている。
相変わらずお美しいです。
「さ、仕事よ。行きましょ」
そう言って、クリスティンさんは私の背中に回した手に力を込めた。
私は半分、クリスティンさんに押される形でティア皇女の部屋に入った。
*****
「ねぇねぇ、ミミのドレスかわいいね」
部屋に入ると早速、ティア皇女が私に質問してきた。
コーラさんは気になるけど、いちいち気にしてはいられない。
「これですか?」
私がスカートを摘んで確認すると、ティア皇女は頷いた。
「うん、下のふりふり、好きだよ」
この世界では、ボリュームのあるプリンセスタイプのドレスや上品なフレアタイプのスカートが主流。
確かにそれもかわいいけど、もっと色んな服装を知っている私には変わり種が欲しくなる。
私が着るているのはティアードスカートで、下だけ大きなフリルになっているから一見、ボリュームがあるように見える。でも、実際は途中まで同じ大きさの布をつなげてて、ほぼストレート。
ドレスらしくなりすぎず、他の人に比べたらちょっとカジュアルなものになってる。
でも、それだけじゃ味気ないから裾に刺繍を施している。
私もお気に入りのものだ。
ティア皇女に褒められて普通に嬉しくなる。
「へへっ」
私は笑って答える。
ティア皇女は最近オシャレにより一層興味を持ってるみたい。
「この前ね、お兄様に可愛いねって言ってもらったんだよ?」
──う゛…
エンジェルスマイルが私の心を射抜く。
「良かったですね」
「今度、ミミも一緒にお兄様の所に行こう!」
ティア皇女のお誘いならどこにでも行けそう。
「あ、コーラもまだ行った事がないよね?行こうね!みんなで行ったら、お兄様も喜ぶの!」
私だって喜ぶの。
はしゃぐティア皇女に目を細めていると、バーリードゥ夫人が口を開いた。
「皇女様、おしゃべりはそれぐらいで。次の業務がありますよ?」
「はーい」
唇を突き出して顔を背けるティア皇女。
何をしても愛らしい。
「コーラ、ミミ、約束だよ?」
ティア皇女はくるりと振り返って悪戯な表情を浮かべる。
私はつい、手で鼻を押さえ、呟いた。
「危ない…」
醜態をティア皇女に見せるところだった。




