3
「はぁーあ」
私は盛大なため息を吐いた。
コーラさんの態度がどうも引っかかる。
「どうされました?」
ノア公子が本の山の間からこてんと首を傾げて問いかけてきた。
──不思議そうな顔もまた可愛いな…
美貌が前面に出過ぎててそこまで感じなかったけど、最近は彼が可愛いと思えてきた。
ちょっとだけ腐女子の気持ちがわかるかもしれない。
なぜ、ノア公子が私の目の前にいるかというと、簡単です。
空き時間に、もう一回図書館チャレンジに向かったら、ばったりと会いました。
ポ○モンのコ○ッタ並の遭遇率。レア度Fランクの公子。
それでいいのか公子?貴方に会いたい人が何百人といるのをご存知ですか?
「また会えた」
遭遇した時の、ノア公子の嬉しそうな表情と言ったら……
私よりも乙女っぽかった。
でも、本当にこの人が私のストーカーなんじゃないかってくらいよく会う。
「あの、殿下」
「友なのですからノアと呼んでください」
「ノア殿下」
「……」
ノア公子があからさまにしょげた表情を見せる。
出会った時よりも、この人の表情が豊かになっている気がする。
──こんな人だっけ?
なんか全然違う気がする。
──結局、人なんて付き合ってみないと分からないものか
そう思って、私は再び彼に声をかける。
悲しそうな顔を見ていると手を差し伸べたくなるのだから仕方ない。
「ノア様でいいですか?これ以上はダメです」
流石に呼び捨ては無理。
だけど、ノア公子もそれが分かっているのか、耳と尻尾を一気に跳ね上げた。
もう、常に見えるようになってしまった。
「はい!」
「後、私に敬語を使わないで下さい。私はしがない子爵の出なので」
「?」
ノア公子は首を傾げる。
「敬語に身分は関係ないです」
淡々とノア公子は説明する。
「僕が敬意を払うべき相手かどうかです」
彼の説明は簡潔だ。
そしてそれがさも当然のように彼は語る。
「なので、気にしないで下さい」
──気にしますよ
そう思うけど。
そう言われてしまえば、悪気はしない。
私が彼にとって尊敬できる部分がどこかにあるらしい。
確かに憧れるとか言ってたもん。
「ふふっ」
「どうしました?」
「いや。おかしくて…ふふ」
噂の完璧人間の憧れってなんだ。
状況がおかしい。
そんな私を観察していたノア公子もふっと笑った。
──おぉおおおお!
その表情に私の中で桜が満開になりました。
なんて言えばいいのか。仄かなピンク色のオーラが彼を覆う。
多分、令嬢たちがここにいたらぶっ倒れている。
「ミンディ嬢は、不思議ですね」
「え?」
「さっきはため息をついていたのに、もう笑ってる」
「あ」
その言葉でコーラさんの事を再び思い出す。
「あぁ…」
私は何も解決していないことに表情を暗くする。
「またため息だ」
「表情がうるさくてごめんなさい…」
つい謝罪をしてしまった。
表情に出過ぎるのは淑女としては良くないだろう。
「いいえ。興味深いので」
「ただ、深く考えてないだけですよ」
私は苦笑いで答えた。
「すぐ、次の何かに気持ちが移っちゃうんです。考えのない行動なんです。だから、興味深い思考は持ち合わせてませんよ?」
そういって、私は思い出した。
「あっ!ノア様に言おうと思ってたことがあります」
「?」
「ストーカー被害に遭われてます?」
「…?」
私の言葉にノア公子はキョトンとしている。
「持ち物がいきなり無くなったり、よく遭遇する人がいたり、視線を感じたり、あ、あと、執拗に言い寄られたり──」
──あれ?
言ってて気づいた。これは──
「それがストーカー被害なのですか?」
純粋無垢な目がこちらに向いてくる。
──あぁああああああああ!!!!
私は気づいてしまった。
全部、この人の日常なんだった。
「僕って被害者だったの?」の不安そうな目!
でも、正直あれぐらいはファンならあり得るというか……
「……そうでしたか」
ノア公子は考え込んでいる私を見て察したみたい。
私は訂正する。確かに彼は被害者だけど、その話をしてるわけじゃない。
「いや、あれはまあ……若気の至り程度です。それよりもっとヤバめな感じです。ゾッとするタイプっていうか…なんだろう。人に危害を加えるとか」
言いながら、あれに怯えている公子に失礼だったかなとか考える。
彼にとっては怖いのに『若気の至り』で片付けてしまうのはいけない気もする。
「…危害ですか?令嬢方はよく押し合います」
「それも、甘く見て、なんだろう『殺してやる』的な勢いの」
「ご令嬢は、時に騎士よりも勇ましい顔を見せます」
「……」
なんだろう。彼が不憫になってきた。
この人、この美貌がなかったらもっと真っ直ぐに生きられた。
こんなに誠実で優しい人なのに…
「世の中、そうそう上手くいくわけじゃないんですね…」
私はそう呟いてノア公子の肩に手を置いた。
「辛くなったら、いつでも相談に乗ります」
私がそう言うと、ノア公子は顔をパッと明るくさせる。
餌をもらえたわんこだ。でも、彼の家紋は狼だった気がする。
「ありがとう」
嬉しそうな彼を見ると、この人も生きづらい思いしてきたんだよなってウルっときた。
同情とかじゃなくて、みんな色々とあるんだなって思った。
*****
ノア公子と別れた後、私は仕事に戻った。
ティア皇女が授業を受けている間は交代制。
邪魔をしないようにティア皇女を見守るだけだから人はそんなにいらない。
次は私の担当。
確か授業はマナーについてだったと思う。
ティア皇女の勉強部屋にいく。
バーリードゥ夫人とクリスティンさんがいた。
本当は2人の待機だけど、そこに私が研修という形で入っている。
別々に学んだ方が効率がいいと、今はコーラさんとは離れ離れ。
コーラさんにどう接すればいいのか分からないから少しホッとしている。
「殿下、貴族社会にはいくつもの複雑なマナーが存在します。それは変動的で、さまざまな場で、正解が変わってくるのです。ただ決まった形をすればいいでは、普通の令嬢でしたらそれで許されますでしょう。ですが、いくつもの複雑なマナーを使い分けることができるのが淑女としての価値を上げます。その為、殿下はその全てをマスターして行く必要があるのです」
マナー講師はまさかのバーリードゥ夫人だった。
確かに彼女だったら、完璧そうだ。
私もまだ覚えきれない部分が多い。
パターンが多すぎてごっちゃになることは確かにある。
けど、ある程度をクリアできていれば、無礼だとはならない。
そこら辺は暗黙の領域とかいうやつ。
でも、逆に完璧な人がいればみんなその人をきちんと評価する。
多分、バーリードゥ夫人は完璧なマナーの人として有名だった。
──そういえば…ママさんは社交界に顔を出さないな
ふと思い出す。
私のマナー講師はママさんだった。
パパさんは『お母様は、それは完璧な淑女だって評判だったんだ』なんて言ってた。
でも、領地内でのパーティーでは顔を出すママさんだけど、そのほかの会には全然顔を出さない。
それこそ私のデビュタントでも顔を出した事はない。パパさんと一緒に出席しただけ。
だからママさんの評価は私は全然知らない。
──なのに評判だったんだ?
昔の話なのかな。
よく分からない。
「殿下、違います。建国祭では必ず赤色の持ち物を取り入れるのです。黒ではございません」
「なんで赤なの?皇族の紋章は黒のライオンが描かれているよ?」
「その黒のライオンの瞳です。赤い瞳が、幸福の印なのです」
「でも、赤い瞳は悪魔の印だって神話には書いてあったよ?」
──確かに!
私は頷いた。
習って記憶にはあったけど、結びつけたことなんてないや。
「キル教の始祖であるルカは赤い瞳だったとされています。特殊な魔力を持つものは赤い目を持って生まれるのです。つまり、赤い瞳を『悪魔』と捉えられていたのは、彼らの力を恐れた人々の言い伝えとして残っているだけです。神話は各地の言い伝えをまとめたものでもありますから。ノア公子の曽祖父であるエレン・デネブレもかつては赤い瞳だったとされています」
「「へぇ~」」
私とティア皇女の声が重なった。
「ミンディさん」
バーリードゥ夫人が私を注意する。
自然と背筋が伸びた。
「ミミも知らなかったの?」
ティア皇女はそんな私が面白いのか、振り返って尋ねてきた。
楽しそうで何よりです。
でも、ちょっと恥ずかしい。
「疑問にも思いませんでした…」
誤魔化すように笑う。
バーリードゥ夫人の呆れた顔が見えた。
この際だから聞いちゃえ。
「でも、なぜ、初代のデネブレ公爵は目の色を失われたのですか?」
私が問いかけると、バーリードゥ夫人は淡々と説明を加える。
「ソレイユ国との争いを収めるために、彼が力を伝い果たしたと言われています。その戦いに同行した当時の公爵夫人が瀕死の公爵を救出したのです」
「なるほど」
「ふふっ、ミンディさんったら…いつの間に生徒に…」
横でクルスティンさんが笑っている。
けど、バーリードゥ夫人の話には聞き覚えがあった。
色んな歴史や言い伝えがあるんだな。
「ねぇねぇ、ソレイユ国ってなーに?」
ティア皇女の質問が飛んできた。
私とクリスティンさんはちょっと固まった。
だって、この前も言ったけどソレイユ国って変な思想を持って暴走した国。
色々と悪い噂も残っているし、生き残ったソレイユ人のほとんどは奴隷。
そんな話を子どもにしていいの?
「まだ、歴史の授業ではそこまでは進んでいませんでしたね……」
バーリードゥ夫人も少し困ってた。
そりゃそうだ。
この内容って私は前世の中学生ぐらいの時にやったよ。
「ソレイユ国は、今はグリード国って言われてますよ」
でも、疑問に思っちゃったら仕方ないよね。
興味があれば聞きたくなるもの。
私は事実を伝えた。疑問には答えるべきだと思う。
それ以上のことを知りたくなったらそれもそれで仕方ない。
「グリード国?聞いたことある!」
でも、ティア皇女は自分の知っている事と結びついて、話が逸れた。
「少し離れた国ですが、今は女王様が国を治めているのですよね?」
私はクリスティンさんに問いかけた。
だって、あんまり知らない。
歴史は苦手分野です。
「そうね。本当は今の女王の姉が即位する予定だったけど、いきなり姿を消したって──」
「クリスティンさん」
それ以上は話す事ではないと、バーリードゥ夫人が止めた。
クリスティンさんも慌てて口を止める。
「なぁに?」
「いえ、女性が国を治めるのはとても珍しい事なのです」
「すごいの?」
「はい」
慌てないバーリードゥ夫人はさすがだ。
でも、さっきの話、やっぱり知らない話だ。
「殿下には、お兄様の皇太子殿下がいますので、皇帝になられることはありません。しかし、殿下はこの国の皇女です。皇太子殿下をしっかりお支えすることが大切です」
「うん!」
「その為には、まず、マナーを全て覚えることから始めましょう」
「はーい!」
──上手い!
あっぱれをバーリードゥ夫人に与えたかった。
上手い誘導の仕方。
そして、私が授業から脱線させた張本人です。
私は後できっちりと夫人に叱られました。




