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──ストーカー…
一瞬、そんな言葉が過った。
前世で、そいう類の話は聞いたことがある。
アイドルが困ってるなんて記事を読んだのを思い出す。
まさかと思って、私は考えを振り払う。
──イヤイヤ、考えすぎだって……
と、思うも、世の中が善人だけではないのはよく知っている。
陰で色々という人が多くいるのは承知の上だ。
それに、なぜか真似をしてくるれいなの気味の悪さだって知っている。
ストーカー気質の人間がいないなんて断言できない。
──気をつけるに越したことはないけど…
思い浮かぶのはわんこ状態のノア公子。
一度、友になると引き受けてしまった。
──友だちやめようとか言ったら落ち込むだろうな…
耳と尻尾が下がっていくのが目に見える。
──いや、ノア公子は普通にいい人だもんなぁ~
そこ。
向こうから友達になってくださいとか言われてたけど、こっちだってあんな素直な人とお友達なんて嬉しい話だ。
普通に彼には好感を持っているし、友達になりたい人だと思う。
だからこそ、他人がどうこうするからと離れるのは違う気がする。
──それをしたら、私が私を嫌いになっちゃいそう
そんな自分は好きじゃない。
大体、それが嫌で吹っ切れた17年前のあの事を忘れるわけがない。
「うし」
もやもやとしていたものを振り払う。
あの人には気をつけた方がいいのは分かった。
それでいいではないかと終わらせる。
普通に怖かったが、それは別の話としておく。
なんとか、普通に戻った私は食堂に着くと、辺りを見回して、コーラさんを探す。
「あ、コーラさん」
先に去った彼女の元へ駆け寄る。
「さっきの人怖かったですね」なんて話をしようと思った。
強がって「あんなの怖くないわよ」なんて言うのだろう。
そう思っていると、振り返ったコーラさんの表情は思ったよりも暗かった。
「…何の用ですの?」
だけど、コーラさんはかなり低いテンションで言葉を返してくる。
「あ、え、さっき…──」
言いかけて、私は止めた。
その話よりも、今のコーラさんの方が気になる。
「あの、気分が優れないのですか?」
「……違うわ」
私が問い掛ければもっと顔色を悪くしてコーラさんは答える。
おかしい。
さっきから彼女と全然目が合わない。
彼女はどんな時もこっちに食い掛かるような目を向けてくれる。
──さっきの事、何かあるのかな
『落ちこぼれ』
彼女はそう言っていた。
私の『嫌われ者』と同列で言っていたと言うことは、そのままの意味なのだろう。
──気になる…
めちゃくちゃ気になる。
涎が溢れるぐらい興味津々。
けど、目の前のコーラさんはそれを聞かれるのを怯えているようにも見える。
──話したくない事ってあるよね
その気持ちは分かってしまう。
分かってしまうから、私は聞けない。
「…」
何も言えなくなってしまった。
変に気を使うのも違う気がする。
「…用がないなら、失礼するわ」
コーラさんも私から去ろうとする。
でも、なんとなくコーラさんを1人にしてはいけない気もする。
でもかける言葉がなくて──
「あら、2人とも、ここにいたのね」
そこにクリスティンさんがやってきた。
「後少しで、女官復帰ね」
クリスティンさんはふんわりと笑いながら話しかけてくる。
一瞬朝帰りの事を思い出したけど、それは忘れよう。
「あはは、そうですね」
「…そうですわね」
私のぎこちない笑いと、コーラさんのそっけない返事。
クリスティンさんも変だと思ったみたい。
けど、下働きで元気がないだけだと思ったみたいで励ましてくれる。
「きっと、ノア公子にも会えるわ。楽しみでしょ?」
それは逆に気まずい。
「1ヶ月後にはティア殿下の祝賀祭もあるからね!」
令嬢が喜ぶキーワードを並べまくる。
けど、私もコーラさんもテンションは上がらない。
「……チャンスを掴まないと」
コーラさんはそう呟やいた。
そしてそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
想像と違ったコーラさんの反応にクリスティンさんは首を傾げる。
「お手洗いかしら?」
クリスティンさんの呟きに私は曖昧な表情を浮かべた。
何をそこまで拘っているのか私には分からない。
さっきの事に関係があるのだろう。
そして彼女の兄が言っていたことととも──
ただ、単に拘りたくなる気持ちは分かる。
──拘り始めたら止まらないもんね
その向こうへ行くには時間がかかると思う。
私だってれいなの事が吹っ切れるまで時間がかかった。
そう思ったけど、やっぱりいつもと違うコーラさんはなんだか変。
知り合って数日だけど、なかなか濃ゆい毎日を送らせてもらった。
そんな彼女が大人しいのはものすごく違和感がある。
彼女が色々と言ってくるから言い返せていた。
なのに、何も言ってこないなんて──張り合いがない。
その一日は本当に会話をしなかった。
したかったけど、全然そんな隙をコーラさんが見せてくれない。
むしろ避けられている感じ。
──聞いてもいいの?いいの?
また自分で問いかける。
でも、やっぱり勇気は湧かない。
結局その日は働くしかないと気分を切り替えるしかなかった。
やっぱりコーラさんは気になるけど、やることはやらねば。
*****
そして翌日。
やっと、女官としての仕事復帰となった。
「ミミ~!コ~ラ~~!」
笑顔で駆け寄ってくるティア皇女はやっぱり天使。
もう色んなことが吹っ飛んでいく。
私って単純だったのかもしれない。
「今日はね。お兄様の訓練を見にいくんだよ」
ティア皇女のお着替えを手伝っていると楽しそうに言った。
「訓練?」
なんのだろうと私が首を捻る。
「皇太子殿下は昨年から、剣術を本格的に始めておられます。時々、ティア殿下は見学に向かわれるのです」
バーリードゥ夫人が説明してくれる。
なるほど。
確か、皇太子は14歳ぐらいだったと思う。
やっぱり、皇族の皆様は顔がいいみたいで、ちょっとした「わーきゃー」な話は聞いたことがあると思う。一応、優秀だったとか。
思うってのは、興味がなくて、全然覚えてないから。
だってさ、年下の男なんて興味ないもの。
まず、男に興味がないけどね。
「コーラさんは面識がありますよね?」
「え?…えぇ、そうですわね」
バーリードゥ夫人の問いかけに、コーラさんはぎこちない表情を浮かべた。
うん、やっぱりおかしい。
「そうなの?お兄様の剣ってすごくかっこいいんだよ?」
「それは楽しみですね」
やっぱり天使は天使。
私はティア皇女の言葉に頷き続ける。
「ねぇねぇ!この前ミミがしてくれた服がいい!」
ティア皇女が言った。
ねだっている姿も最高です。
「同じ服装は、すぐには用意できません」
「えぇ~…」
バーリードゥ夫人にダメだと言われて、ティア皇女はしょげる。
やっぱり、女の子って小さい頃からオシャレに興味があるんだよな。
すると、コーラさんが焦った声を出す。
「殿下っ!今日はこの赤のドレスなんていかがですか?闘技場で華やかですわよっ!」
闘技場で華やかになってどうする。
闘牛かい?
「んん~」
ティア皇女はあんまりお気に召さない。
だって小さな子に赤と黒のドレスってどうなんだ。
私の歳でも着こなすのは難しいぞ。
てか、なんでそんなのある。
「ねぇねぇ、ミミはどれがいいと思う?」
ティア皇女が私に聞いてきた。
正直、このタイミングで聞かれるのは嫌だった。
だって、コーラさんの目が…
分かってる。
ティア皇女に悪気なんてないさ。
その純粋さに私は服従しているのさ。
「えっと、殿下はどれがいいですか?どんな色がお好きですか?形でもいいですよ」
私が問いかけると、ティア皇女は「ん~」と口をぷっくりと膨らませた。
悩んでいるのも可愛い。
「お袖がねフリフしてるのが好きだよ!」
ノア公子に似ている素直な答えが返ってくる。
「でしたら、こちらなんてどうですか?コーラさんおすすめの赤色ですし」
一応、コーラさんを立ててみた。
「うん、それがいい!コーラ、赤っていい色だね!」
──おぉ!
ティア皇女の天然のフォロー。
流石すぎる。狙ってないから天使なの。
「そう…ですね……」
だけど、コーラさんの表情はやっぱり浮かない顔だった。




