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そして水汲みの最終日。

私はルンルン気分で持ち場へ向うとすると、昨日は会えなかったクリスティンさんと会った。


「おはようございます」

「御機嫌よう」


元気よく挨拶をすれば、上品で優しい挨拶が返ってくる。

だけど、クリスティンさんの服が昨日と同じだ。

もしかして、今が帰りなのだろうか。

なんて考えていて、ハッとした。


──朝帰り!


大人の世界を彷彿させるものを思い浮かべ、私は目を開いた。

人のことなのに私の方が顔を赤くなってしまう。


「あ、えへへ、では、また」


照れ隠して、変なにやけが込み上がってくるが、苦笑いで別れる。

ちょっと気持ち悪かったかもしれない。

余計なお世話はしない方がいいと言い聞かせて、私はさっさと最後の水汲みへ向かった。


「遅いわよ!」


持ち場へ着くと、コーラさんが仁王立ちで待ち構えていた。

相変わらずつるぺたな胸は突き出されまくっている。

寄せて上げてもほのかな膨らみしかないそれは、ある意味誇らしくも見える。


「今日はティア殿下に呼んで頂けるでしょうか?」


私はコーラさんに尋ねてみる。


「どうかしら?まぁ、昨日のを見たら、呼ばれるかもね」


コーラさんが普通に言葉を返してくれた。

考えてみれば、ちょっとコーラさんのあたりが優しいかもしれない。


「コーラさんってツンデレ属性だったんですか?」

「貴方って、意味不明な言葉を良く言うわね」


顔を顰めるコーラさん、そんなに顔を顰めなくてもと思いながら、私は仕事を再開させた。

今日はちょっといい日になりそうだなそんな事を思っていた。



*****



──が、そうそう上手くいく事はないようです。

水汲みの仕事の合間の頼まれごとの途中に、彼を見つけてしまいました。


「殿下っ!聞きましたわ、ご令嬢の命をお助けになったとか!」

「颯爽と現れて、落ちそうになった方を支えられたのですわよね!」

「素晴らしいですわ」


数人の令嬢に囲まれたノア公子がいた。

夜会の事が色々と誇張された話をぶつけられまくって、ノア公子は通路で迫られていた。

言われている話が良くわかっていないのか、彼は真顔でその言葉を聞いている。

令嬢達は反応のないノア公子にそれでも言葉を投げ続け始める。


「殿下は本の中の勇者様のようですわぁ~」

「勉学だけでなく、武術も優秀なのでしょうか?」

「殿下ほど完璧な方はいませんわ!」


褒めが止まらない。


「僕は体を動かすのは得意ではありません」


きっと令嬢達はそんな事を聞きたいわけではないと思う。

相変わらずぼんやりとした表情だ。

だけど、令嬢達はやっと口を開いたノア公子に黄色い歓声をあげる。


「「「キャァアアアアアア」」」


過度なアイドルファンみたいな状況になっている。

彼女達の持っている扇子が、『ノア、こっち見て!』『ノア、ウインクして!』『ノア投げキッスして』って書いてあるようにも見えてきた。


──モテモテだ


そう思いながら、私は少し顔を隠すようにそこを通り過ぎようとする。

昨日の今日で、寝て忘れかけていた恥ずかしさと罪悪感が一気に押し寄せてくる。

罰せられてもしかないと思うけど、できればゴキブリのように生き延びたい。


──会いすぎでしょ…


どれだけ悪縁が強いのだと思いながら、私はこっそりと通り過ぎかけた時──


「ミンディ嬢?」


黄色い歓声の向こう側から、聞き慣れた声が飛んできた。


──終わった


暗殺者に見つかった気分だった。

けど、半分自業自得な所もあるので、拒むこともできない。


「こんにちは、殿下」


勇気を振り絞って振り返れば、そこにはギラギラした恐ろしい目をした令嬢達の向こうに、キラキラした目のノア公子がいた。

令嬢達は「あんた誰よ」と睨みを聞かしてくる。

憧れの君の前で、ガンは飛ばさない方がいいと思う。


そんな状況なんてお構いなしのノア公子は、さっさと令嬢達をかき分けてこっちにやってくる。


「持ちます」


私の持っているティア皇女の授業の荷物を持とうとする。

普通に私の手に触れようとしてくるし…


──後ろのご令嬢を見て下さいっ!


般若の顔になっています。

ガッツリ、ノア公子の手の動きを凝視されています。


私はそれを察知して、触れられないようにさっと一歩下がる。

手の位置も移動させる。


「いえ、結構ですよ。重くないし、すぐ近くですので」


もちろん令嬢達の視線も怖いけど、この人に触られるのは何だか落ち着かない。


「資料室へ?」


私の言い分はすぐに納得したみたい。

次の質問へ移った。素直なのか、気が利かないのか…

一先ず、ここから逃げよう。

良く分からないけど、ノア公子は全然気にしていないみたいだし、罪悪感は持ちながらも許されている認識はできた。


「はい。ですので、失礼いたします」

「僕も行きます」


──何故だ?!


私は目を見開いたが、やっぱり公子は気にしていない。

しかもその隙に私の荷物を奪ってしまった。

気が利かなとか言ってごめんなさい。貴方は紳士です。

だけど、今じゃないです。


「では、失礼」


そのまま歩こうとしたノア公子は令嬢達にペコリと頭を下げた。

令嬢達も引き止めることはできなかったのか、悔しそうな視線を私に投げてくるだけだった。


「あの、良かったのですか?」


私は、絶対良くなかったと思いながら問いかける。


「はい」


当然のようにノア公子は返事をした。

何だろうぼんやりしているのに、彼の思考は読み取れない。


「ミンディ嬢は、ティア殿下の所属ですか?」


私のリボンの色を見て、聞いてきた。


「そうです。4日前に配属されました」

「そうですか」


何故か嬉しそうに彼は笑う。

彼の会話はポツリポツリと続く。

トコトコとお互いの足音が良く聞こえた。


「貴方はすごい」

「え?何がですか?」


思い当たることがない。


「僕は彼女達がこわい」


告白をされた。こわかったのか。

あれがこわがっている顔なのか分からないけど、確かに勢いは凄かった。

ファンにワーキャーされていても、嬉しいだけじゃないのかも。


「いつでも堂々としてる貴方はすごい」

「は?」


すごい尊敬している目でノア公子は言ってきた。

雑魚キャラ丸出しの愛想笑いばっか浮かべている私のどこがそう見えているのだろう。

彼の見ている私は違うと思う。


「昨日、私が焦って平謝りしたのを忘れたんですか?あんな姿を見て、堂々とって思いました?」


つい追求してしまった。


「潔くて格好良かった」


どこをどう切り取ればそうなるのか考えられない。


「僕には出来ない」


私と同じ事をしたら、情けない事この上ないと思う。


「それに、夜会の時」


一番恥ずかしい姿を思い出された。


「…憧れました」


少し俯いて恥ずかしさを滲ませた彼の表情は、相変わらず美しい。

けど、私は全然落ち着いていられなかった。


「あり得ないですよ?!偉そうに色々と言ったのに?不快ではなかったのですか?だって…盗み聞きしておいて、いきなり現れて、名乗りもせずに図々しいこと言って、しかも、逃げて…」


言えば言うほど酷いやつだ。

だけど、ノア公子は首を振った。


「あの日、受け取ったどの言葉より嬉しかったです」


真面目な顔で彼は言った。

ちょっとだけ、その言葉にグラッときたけど、私はさらに言い返す。


「で、でも、皆さんずっと褒めているじゃないですか。すごいって。私だけじゃないですし、一番に言っただけで……」


そんな私の言葉を、ノア公子は首を振って否定した。


「ずっと、お礼を言いたかった」

「…」


本心から彼がそう思ってくれているのはわかるけど、なんでそんな事を思ってくれているのか分からない。もしかして珍獣扱いでもされているのだろうか。

確かに見ていられなくて励ましたかった気持ちはあるけど、そんなに嬉しがられる言葉でもない。


「あの……、眼鏡をかけている令嬢を探していたのって、やっぱり私のことですか?」


私が尋ねると、彼は頷く。


「探し物が眼鏡だったので、かけていると思ってました」

「そうでしたか……」


予想通りだ。


「でも、あれだけの事をそんな風に思って下さっていたとは…私のお節介っていうか、自己満足で……、意外です。ありきたりな言葉なのに…」


なんでそんなに嬉しいのか分からないけど、嬉しがってるのは悪い気分でもない。

私の思いは伝わったのだ。


「あの時だけじゃない」


ノア公子は続けて言った。


「いつも、貴方ははっきりと言ってくれて、伝えようとしてくれる。言いにくくても、伝えようとしてくれる。それが、嬉しくて、友になりたいと思いました」


──嬉しいって…会話ってそう言うものでしょ?


みんなそうだろと私が顔を歪ませれば、ノア公子は少ししょげた顔をした。

あんまり表情は変わらないけど、さっきから尻尾がまた見えてきた。


「僕は社交性が低く、会話が苦手です。友人も少ない」


何となく分かる。でも、彼のペースがあって、それを理解できる人が少ないからだと思う。

懐かしい人の言い分だったら、バビィさんの言う波長だ。

彼の波長に合う人が滅多にいないからなだけで、彼の能力云々の話でもない気がする。

能力だとしても、それは彼の個性の一部とも言えるかもしれない。


「でも、貴方と話すのは…すごく心地いいです」



──っ!!!!!!



そう言って、顔を上げたノア公子の顔。

さっきの令嬢達がいたら倒れてたよ。表情の乏しい彼が、クシャッと顔を崩して笑う。

大人びた美しい顔に子供っぽい純粋な笑顔は、さまざまな感情をくすぐってくる。

無いはずの母性なんかもある気がしてきて──


「友達になってくれないの?」とノア公子の顔が訴えている。

これでは私が悪者みたいだ。


──ほっとけないじゃん!


そんな顔をされたら、気不味いとか言って避けるのさえ申し訳なくなる。

これは降参するしかないなと私は密かに悟った。


「僕と、友になってくれますか?」


再度、ノア公子は聞いてきた。

卑怯だ。


──あァアアアアアアアア!!


もうこれは断れない。


「……いいですよっ!」


私は勢いで言った。


「ノア公子が望まれるなら、友達になりましょう」


そう言いながら、私もちょっと嬉しかった。

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