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ついきつく言ってしまったが、その後、慌てて事情を説明した。
もちろん謝罪もした。
「あぁ…確かにそれは……」
平坦な声のままだけど、美青年は私に同情的な視線をよこした。
やっぱり他の人から見ても、あのナンパ男の行動はよろしくないのだ。
「確かにスコットレット伯爵家の子息は、女性に囲まれている印象がありますね」
美青年はぼんやりと思い出したように言った。
どうやら、彼は正真正銘のナンパ男のようだ。
「ん?スコットレット伯爵?」
あいつは伯爵の息子だったのかと思い出す。
だとしたら、数名の下女さんが色めきだっていたのも納得だ。
玉の輿に乗ろうと必死だったのだろう。
──いや、待て
私は最近の記憶を手繰り寄せる。
聞き覚えがある。というか、記憶の片隅にある。
──そうだ、この前の公爵家の夜会だっ!
ヴェロニカと彼の話をしたのを思い出す。
正確には彼の父親の話だ。そう、あのミンタ男爵から新しく妾を献上された伯爵だ。
恰幅のいい男性が、似合わない綺麗な女性を連れて歩いていたのを思い出す。
──親も親なら子も子か…
最近はそんな話ばっかりだなと私はうんざりする。
げっそりとした顔を上げると、目の前には不思議そうに私を見ている美青年がいた。
「!」
びっくりしてときめきそうになった。
「それ、要らないですか?」
美青年が問いかけてくる。
いるわけが無い。私が力強く頷くと、美青年は言葉を続ける。
「それ、貰ってもいいですか?」
「これを、ですか?」
「はい」
こんなものが欲しいなんて──変わってる。
「要らないのなら下さい」
手を突き出してジッと美青年は待っている。
まるで待てをしている犬みたい。
何故か好奇心が止まらない顔をこちらに向けるので、私は彼の手に紙切れをおく。
すると、すごく嬉しそうな顔をして、彼はその紙を観察する。
「ありがとうございます」
彼はペコリとお辞儀をする。
──変人…
いい人なのだが、変わっている。
彼の独特ののんびりとした空気感もそれが原因の気がした。
でもそれが彼の良さのような気がして──だなんて考えていると、紙切れを興味深く観察していた美青年が顔を上げた。
「あ、そうだ」
美青年が思い出したようで、私をジッと見つめる。
何となくまっすぐで純粋なその目はすごく魅力的だ。
目が意外と猫目で、目尻のまつ毛がくるんってカールしてた。
「僕、ノア・エレン・デネブレです」
「……………………はい?」
彼のいきなりの告白に私は沈黙の後に聞き返した。
──今、なんて?
自分の中で問いかける。
デネブレ──先日の夜会の公爵家の名前。
そしてエレンはかつてその初代公爵のファーストネームで──
「ノア・エレン・デネブレです。昨日はごめんなさい」
彼はやっぱり強弱のない声で名乗ると、また頭を下げた。
「僕だと名乗れば気不味い思いをさせるかと思って、名乗りませんでした。ですが、知り合いにそれは騙していると同じだと言われたので、正直に言います」
お行儀の良い犬のようにきっちりと説明する、自称ノア公子。
綺麗な顔はとても冗談を言っているようではなく、大真面目だった。
「……え?」
私は聞き分けのない犬なのでもう一度聴いてしまった。
全然脳みそが追いついてません。
「貴方が、ノア公子で、私はノア公子にノア公子とは気不味いから会いたくない…と言ったってことですか?」
私が問いかけると、首を縦に振ってくれた。
「はい」
声も律儀につけてくれる。
──のぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
叫びそうなのを必死に堪えました。
もう、叫ぶとかのレベルではないです。
もし、今、目の前に川があれば、飛び込んで海まで泳ぐレベル。
恥ずかしさとか失態とか色々考える余裕なんてなくて、ただこの人物がノア公子だって思う点が多すぎる。
その1、まずイケメン。
死ぬのも忘れる美貌です。確かにイケメンですよ。
恋には落ちんでしたけど、見た瞬間に息を止めました。
その2、夜会で見た性格とそっくり。
のんびりマイペースさがそっくり。
何だかぼんやりしていて、背中を叩きたくなる感じとか、あの感じです。
その3、昨日会った時のスケジュール的に公子の確率高い。
その4、思い返せば、ティア皇女と同じ目の色だし、遠目で見た公子に似てる気もする──────
──何で気がつかなかったよぉおおお!
今更だけど、自分を責め立てたい。
でも、この気持ちがどうやっても落ち着くことはできなくて、私は力なく呟く。
「本当に…ごめんなさい……。本当に、貴方様が悪いわけではなく…、私が勝手に思っているだけで……、ノア公子殿下だなんて全然知らなくて…知らなくて許されるわけではありませんが……本当に私の勝手な妄想ですっ!」
そう言うしかなくて私は最後には顔を手で覆った。
もうさっきのナンパ男とかどうでもいい。
ティア皇女様に褒められてから何だかぼんやりしてたけど、一気に目が覚めた。
梯子を登りたいとかヒロインめいたことしてごめんなさい。
私が申し訳ない気持ちでいっぱいにしていると、ノア公子が口を開いた。
「申し訳ない。そこまで思い詰めているなど、考えていませんでした」
ノア公子は全然悪くない。悪いのは私だ。
なのに、彼はしょんぼりとした表情を見せる。
「ティア殿下にも怒られました…」
いきなり飛び出した名前に私は「え?」と顔で問いかける。
なぜ、幼いティア皇女に彼が怒られるのだろうか。
「今朝の挨拶で相談しました」
何故20歳目前の男性が、10歳にも満たないティア皇女に相談をする。
「『嘘をつくのは最低です』と叱られました」
女の子に叱られたの?いい大人が?
「ごもっともで、反省しました」
そのまま受け取ったの?
素直が過ぎる。
「今更ですが、後悔しています。申し訳ない」
──尻尾、尻尾が見えるよぉお!お父さん!!
犬が飼い主の許しを待つかのようなその表情に私は誰かを呼びたくなった。
だけど、そんな事できる訳もないし、目の前のノア公子をほっとく訳にもいかない。
何より、ここで許さないなど良心の呵責に苛まれる。
「気にしないでください」
私の答えは決まっていた。
だけど、その答えを聞いたノア公子がみるみる顔を明るくさせる。
尻尾を健気に振ってるから──
──私が悪のにぃ…
罪悪感が止まらない。
元を言えば私が先にノア公子のことを言ったからだ。
「ありがとうございます」
感謝までされてしまった。
私の中は崩壊状態。一気に罪深い悪女になった気分。
「すみません。それ違います。ごめんなさいっ!」
私はそう言って、無礼かと思いながら図書館で騒ぐわけにもいかないので連れ出す。
昨日と同じ間違いは犯さないようにとか、謝罪するのに、自分の事を考える邪な奴です。
いっその事、クビになる覚悟でその場で謝罪するべきだったかも。
──言い訳ばっかだ
自分でもわかってる。
何故かノア公子は大人しく私に連れ去られるし、何なんだ。
私は図書館から出て、ノア公子に向き直り勢いよく地面に挨拶した。
「申し訳ございませんっ!」
これぞ日本人の最骨頂の謝罪、THE 土下座 。
罪はその場で認めるに限る。それが一番誠意の謝罪のはず。
移動したからその場じゃないけど、そこは知らないふりをして。
「夜会で、いきなり叫んで走り去るなど、恐怖極まりない行為をして申し訳ございません。陳謝します」
「夜会…」
私は無我夢中で謝った。
「善人気取りな行為をしてごめんなさい。本当は変人とか迷惑な人とかちょっと思ってました。しかも、恐れすぎて本人だと気付かずに傷つけてごめんなさい。私が、勝手に恥ずかしい行動をして、それから逃げようとして避けていただけです。嫌な気持ちにさせてごめんなさい!」
ながながと話したけど、全然足りない。
言えば言うほど相手を不快にしてしまいそうで怖いけど言うしかない。
保守の為に連れ出しといて何だが、これは女官をクビになっても仕方ないかと思ってきた。
──尼になるしか道はない…
そう思って顔を上げると──何故か、ノア公子の顔はさっきよりもさらに輝いていた。
表情はあんまり変わらないけど、彼の周りでキラキラ弾けて見えた。
──え?
そう思ったのは束の間。ノア公子が口を開いた。
「会えた」
ポツリとつぶやいて、ノア公子は私と同じように地面に跪いた。
その顔面はもう眩しすぎるぐらい楽しげで、背後で天使がラッパを吹いているようだった。




