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その日は結局、コーラさんと遠慮なく文句を言い合いながら1日目が終了した。
コーラさんはやっぱり私に反発してくるし、私も反発するようになってしまった。
だめだ、黙ってるのも子供っぽいけど、言い返すのは余計に子供っぽい。
「お疲れ様」
夜食会の前に先輩女官のクリスティンさんが出迎えてくれた。
「初日から大変ね。大喧嘩したんですって?」
クリスティンさんはすこぶる優しい笑みを見せ、コロコロと笑った。
彼女は私よりも年上で、百合の花を彷彿とさせる品性と優しい雰囲気がある。
「何で喧嘩したの?」
クリスティンさんの問いかけに、私とコーラさんは声を揃えて答えた。
「喧嘩じゃないです」
「喧嘩じゃないですわ」
ムッとしてお互いの顔を見る。
「ふふ、でも大勢の前で言い合いしたのでしょ?」
それは間違いじゃない。
「お前のせいだ」と睨み合うしか出来ない。
「大丈夫よ。貴方達のは微笑ましい方だもの。前はそこら辺に頭皮のついた髪の毛がいっぱい落ちてる喧嘩をした方なんているし、剣を振り回す人もいるから。女性の憎しみ合いって、激しいからね」
クリスティンさんはおっとりと語ってくれるけど、私とコーラさんは青ざめた。
そんなの笑顔で語らないで欲しい。余計に怖い。
そして、それが当たり前になる未来の自分が恐ろしい。
「でも、残念ね。喧嘩しなかったら公子殿下に会えたのに…。バーリードゥ夫人も、コーラさんの入室を許可しようって言ったのよ?」
「えっ…」
その言葉にいち早く反応したのはコーラさんだった。
まるでおやつを取り上げられた子供ような顔を見せる。
「また、すぐに会えるわよ」
「青春ね」とクリスティンさんは目を細める。
けど、コーラさんはちょっと悔しそうだった。
何をそこまで思っているのかよく分からない。
「ミンディさんも公子殿下に会いたかったでしょ?すぐチャンスはあるからね!」
私の複雑な表情を勘違いしたクリスティンさんが声をかけてくれた。
いや、そうじゃないです。全然会いたくありません。
こっちは、ほっとしています。
──ってか、黒歴史を消したいのにぃ……
さっきの美男子の様に、さっと魔法を使えればいいと思った。
ノア公子の記憶から私の事を消し去りたい。
「でも、悲しいお知らせだけど、公子殿下には思い人がいるみたいなの」
クリスティンさんが言った。その噂は初耳だ。
「何でも、眼鏡をかけている方らしくてね。その方を探しているのよ」
──眼鏡?
「顔の特徴でなく、眼鏡ですか?」
変だなと思った。眼鏡を特徴にあげるならもっと他にあるだろうと思う。
「えぇ、眼鏡らしいの。その方が眼鏡を探していたらしくてね、その他の特徴は知らないって仰ってたわ」
のんびりと語るクリスティンさん。
だけど、私の額には汗が滲む。
──まさか…まさかよね?
そんな訳ない。だが、思い出すのはあの日の事だ。
私が探していたのは眼鏡だった。まさかと思いつつ、まさかではない気がする。
──これって早く謝った方がいいの?
言い逃げの変人でごめんなさいとでも言うべきかもしれない。
だけど、そんな恥ずかしい事なんて…
女官になったのがラッキーすぎた。
色々と不幸が訪れそうな、そんな予感がした。
*****
翌日も、もちろん私たちは水汲み係だ。
今日は、朝から水汲みって事もあり、洗濯係りの下女さんが周りにいる。
「そうですよ。以前、どこかの伯爵様の奥様とお妾様が争いした時のは凄かったんですよ」
「兵士さん達もびっくりしちゃって、女の戦いって本当に恐ろしくてね」
「貴族の女性も私たち平民の女性も変わらないよ。街でだって、殺人事件にまでなるんだもの」
下女さんが色々と教えてくれた。
みんな私たちと同じ歳ぐらいで、それなりに話は合う。
そして、悍ましい話が次々と出てくる。
「なんてことなの…」
最初は「わたくしが下女となんて…」と言っていたコーラさんも夢中になってる。
やっぱり女子はこういう噂話からは逃げられない運命にあるのよ。
「ほら、どっかの女帝さんもそれで困ってるって聞いたよね?」
1人の下女が言った。
それに他の下女が頷いた。
「聞いたことある。何だっけ?」
「女官様の方が詳しいのでは?」
聞かれたけど、私には見当もつかない。
何の話だろうと思っていると、コーラさんが答えてくれた。
「グリード国のことですわね」
「グリード国?」
「ソレイユ人を奴隷にしている国よ。そんな事も覚えてないのかしら?」
「あぁ、あそこですか」
授業で習ったことがある。
確か『太陽の民』を名乗って自分たちを神の民族としたキル教の一つの宗派を持つソレイユ国が昔あった。
その国が暴走したのを止めたのが、例のノア公子の曾祖父にあたる人だったはず。
当分は政権の変動によってソレイユ国は残っていたけど、結局グリード国に吸収されちゃったとか。それでソレイユ人はグリード国で低い身分の者として扱われているのだ。
「そうそう!その、グリード国!」
下女も思い出したように言った。
「その女王さんは旦那さんに逃げられてるって話を私は聞いたわ」
「へぇー、王族でもそんな事があるの?」
下女さん達は盛り上がって話し始めた。
私はいまいちついていけなくて、コーラさんにヘルプを頼む。
「こんな事も知らないの?」
コーラさんは思いっきり私を馬鹿にした表情を浮かべる。
もう一回言い争いでもする気かと問いかけたい。
「仕方ないですわね…」
そう言って、教えてくれた。
「結婚して10年くらい経ってるはずなのに女王には子供がいないの。何でも王配が愛妾に夢中だとか噂が流れてて、国自体も中々うまくいってないらしいですし、向こうの国内では『呪い』だなんて言われてるらしいですわ」
「何の『呪い』?」
「そこまでは知りませんけど、これぐらいは当たり前に知ってる話ですわよ」
勝ち誇った顔をこちらに向けてくる。
一応敬語を使ってるけどやめようかと思ってきた。
まぁ、時々、敬語を忘れてる時はあるけどね。
「やぁ、レディー達」
私たちがそんな噂話で盛り上がっていると、変に鼻につく声が聞こえた。
声のする方に顔を向ければ、そこいはキザに格好をつけた貴族男性がいた。
前髪を流して、後ろも男性にしては長めで、サイドの髪が耳が隠れるくらいある。
前世のお父さんが好きだったガ◯ダムで赤い仮面の男に殺される紫の髪の末っ子みたいな髪型。
「来たわ…」
「あーあ」
ほとんどの下女さん達の顔色がどんよりとした。
けど、何人かの下女さんは黄色い声をあげる。
「キャッ!」
「チェイス様!!」
「お久しぶりですわ!」
彼の元に駆け寄ったごく数名は誰も彼も綺麗な容姿をしていた。
彼は彼女達を当たり前のように受け入れる。
「やぁ、今日は何だかここが華やかだねぇ~」
彼は再度鼻につく声を出した。
「…何であの男がここにいるの?」
コーラさんが顔を険しくさせた。
私は「誰?」って聞こうとしたら、キザ男が声をかけてきた。
「あれ?これは見慣れないレディーがいるじゃないか!」
そう言うと、キザ男は私の方へやってきて、私の手を無断で触ってきた。
ゾゾゾッて一気に鳥肌が立った。普通に気持ち悪かった。
「私は、チェイス・スコットレット。君のような美しいレディに会えるなんて、なんて幸運なんだ」
そう言って、彼は私の手の甲に口づけをした。
止まりません!止まりません!
鳥肌が止まりません。コーラさんに目を向けたら、めちゃくちゃ冷たい目をしてた。
その目、お兄様にそっくりだよ。
「レディ?よければ名前を教えてくれないかい?」
アイドルばりのウインクをかましてきた。
顔はそこそこいいけど、絶対的にあの美青年の方が格上だ。
こうやって改めて見ると、残念なキザなナンパ男に見えてきた。
絶対教えたくない。けど、言い訳が思いつかない。
──ぐぬぬ…
私は自分の心で葛藤していると救世主が現れた。
「コーラさん、ミンディさん」
クリスティンさんの優しい声が聞こえた。
「バーリードゥ夫人がお呼びよ」
何故か罰の最中なのに呼ばれた。
ただ、最悪の事態からの鶴の一声で私は顔色をよくする。
「あ、申し訳ございません。仕事がありますので…」
私はさっとチェイスという男に握られている手を退けて、数歩距離を置いて挨拶をする。
このまま逃れようとした時、男が近づいてきた。
「おっと、襟が捻れているよ」
普通に触れてきた。
もちろん、ゾッとして気持ち悪かったけど振り払うにもいかない。
「はい、オッケ」
「ど、どうも…」
笑顔を保ってそう言うしかなかった。
「ありがとう」なんて舌を噛んでも言わない。
そして逃げるように、コーラさんの後に続いた。
──名前を言わなくてよかった…
そう思いながら、まだあの気持ち悪さが体に纏わり付いているようで、
私は再び身震いをした。




