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「2人してどういうことですかっ!!」
バーリードゥ侯爵夫人の叱責が庭園に響く。
声の大きさに驚いて、数羽の鳥たちが羽ばたいて行った。
私とコーラさんも体をびくつかせながら、庭園の真ん中で正座で座っていた。
只今、絶賛、説教中です。
恥ずかしい思いをしながら、コーラさんと2人でティア皇女のお住まいに戻ってきたはいいが、待ち受けていたのは目を三角にしたバーリードゥ侯爵夫人。
泣く子も黙るバーリードゥ侯爵夫人のお叱りに私たちはなす術も無い。
「ティア殿下付きの女官である事を忘れないようにと何度も申し上げたはずです。まだ、女官としての心がけをあなた方に叩き込む必要があるのでしょうか?」
コーラさんは涙目で、俯いている。
私だって泣きたいよ。
「今日は殿下の前に出すわけにはいきません。罰として、3日間水汲みの仕事に回ってもらいます。自分たちの行いを十分反省するように」
ってことで、私たちは下女の仕事である水汲みをすることになりました。
もちろん、反論、異論は認められませんでした。
「何でこんな事をしなきゃならないのよっ…」
コーラさんは相変わらずブツクサ言ってる。
貴族の令嬢には確かに嫌なことだろう。
けど私は、井戸から水を引き上げるって体験にちょっとだけ楽しさを感じている。
水を汲んで運ぶ。単純な作業だけど、天気もいいし、水と触れ合うのは悪くない。
「水道設備があるのに、何で井戸から水を汲むのよ…」
「水道設備が一部しかないからですよ」
色々と設備はあるが、それが十分行き届いてはいない。
皺寄せは全て下女などの下働きの人たちに行っているだけ。
「来て早々、下女の仕事だなんて…」
「コーラさんが騒ぐからです。あのまま私に引っ張られて大人しくしとけばいいのに」
「貴方さっきから、態度が変わってませんこと?!」
ずげずげと言い続けた私にコーラさんが噛み付いてきた。
今日はお互いに噛みつきあってる。
犬同士の喧嘩じゃないのだからそろそろ普通に話してもいいぐらいだ。
「コーラさんが自分勝手に振る舞うので、私もそうするだけです」
私はツンとして答えた。
何だか一回切れてしまって、はい元通りなんて出来ない。
それに、コーラさんに対してそんな態度でいてやるって意地が発動した。
「本当に貴方って、私を馬鹿にしているのでしょ?!」
「お口を動かすのに必死で仕事を忘れた人に責められる筋合いはありません」
何でこんなずげずげと言ってしまっているのか分からない。
ヴェロニカと話す時でも堪えることは多いのに。
ただ、コーラさんには全部口に出す方がいい気がした。
「わっ!忘れたんじゃないわ!」
コーラさんは真っ赤になって憤慨する。
嘘をつけと私は顔で訴えた。
*****
「みてなさいよっ!」
注目されて恥ずかしさで悶えていると、コーラさんが先に口を開いた。
もう、真っ赤っかな半べそかいたような顔で、捨て台詞らしい言葉を吐き出すと、コーラさんはそのままその場を去ろうとした。
彼女も逃げ出したくて、仕方なかったんだと思う。
ドン、ドン、ドン
だが、数歩進んで大きな足音を立てながら、すぐに帰って来た。
顔は真っ赤のまま。
「管理長様に言伝をしたら、特別にあなたを先に歩かしてあげるわっ!訓練が必要だものっ!」
コーラさんは叫ぶように言った。
多分、帰る道も分からないし、伝言の事を忘れてたんだと思う。
そして、コーラさんは書庫の前にいた中年男性に声をかける。
「さっ、先程は、ご迷惑をおかけしましたわっ!書庫管理長様にお会いしたのですわっ!」
コーラさんは恥ずかしさをかき消そうと、投げやりな物言いになっていた。
私も恥ずかしかったし、顔を隠したかったけど、「ごめんなさい。お願いします」と頭を下げた。
中年男性の生暖かい目が今日一番で居心地の悪いものでした。
*****
そして挨拶を終わらせ、私が先頭で帰ってくれば、このザマ。
私たちが帰るよりも、ティア皇女の女官が廊下で喧嘩をしていたという情報が先に帰っていた。
そして、罰を一緒に受けてるってのに何故か八つ当たりをされる。
言い返さない方がおかしい。
「わたくしは、辺境伯の生まれなのよっ?!」
「知ってます。昨日から何十回も聞いてますよ」
私はそう言って、水の入った桶を持ち上げる。
水汲みは運ぶまでがお仕事です。
──流石に重いなぁ
そう思いながら、さっさと運ぶ。
罰なら真面目にやるしかない。
──3日もティア殿下と離れ離れ…
なんと非情な世の中だ。
そんな事を悲しんでいると、見覚えのある人物とばっかり出くわした。
「「あ」」
お互い声をあげた。
なんとさっきぶつかった美青年だ。
「あっ、さっきはありがとうございました」
私は直ぐにお礼を言った。
「ご用事は無事に済まされましたか?」
私のせいでダメになってないかと不安になる。
美青年はコクリと頷く。
「はい」
「よかったです」
「服も…」
少しだけ、彼は柔らかい微笑みを見せた。
あまり話さない人なのかもしれない。
簡潔な言葉だけが返ってくる。
「はい。おかげさまで」
「よかった」
彼の話ぶりはあまり強弱はない。表情も変わらない。
けど、優しい声色は何となく好きだ。
──ノア公子に似てる
そう思うとハッとして、こっそり美青年の後ろに目を向ける。
「…どうされました?」
「あ、いえ…、ノア公子殿下がいると聞いたので、いるか確認しただけです」
バッタリあったりしないよねと不安になったのだ。
多分、向こうも顔見ていないと思うが、普通に会いたくない。
こっちが勝手に恥ずかしさが込み上がってくるだけだけど、嫌だ。
「ぼく………、公子と知り合いですか?」
表情を変えぬまま美青年が聞いてきた。
「あ、いえ、知り合いっていうか、こちらが一方的に知ってるっていうか…」
なんて説明すればいいのだろうかと私は苦笑いを浮かべる。
──あ、この説明ストーカーみたい!
気づいたが、言ってしまった後だ。
だけど、美青年は表情を変える事もなく頷いて聞いてくれている。
「ただ単に、会いたくないだけで…なんていうか、ははっ」
──何、知らない人に話してるのよ!
自分に突っ込む。
訳の分からない話をして相手を困らせるだけだ。
「会いたくない…のですか?」
何故か美青年が悲しそうだった。
「私が気不味いだけの、勝手な理由なので…」
苦笑いを続行させて、私はあやふやにした。
あやふやに出来たかは分からないけど、彼はそれ以上聞いてこない。
今日の口は色々と話しすぎだ。自分で自分の口を縫いたくなった。
「あ、それでは、仕事がありますので」
私はこれ以上自分が変なことを言わないように、その場を去ることにした。
「はい。では、また」
彼も簡潔に挨拶を返してくれる。そのまま、私は軽く会釈をして立ち去った。
──あ
幾分か進んでから気づいた。
──名前聞くの忘れてた…
恩人に失礼だったな思い、後悔する。
何だか、今日は失敗ばっかりだ。




