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前言撤回です。


「コーラさん、ここはどこでしょうか?」


私がキョロキョロしながら歩くコーラさんに問いかける。

コーラさんは私の問いかけにびくりとピンクの髪を揺らして体を跳ねらした。


「あっ、貴方は知らないでしょうね!来たこともないと思うわ!」


ええそうですよ。全然知りませんよ。

だって、昨日はこんな場所なんて通ってませんでしたからね。

ティア皇女のお住まいからそんなに離れてない場所にあるって聞いたのに、見えなくなっちゃいましたよ?


「なっ、何ですのっ?!その目はっ!」


私の疑いの視線に気づいたコーラさんは顔を真っ赤にして、噛み付いてきた。


「私はジャマ辺境伯の娘ですのよ?!分かってるのかしらっ!代々、この帝国の為に仕えてきた家なのよ?!」


またそれか。それは今関係ないからね。

迷ったなら素直に言えばいいのに。

それでも言い争いは避けたいから、私は下手にでる。

大人だからじゃない。私が面倒ごと嫌いの子供なだけ。

大人だったらちゃんと教えてあげると思う。


「こんなに広いと、ずっと住んでいる人でも迷いますよね」


これでどうだと視線をコーラさんに向ける。

これで「まぁね」だなんて言ってくれれば丸く収まるけど──


──あぁ~あ


だめだ。コーラさんはプライドが高すぎる。

口をキュッと瞑って、認めないんだからと俯いてしまった。

この姿にちょっとだけ見覚えがある。


──何だかなぁ


そう思っていると、少し離れた所に人影が見えた。

私はすぐにそれを確認し直して、コーラさんに伝える。


「あ、人がいました。ちょっと挨拶してきます」


適当な口実だったけど、顔を知ってもらってこいって命令だったのでこれでいいはず。

挨拶して、道をこっそり教えてもらおう。


「あっ、ちょっと!」


コーラさんを置いて私は人がいたと思われる場所に向かった。


「失礼します。少しお伺いしたいのですが…」


丁寧に挨拶をしながら、相手に問いかける。


「なんだ?」


とても低い声が返ってきた。

顔を上げると、話しかけた相手は切長の目をした背の高い男性だった。

服装からして騎士のようだ。腰には剣がぶら下がってる。


「新人でして道に迷ってしまいまして、書庫はどちらでしょうか?」

「書庫?」


男性は怪訝な顔をした。

私がもう一度深々と頭を下げると、私の髪に着いている緑のリボンを見て、男性はさらに目を細める。


「…皇女付きの女官か?」

「はい」


素直に答えると、彼は幾分か私を観察した。


──居心地わっる…


何だよと問いかけたいが、何となく無愛想な騎士が怖いのでモブらしく愛想を振りまく。

ヘラヘラと笑って雑魚感がこの上ないなと自分でも思った。


「ちょっと!ミンディさん!何をしているのよっ!」


私から出遅れたコーラさんも追いついて来た。

令嬢は足が遅い人が多い。

帝国の女性って足を滑らせたように歩くからかも。

コーラさんは私に駆け寄ると、相手を見てさっと青い顔をした。


「あっ…」


一瞬で銅像のように固まってしまった。

いや、獲物に狙われたハムスターみたい。


「コーラ・ジャマ、ここで何をしている」


冷たい声がコーラさんに向けられた。


「アーノルドお兄様…」


──お兄様?!


コーラさんの呟きに驚いて、もう一度、無愛想な騎士様に目を向けた。

コーラさんよりも薄いがピンク色の髪をしている。

しかも紋章も昨日のコーラさんが自慢していたものと同じだった。


──ジャマ辺境伯の御子息?!


ジャマ辺境伯は武術に秀でていると聞く。

人の首など手でちぎってしまうなんて噂があるほどだ。

確かに誰も彼もが優秀で、国に仕える人が多いとか。

だとしたらやっぱり、この無愛想な騎士様はコーラさんのお兄様ってことで──


「皇女殿下の女官がこんなところでふらついているのは何故だ?」


コーラとは全く異なる温度のない声で、コーラさんの兄は言った。

前世でも今世でも私が家族に投げかけられたことのない温度だった。

この温度はどちらかといえば、私をれいなの真似をしていると軽蔑していたあの人達によく似ていた。


「そ、それは……」

「道を聞かれたが、まさか、職務を全うせずに迷ったのか?」

「……」


私以上に居心地の悪そうな顔をしたコーラさんは、あの威勢の良さをなくし俯いてしまった。

高級な生地のスカートを握りし絞める彼女の手は震えていた。


──確かに迷ったもんね


彼の言う事は事実だから言い返すこともできないのかもしれない。

だが、職務を全うするために迷ったと言うのが正しい。


「…申し訳ございません」


彼女らしくない弱々しい謝罪が出てきた。

さっきまでと全く違う、変貌ぶりに驚いてしまう。


彼女の事を好きかと問われれば、別に好きじゃない。

だが、人は誰しもいい所があって、私はコーラさんの大袈裟すぎるほど見え見えな感情表現は悪くないと思っていた。寧ろ分かりやすくて、ひそひそされるより全然いい。

だけど、今の彼女は感情を押し殺しているようで、コーラさんらしいとは言えない。


「やっとお前にも誇れるものができたと思ったが…、どうやら違うようだな。浮かれているのか知らないが、ここは遊び場ではない」


コーラさんのお兄さんの言葉はまるで氷の槍のようだった。

彼の言う事は確かに間違いではない。遊びで働くような場所ではない。

間違いではないが、それをコーラさんに言っているのだとしたら違う気がする。


そう思うのに、コーラさんは黙ってその槍を浴びるばかりだった。

青ざめた顔で俯き続けるコーラさんは耐えているように見え始める。

コーラさんのお兄さんも、まるでコーラさんが溢れた牛乳を拭いた雑巾を見る目で見ていた。

めちゃくちゃ目が細くなってたけど、そんな目だった。


「能力も誇りもない者など、宮仕えには必要ない。家の恥晒しになる前にここから去れ」


コーラさんのお兄様がそう言った瞬間、つい声が漏れてしまった。


「は?」


──何言ってんの?


あまりにもおかしな言葉に私は、コーラさんのお兄様の顔を観察してしまった。

コーラさんの何をどう見て、この男はそんな事を言うのだろうかと、疑問しかなかった。

そんな私をコーラさんのお兄様は「この埃はなんだ?」と言いたげな表情で見てきた。

それで、確認しちゃった。聞き違いかもしれないし。


「あの、先程の言葉はコーラさんに仰っているのでしょうか?」

「そうだが?」


確認したが、やっぱりそうらしい。

だとしたら私の疑問は正解だ。


「何か?」


やっぱり変なものを見る目でお兄様は私を見る。

コーラさんも驚いた顔を私に向けていた。


「いや……」


どうしようかと思ったが、ここまで言って黙っているのも相手に失礼かもしれない。

少し考えて、話すしかなさそうだから、私はおずおずと言葉を出した。


「私は、コーラさんの能力云々は昨日会ったばかりで何も知りませんが、誇りについては問題がない……と、思うのですが…」


変だなと思いながら私が言葉を紡いでいると、お兄様は更に顔を険しくした。


「何だと?」


別に悪い事を言うわけじゃないわい。


「これでもかって言うほど、お家自慢をして下さいますし」

「ちょっと?!」


コーラさんが横で騒ぐけど、言ってやろうと思ってお口が止まらない。

さっきの紅茶の仕返しだい。


「女官のお仕事も誇りがありすぎて私を排除しようとしているぐらいだし」

「排除だと?」


お兄様の顔色はますます悪い方向へ行く。


「プライドって言ったら言い方が悪いけど、誇りの塊の様な方です」


私は髪色的に『埃』の塊ってよく言われるけどね。

けど、コーラさんは本当に家が自慢なのはよく分かる。


「しかも誰も追いつけないぐらいの人形遊びをできる努力家ですから、能力もきっと追いつくと思います」


私はそんなに頑張れる子じゃない。並みまでで満足しちゃうタイプだ。

努力の才能が皆無だもの。私は、勘違いしている様だったお兄様に見たものをただ伝えた。


言っていると気づいてしまった。


──なんだ、コーラさんはいい所が多いじゃないか。ずるいな。


ちょっとジェラシーが湧いて来た。


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