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「ミミ、準備はいいかい?1人で行けるか?不安じゃないか?」
「ちょっと服装が地味じゃないかしら?」
「お姉様!行かないでぇ~」
今日から侍女として皇宮に行くという時、こちらの世界の家族はそれぞれの反応を見せる。
パパさんはあわあわと私の心配で色々と確認してくる。それは女官を任命されてから今日まで毎日。パパさんは私が可愛くて仕方ないので、「一生、俺が養うから!」なんて言ってくる。
ママさんもそれなりに心配だけど、どっちかっていうと張り切ってる。
何着も新しい服を頼んでくれて、「向こうで舐められちゃだめよ」と毎日一から作法を叩き込まれている。
そして私の愛らしい弟──ワイアットは、駄々をこねる歳でもないのに、泣きじゃくってる。
これでアカデミーに通っていて本当に大丈夫なのか、普通に心配。小6の年なんだけど、甘えっ子だ。
「お父様、大丈夫です。お母様、これ以上派手にするのは女官としてよろしくないかと。ワイアットは、もう大きいのだからしっかりしなさい」
私より家族の方が騒いでいる。これでは私が浮かれている暇がない。あの公子の事もさっぱり忘れてしまっていた。
逆に冷静に慣れて良かったのかもしれない。浮き足立ったまま皇宮に行く事にならなくてホッとしている。ただでさえ嫌われ者なのに、調子者扱いまでされては家の恥だ。
魔力がない以外の自分の欠点とおさらばするために女官になるんだ。
バンッ
私は皇宮に向かう馬車の中で、あの時と同じように頬を叩いた。
もし、あの日が今日なのなら、ここからが勝負だ。
17歳からもう一度やり直してやる。
気合十分で私は向かうのだった。
*****
「今回、第一皇女、アナベル殿下の専属奉公人団について──」
宮廷についてすぐに、新しく奉公人団に加わることとなった人が集められ、その指揮を取る皇女様の乳母でもあるバーリードゥ侯爵夫人から説明を聞くことになった。
前から皇女殿下の奉公人団は発足されいたけど、成長に合わせて人数を増やすことになったらしい。私と同じ年頃の女官は他に1名、きっとこれから教育の手本となる年上のお姉さん的役割の人が必要だったのだと思う。
既にいる人たちはもう少し年上の既婚者ばかりだった。
ちなみに、私は宮廷についてからバーリードゥ侯爵夫人の説明中まで、ずっと刺々しい視線をいくつも浴びている。どこかの夜会であったのか、既に私の顔を知った人が「なんでいるんだ」と言いたげな表情でこちらに顔を見せる。
説明が終わり、部屋をあてがわれた者は準備に向かってもいいと解散する事になった。
私も、通いにしようと思ったけど、「宮廷に忘れ去られたくなければ、常に宮廷にいることだ」といつかの時代に低い身分から皇帝付き首席近侍まで上り詰めた人が言っていたから、しばらく宮廷住まいに決めた。
「なんで『精霊の嫌われ者』なんかがいるの?!」
私も部屋に行って支度をしようと思っていると、後ろから大声で呼ばれた。
この帝国で魔力なしの貴族は私しかいない。
振り返れば、ピンクの綺麗な髪をきっちりと結って、煌びやかな装飾品を身に纏っている同じ年頃の子が叫んでいた。
「コーラ・ジャマ、宮仕えの振る舞いではありませんよ」
その声に先に反応したのはバーリードゥ侯爵夫人だった。
私が返事をするよりも早くに叱責が飛ぶ。
バーリードゥ侯爵夫人は皇女様の乳母に任命されるほど厳しい人だ。
彼女も幼い頃からの才女だと有名。
「あっ…、いや、ですが……」
流石に叫んだのはまずいと思ったようでコーラと呼ばれた子は情けない顔をしながらモゴモゴとした。ジャマといえば、辺境の伯爵家だった気がするけど、明確に思い出せない。
「言いたいことがあるならはっきりと申しなさい。まだ矯正具が取れていないのかしら?」
「いっ、いえ、とっくに取れていますわっ!」
コーラは「私は淑女よ」と言わんばかりに、つるぺたな胸を張った。
ヴェロニカの胸を見慣れているからか、物寂しく感じるが、親近感は湧く。
私の胸もつるぺただ。断じて完全にないわけではない。
「少し取り乱して、申し訳ありません。ですが、わたくしはこの方が女官に選ばれただなんて納得できませんわっ!」
そう言って、普通に指でさしてきた。
淑女はどこいった。
「お家だってたかが子爵家、しかも魔力なしの『嫌われ者』ですわっ!神聖な宮廷には似つかわしくありませんわっ!!!」
真っ赤な顔で自称淑女コーラは訴える。
「人事については私が皇帝皇后両陛下から一任さております。私の決定にご不満、つまりは、両陛下への抗議ということでしょうか?」
おっと、きらりとバーリードゥ侯爵夫人がコーラさんを睨んだ。
権力ある美人さんの睨みはきつい。
「あっ、ふ、不満とかではなくっ!!私は納得できないだけですの。尊敬できない方と共に働くなんて出来ませんわっ」
一瞬怯んだものの、コーラさんはバーリードゥ侯爵夫人に噛み付く。
両陛下の名にも屈しないその姿勢はすごい。
かなり気合が入っている感じだ。彼女はプライドを優先する人なのかも。
でも、彼女が私を認められない気持ちは分かる。私だって選ばれた意味がわからないもの。
「それならここを去りなさい。代わりはいくらでもいます。皇女殿下への奉仕を他人によって左右される人は必要ありません」
私を庇うわけでもなく、バーリードゥ侯爵夫人は言い切った。
──絶対怒らせたダメな人だ
必要ないと判断されたらバッサリ行かれそうだと私は震える。
「なっ、わ、私は…そうではなくてっ!」
さっきの勢いはどこへやら、さっと顔を青ざめさせてコーラさんは慌ててる。
初日で首だなんて恥さらしもいいところだろう。
プライドの高い人なら絶対に嫌なことだ。
──正論だけど、こわっ。
そう思いながらも、ただ、傍観者でいるだけではいけないので、口を挟む。
「初めまして、ミンディ・ウルグスです。経験の浅い若輩者で、皆様のご迷惑になることが多いかと思います。どうぞ、ご指導の程よろしくお願い致します」
辺境伯の令嬢であれば、私の家よりめちゃくちゃ上。
なんならこの帝国でヴェロニカやノア公子の三大公爵家の次に影響力のあるお家。
決して「私だって思っとんじゃー!文句あるなら帰れ!」だなんて口が裂けても言えない。
ゆっくりとママさんに叩き直された作法を見せた。
「えぇ、よろしくね。ただ、私たちはあなたの教育係ではありません。仕える身であることを忘れないで下さい」
バーリードゥ侯爵夫人はそんな私に眉ひとつ動かさずに言った。
どちらかを贔屓するつもりなんてないのだろうなと分かる。
だけど、その横のコーラさんはうぐぐと顔を歪めた。
「…」
だけど、何も言わない。
バーリードゥ侯爵夫人も、コーラさんがヒートアップしすぎたのを分かっているのか、「早く準備をしなさい」と私たちに声をかける。
「絶対に認めないわっ!」
バーリードゥ侯爵夫人が去った後、コーラさんはあからさまにこちらを睨みつけた。
そして、パタパタと走り始める。
何か言い返す暇さえなかった。
──なんだろう…すごく疲れる気がする
もちろん、私がきたことである程度の非難があるのは分かっている。
分かっているけど、なんだか空回りしながら突っかかってきそうな子猫を見つけてしまった。
バーリードゥ侯爵夫人はついていけそうな人で安心だが…
──ま、やるっきゃない
そう思う他なかったのだ。




