14
「魚釣りってした事ないんだよね」
港について、私は沢山下されている魚の山を見て言った。
娯楽の少ないこの世界で、自然と触れ合う機会が前世よりも多いはずなのに、乗馬にしても何にしても私はあまり楽しめてないかもしれない。
「そうなの?」
ノアは経験があるのだろうか。
「うん」
「ミミは何でも経験してそうだ」
「34年生きてるから?」
「それもあるけど、僕より多くのことを知ってるから」
ノアだって私より沢山の事を知っている。
けど、それを言ってもノアはきっと否定するだろう。
それがノアだから。
「やってみたい?」
ノアが私に尋ねてきた。
この流れはさせてくれるのだろうか。
興味はあるけど今すぐってわけではない。
そう思いながらも、ノアに問いかける。
「ノアはやったことあるの?」
「うん、祖父の話覚えてる?」
「あぁ、ノアの憧れの?」
20代で既に老後のプランが明確な人はそうそういない。
──このままいけば私とノアの息子が若い時から当主になるかも知れないんだよね…
早く隠居したいノアのおかげで、子どもには苦労をかけることになりそうだ。
まだ、いもしない子どもに向かって「できるだけ頑張るね」と決意を伝える。
「うん、祖父に教えてもらったんだ」
かなり自由人だと噂には聞く。
自由人の祖父に、厳しい祖母、そしてあの笑顔が絶えないが切れ者の父。
ノアの家族は中々に濃い。
「祖父は生きるのを楽しむプロだ」
「プロ?」
「うん。僕の師匠」
ノアの顔がいつもより生き生きしている。
きっと一番尊敬している人なんだと思う。
どんな人なのか私も気になる。
けど、ノアが懐かしそうに語る姿を見るに、私は会えそうもない。
「会いたかったな…」
私は呟く。
それほどノアが目を輝かせて話す人なんだから素敵に決まってる。
「会いたい?」
ノアが私に尋ねてきた。
私はぎこちなく頷く。
故人に会いたいなんて言いにくいけど、本当に残念だから。
私が返事をすると、ノアは少し考えてから私に顔を向ける。
「なら、行こうか」
ノアは私に手を差し出す。
「へ?どこへ?」
私は素っ頓狂な声でノアに尋ねた。
**
「まさかお墓参り?」
そのまま馬車に乗って、デネブレ公爵領についた私は大きな屋敷を見ながらノアに尋ねた。
王都の屋敷よりももっと豪勢な建物を前に、私は呆然としていた。
この前から壮大な場所ばかりにきている気がする。
「お墓?あ、曽祖父母の?確かに観光地化はしてる」
「へ?お祖父様のじゃなくて?」
「ん?お祖父様?あぁ、先代の皇帝?」
「いや、この話の流れで、先代の皇帝は出てこないでしょ」
私はノアに突っ込みながら、デネブレ家の祖父だと説明する。
するとノアは目を丸めて、キョトンとした顔をノアはみせる。
「祖父が亡くなったって話したっけ?」
「うん。あ、待って、言ってない」
気かれて勢いで答えたが、よく考えれば直接的に言われたことはない。
「だよね。生きてるから」
ノアは納得してうんうんと頷く。
──生きてるんかい
あんなに懐かしそうに話しておいてと私は半目になる。
何だか詐欺にあった気分だった。
「祖父も祖母も元気だよ」
「そっか」
「こっちは祖父母の建てた別邸なんだけど、母上が亡くなってからはほとんどこっちで過ごしてた」
「これが別邸…」
まだこの上があるのかと私は卒倒しそうだった。
ほとんど宮殿と変わらない。
まさか、それが自分の暮らす場所になるだなんて…
──掃除って間に合うかな…
何故か私は自分でしようと考えを巡らす。
「あのさ…多分すぐに分かると思うけど、祖母は厳しいけど、愛情深い人なんだ」
ノアが申し訳なさそうな顔をした。
それを聞いて私は想像を膨らませる。
──あれか?よくある気難しい人が、実は人情深くってっていう…
「家族愛がとにかく強いんだ。強すぎて厳しいし、僕と一緒で石橋を叩きまくる人だから、用心深くって…」
ノアが説明に困っている。
「嫌な人じゃないんだ。おかしな人でも。すごく常識は大切にするし、他人だって大切にする人なんだけど、少々過激っていうか…」
ノアが頭をくしゃくしゃにし始めた。
どんどんイメージができなくなる。
「でも、いい人なんだよね?素敵な人なんでしょ?」
そう確認する。
だってデネブレ公爵も話が盛り上がるって言ってたし。
「まぁ…そうだよね。そうだけど…」
ノアはまだ悩んでいる。
そんなやり取りをしていると、バタンと扉が開く音がした。
「ノア!ノアかい!」
大きな声が聞こえる。
「奥様!こけますよ!」
「ノア!ノア!」
「奥様、気をつけて下さい」
「せめて、杖をっ!」
わちゃわちゃと使用人を連れてきながら、こちらに向かってくるご婦人がいた。
ずいぶん貫禄のある体型のご婦人で、身長はそんなに高くないのに迫力がある。
服装もザ・ゴーシャスって感じで、バイオレットのドレスがよく似合っている。
「あ、お祖母様」
ノアはその人物を確認すると、トタトタとそちらへ駆け寄って軽く両手を広げる。
嬉しさでそうするっていうよりは、なんだかそれが恒例のようにノアは業務的な動きを見せる。
「ノアーーー!」
長年引き裂かれた恋人の再会と言わんばかりに、ノアのお祖母様と思われるご婦人がノアに抱きついて、これでもかってぐらい力を込めて抱きしめる。
私のとは比較にならない程の熱い抱擁。
「ノアっ…ノアかい!帰ってきてくれたんだね…」
「うん、ただいま」
「よく…よく来てくれたね…」
背は小さいから、ノアの胸の中にすっぽり収まってしまっている。
ノアはお祖母様をぽんぽんとして、すぐ離れようとしたけど、お祖母様は離さない。
「苦しいんだけど…」
「よく、よく帰ってきたね…」
「うん…」
「あぁ、ノアかい…グスッ…」
お祖母様の感情はおさまらないようで、ノアをまだ抱きしめていた。
あの胸の中で号泣しているのは簡単に想像できた。
「もういい?」
「お前は久しぶりに会ったってのに…冷たい子だね」
「1ヶ月ぶりだけどね」
「1日帰って来ただけが何だい!私はずっといて欲しいのに!」
「僕もできる事ならこっちにいたいけど、仕事があるし…」
「やめて帰っておいで!仕事ならこっちにあるだろう!」
「でも、研究はできないでしょ?」
「そんなの作ってやるよ!私はお金しかないんだから、それで解決できることは何でもしてあげるから」
「なら、こっちがいいな」
──いいんかい
どこか抜けた空気の感動の再会。
私はほっぽり投げられて、その光景を見ていた。
お祖母様について来ていた使用人の方達は、やや呆れた顔で笑ってそれを眺めていた。
──なんか思ってたのと違う
厳しいばっかり聞いていたからか、愛情の爆発しまくっている先代の公爵夫人を前に私は呆然としていた。
しばらくの抱擁タイムが終わると、涙を拭いながらノアから離れたお祖母様が私の方に顔を向けた。
「…ノア、あの方は?」
「あぁ、ミミだよ。僕の婚約者」
ノアが私を引き寄せて、お祖母様の前に連れてくる。
一気に緊張が走る。
──こ、これはっ…あの相手の家族との対面ってやつか!
ハッとした私は、すぐに頭を下げる。
「はっ、初めまして!ミンディ・ウルグスです!お、お孫さんを私に下さいっ!」
私は勢いに任せてそんな事を口走ってしまった。
──あっ…
やばいと思った時には手遅れ。
私は両手で口を押さえて、固まってしまった。
「ノアを下さい…だって?」
先代の公爵夫人の顔色が変わった。
私を観察するように上から下へてじっくりと見始めた。
先代公爵夫人は近くで見ると、やっぱりゴージャスだった。
しかもそれがめちゃくちゃ似合う。
成金風になりそうなごつい金の指輪なんかも、上品に見えた。
髪は綺麗に巻かれて短くセットしてある。
その巻き方もゴージャスで時代遅れに見えそうなのに似合っていて、彼女なりのこだわりが垣間見える。
「あっ…その…」
「お前さんがノアの婚約者かい?」
「あ、は、はいっ…」
鋭い先代公爵夫人の目が刺さる。
私は居た堪れなくて、身をちょっと捩らせる。
「よく来たね。まぁ、入りなさい。長旅で疲れたろう。すぐ部屋を用意させるよ。ほれ、お茶の準備をしておくれ」
そう言ってお祖母様は屋敷の方に歩いて行った。
さっきの走りっぷりはどこへやらヨタヨタと歩き出す。
「あれで歓迎してるんだ。泣いたのを見られたのが恥ずかしくて、切り替えられてないだけだから」
ノアがコソリと私に耳打ちした。
まだ、先代公爵夫人を掴めてない私は、どういう事だとノアに顔を向ける。
「そのうち分かるよ」
「そのうちって…え、部屋を用意するって言ったけど、ここに泊まるの?」
「泊まらないの?」
ノアが目を丸めて聞いてくる。
そんな話聞いてないよ。
「やっと女官に復帰したのに、そんなに休んでられないよ。宮廷は1日休んでも存在を忘れられるんだよ?」
「大丈夫、人間の記憶力はもう少しあるよ」
「いや、でももう1週間休んでるんだけど」
「連絡は入れておくから大丈夫」
ノアはそういうが、これが前世だったら大問題に違いない。
無断で下っ端が休んでいたら、クビになってもいいところだ。
ノアだってそんなに研究室を空けて大丈夫なのだろうか。
「ノアは帝都よりこっちが好きなの?」
私は移動しながらノアに尋ねる。
「うん。こっちの方が時間がゆっくり進んでいるみたいだから」
「へぇ~」
「季節を感じれるし、アカデミーに入る前はほとんどここで過ごしてた」
「なら、ノアの小さい頃の思い出がたくさんなんだね」
「そうだよ」
そう言われれると、俄然興味が湧いてきた。
──そうだ。お祖母様から面白い話がたくさん聞けるって言ってた
デネブレ公爵の話を思い出す。
さらに興味が湧き上がってくる。
──話してみないと分からないか
私はそう思って、ノアについて屋敷の中へと向かった。
*
「ノア、そのだらしない襟は何だい」
「苦しいから」
「着方がなってないよ。そんな事じゃ、舐められる」
お祖母様、注意する口が止まらない。
「靴も片方がすり減ってるじゃないか!なんで綺麗に履けないんだ。靴を持ってないのかい?」
「そんなに沢山あっても困る」
「身だしなみは基本だよ。明日、外商に来てもらおう」
「…」
ノアは抵抗するのを諦めて、どこか違う方へ顔を向ける。
「まだ使ってないんだね」
側に飾ってある食器棚を見てノアが言った。
私のそっちに顔を向けると高そうな食器がずらりと並んでいる。
どれも2つずつあってセットになっている。
「孫が贈ってくれたものを使えるわけがない」
「おばあちゃん、使ってもらう為に贈ったんだけど?」
──おばあちゃん
予想してなかった呼び方にちょっとキュンとした。
成人男性からおばあちゃんってこんな暢気な響きで言う?
可愛いとか思っちゃうよ。
「勿体ないじゃないか」
「毎年の贈り物のはずが、ただの嫌がらせになってる」
「まぁ、こうやって飾って見ているだけで私は幸せなんだよ」
「使って欲しくて贈ってるんだけどね」
「年寄りの楽しみを奪うんじゃないよ」
「…」
何だか堂々巡りな会話だ。
すると、誰かが部屋に入ってきた。
「おや?ノアか?」
「おじいちゃん」
ノアにどことなく似た呑気な声。
振り返ると、そこにはノアが年取ったって感じの白髪の男性がいた。
体は細身で、少し曲がり始めている背中だけど、足の長くスタイルの良さはよく分かる。
肌はよく日焼けをしていて白い健康そうな歯がよく際立っていた。
けど、服装はそれなりにきちっとしていたけど先代の公爵とは思えない。
暮らしのいい平民のご老人ぐらいにしか思わない。
「どこ行ってたの」
ノアのおばあちゃんが怒り気味に尋ねる。
「散歩さ。ほれ、いい山菜をもらってきたぞ」
そんな怒り口調なの全く気にせず、おじいちゃんは飄々として持っていたものを近くにいた使用人に手渡す。
「剥いて洗っておいたからそのまま使えばいいさ」
「あ、ありがとうございます」
使用人はまたかと苦笑いを浮かべる。
「あんたがこしらえたものなんて、汚くて食べれない。ノアが食べるんだから、私が洗い直すよ」
ノアのおばあちゃんは気に入らないように不機嫌にそう言うと、おじいちゃんは「おぉ、そうしろ」とまた気にも止めない様子で返事を返す。
すると、山菜を受け取った使用人がおばあちゃんに話しかける。
「奥様、私がしますので──」
「やってやるって言ってるんだから、あんたはあんたの仕事をしな。他にもやることがあるんだろ」
「ですが、それも私の仕事ですので…」
「つべこべ言うんじゃないよ。面倒くさいね。私がしたい通りにしな」
「でも、後で奥様の腰が…」
「あんた、もう少ししたら子供が帰ってくる時間だろ?それまでに帰りな。甘える時には甘えるのも、年長者に対する礼儀だよ」
──えぇ…
そんな礼儀聞いたことない。
終始怒り口調で言いながらも、やることはただの親切。
ちょっとコーラさんに似たものを感じた。
「こいつは言い始めたら聞かないんだ。面倒だから言う通りにしときなさい」
おじいちゃんはまた呑気に口を挟むと、「あんたは黙ってて!」と噛みつかれていた。
使用人もいつものことで慣れているのか苦笑いを浮かべる。
「わかりました。ではお言葉に甘えて…」
そう言って、丁寧に頭を下げ、部屋を出ていった。
それを見送ったおじいちゃんはよっこらしょと近くの椅子にドスンと座る。
「椅子が壊れるじゃないか!丁寧にして」
「おぉ」
おばあちゃんの注意も軽く受け流すおじいちゃん。
「あ、そうだった。釣った魚が外にあった。ノア、取りに行くのを手伝ってくれるか?」
「いいよ」
やっと座ったのに、おじいちゃんはすぐさま立ち上がる。
おばあちゃんが「あんたノアを使うんじゃないよ!ノアも疲れてるんだ!」と火を吹く。
そこはノアが「別にいいよ」って呑気に答えるから、おばあちゃんも「全く…あの人はなんであぁなのか…」とぶつぶつ呟く。
──なんか思ってたのと違う…
私はその様子を見ながら、自分の想像とかけ離れたノアの祖父母の姿に驚いていた。
あの英雄デネブレ公爵って言えば、皇族に続く高貴な身分で、オホホアハハなお上品ぶった貴族の姿をどことなく思っていた。
なのに、なんていうかすごく普通。
いや、普通ではない。
色々とインパクトはあるし、濃ゆい。
ノアの呑気さはおじいちゃん譲りで、気を使う点はおばあちゃん譲り。
二人のいいところがちょうどいい具合に調合された感じがする。
二人ともそれなりに貫禄があって、普通の平民でないのは明らかなんだけど…
何だろう金持ちってこんなアットホームなイメージ湧かない。
注意するのも「ノアさんダメよ?」とかさ、もっとピシャって感じの怖い怒り方なんだと思ってた。
ただ怒っている姿を見てあったかいと感じてしまう。
この家の空気が私の想像から全て離れていた。
ノアが「愛情深い人なんだ」って言ってたけど分かる。
宮殿とか神殿とか大きくてゴージャスだけど、どことなく他人感があって物寂しく独特の暗さがある。
あのティア皇女の宮殿でさえもみんなでお茶する部屋以外はそんな空気感がある。
けど、この家は奥の方から温かみが溢れ出す。
そんな感じがした。
「おかわりはどうだい?」
ノアのおばあちゃんが私に話しかける。
いつの間にか二人っきりになっていた。
ちょっとだけ緊張が走る。
──気に入ってもらわないと…
そんなプレッシャーが襲いかかった。
私は紅茶を飲んだばかりの喉が渇いて、水を欲していた。




