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流石に聞きすぎた。
盗み聞きをしてしまった罪悪感が後から追っかけてくる。
今更ながら、悪いことをしてしまったと気づく。
「父上、僕は──」
「お前は間違った行動はしていない。十分自慢の息子だ。ただ、お前にこのまま継がせるのは……、いささか不安になってしまう」
その気持ちは分かる。彼は真っ直ぐで素直な人なのかも。
きっと親なら誇らしいと思う。彼が優秀だと聞くのもその性格で真面目に励んできたのからかもしれない。けど、その性格ではこの世界は少し頼りない。彼の素直さにつけ入れられる隙があっては困ると思う。
本来ならそんな人が上に立つべきなのかもしれないけど、そうはいかないのが現実だ。
「賢いお前だ。これだけ言えば分かってくれるだろう」
「…」
公子はそのまま何も言わない。
「───これ以上皆を待たせるわけにはいかない。お前も落ち着いたら来なさい」
それだけ言って公爵は去ってしまった。
公爵が去ってしまえば、その場は静かだった。
会場の音がひどく遠くに聞こえる。
──しまった
つい、興味に負けて、いやミーハー心で止まって、去るタイミングを間違えた。
この場の静けさで物音を立ててしまうのはまずい。
──うむ…
困ってしまうが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
私は慎重に体を動かす。ここで隠れることを優先して草木に密着した事が仇となる。
少しでも動けばカサカサと音がなってしまう。
それでも、なんとかしようと動かすが──
「誰かいるのですか?」
ここは動かずに彼が去るのを待てばよかった。
結局、音を立てしまった。
「どうかされましたか?」
人がいる気配がしたのに、返事がないので心配になったのかもしれない。
公子は、不思議そうな声を出しながら近場の階段を降りて公子が降りて来てしまった。
逃げようにも渡り廊下の様にスカスカな構造では丸見えだ。
これはダメだなと感じて私は潔く出ていく。
「申し訳ありません。少し、探し物をしていまして──」
私は顔を隠すように下を向いて、軽く挨拶をする。
「探し物…」
「はい。ですが、つい先ほど、たった今!見つけたので大丈夫です」
私は何も聞いてない事をアピールしてみる。
私が黙っていればこの事自体は無かった事にできる。
わざわざ相手に気不味い思いをさせる必要なんてない。
罪悪感を抱きながらも笑って、早口で言った。
──不出来な娘でごめんなさい!
そんな事を思いながらさっさとこの場を去ろうと焦る。
「ってな事で、私は失礼しますわ!」
変な令嬢言葉で私は前屈みでノア公子の横を去る。
一番近い出入り口がそこしかないなんて最悪。
いや、盗み聞きした私が一番最悪だ。
そのまま走りきってしまおうと思ってたけど、さっきの取り残されたあの空気感が思い出される。姿は全然見えなかったけど、あの静けささえ受け止めていたような雰囲気。
何かを言いかけていたのに止めてしまった彼が気になってしまった。
──いやいや、私が同情したって…
何にもならないけど、ママさん譲りの自慢の後ろ髪が引かれる。
だって、どうしようもない事を責められる気持ちの切なさは知ってる。
私の魔力なしがどうしようもできないように、彼のその素直さも生まれ持ったものだから仕方ない。そこに強さを持てば違うのかどうかは分からないけど、その為の努力だって簡単じゃない。
すごく久しぶりに、あの出来事を思い出した。
好きを押し殺した中学生の時の事。その後の周りを気にした事。
ありのままでは生きづらい世の中で──
──ああああぁ!もうっ!
全然違う。彼の立場と私の立場では全然違う。
全然違うのだけど、このまま去ってしまうのはもっと後味が悪い。
「さっきのカッコ良かったです」
軽く振り返りながら言った。
正直、彼のことなんて全然分からないけど、あの呑気な空気感が消えるのは少し嫌だ。
さっきはそれにイライラもしたけど、それは彼にとって仕方ないことで責められることじゃない。罪悪感と共に言った。
「みんな、殿下の事を褒めちぎっていました」
「…そうですか」
会場に着いたらみんなに言われると思うけど、この後1人になる彼を想像したら──
いい格好しいみたいだけど、言っておくべきな気がした。
ノア公子はどんな表情なのかよく分からない。声は平坦だけど、少し気まずそうだった。
「殿下が事情を知らなくても………、彼女に気を使って声をかけたことは誇るべきことだと思います」
その気持ちさえ持てない人だってたくさんいる。
「って、みんな思っているので……、それはではっ!」
「あっ、ちょっ!」
そう言って、言い逃げの様に走り去った。
声が聞こえた気がしたけど、限界だった。
公子の顔なんてみてられない。なんとも無様な逃げ姿。
実際本当に褒めていた。嘘じゃない。
けど、彼が機転を利かせたと勘違いもあるけど、それでも褒めていたのは事実。
──私は余計な事をって思っちゃったけど…
その申し訳なさは心の中だけで謝罪する。
直接しなかったのはやっぱり卑怯だ。
──偽善者だなぁ~
と、思う。いろんな言葉を積み重ねても結局はそうだ。
34年も生きると嫌な人間になってしまった。
モブなりのフォローはただのでしゃばりなのかもしれない。
その後は、ノア公子が帰ってる前にヴェロニカが「帰ろう」と言い出してくれたおかげでそのまま帰宅することが出来た。顔は見られなかったにしても、ドレスで分かってしまうかもしれないから、良かった。
対してヴェロニカの役に立つことはできなかったけど、何故かヴェロニカは満足げだった。
揺れる帰りの馬車の中でそんなヴェロニカを横に、持っていた眼鏡を出して見つめた。
「あら?拾って来たの?」
ヴェロニカがめざとく気づく。
「気になっちゃって」
「ミミって変わってるわよね」
ヴェロニカに言われたくない。
彼女の考察通りなら、眼鏡を外す程、死を覚悟していたのにあんなにコロッと変わってしまうのは、やっぱり納得できない。
「マリッサさんがただ惚れっぽいだけとかあるわよ。惚れっぽくて、入り込みやすい。だとしたら、なかなかの曲者よ」
ヴェロニカがバッサリと切り捨てる。そうなのだろうか。
「特に、わざわざ人の多い公爵家のパーティーでやるなんて、計算高いと思うわよ?男爵が言い逃れしても、噂は一人歩きしてくれるしね。純粋な気持ちだけじゃ、あんな行動できない」
明確な推理に私は感嘆する。
「ま、よくも悪くも単純なあんたには分からないわよ」
確かに恋など愛など私は分からない。
なるほどと思いながら、ふと線路に落ちた時を思い出す。
さっき思い出してしまったからか、私は前世の最後の記憶を手繰り寄せる。
──私って目を閉じたのかな?
17年経ったからか少し記憶があやふやだ。あの時、どうしたのか思い出せない。
「死を目前にしても、目を開ける人もいると思うけどなぁ」
私がそう呟いてもヴェロニカは無視した。
代わりに「そのメガネは、返しておくわよ」と預かってくれた。
彼女に渡しておけば大丈夫だろう。
私は大人しく任せることにした。モブはモブらしく大人しくしておこう。
そのまま、ヴェロニカの馬車で家に送り届けてもらった。
同じ皇都内にあるのに時間がかかる。それだけ皇都は大きい。
疲れ果てた私はドレスやら宝石やらを外してすぐにベッドに倒れた。
「お嬢様、皇宮からお手紙が来てましたよ」
だらける私に1人の女中が言ったのでまさかと思って机に置いてある手紙に喰い付いた。
「おぉおおお!」
1人で読んで声を上げた。
それは私を皇女様の#奉公人団__メゾン__#の女官として皇宮に迎えるという内容だった。
そう、私は女官になったのだ。
ヴェロニカに勧められて、私も結婚ができないならと女官を目指してはや2年。
皇宮を出入りしまくって、まだ幼い皇女様のお付きの女官を増やすという話を聞きつけた。
普通はサロンとかでツテを作るけど、行っても蹴り出される嫌われ者はそうもいかない。
しかも夜会みたいに人がいない小規模なサロンは、嫌味などもっと刺々しく辛い。
夜会よりも直接的なそれに耐えれるほど私も強くないし、何より自信がない。
そんなのが嫌だから私は女官になりたかった。彼らを蹴り飛ばせられる自信が欲しかった。
「ふふっ、ふふふふ」
そう考えるとニヤケが止まらない。
想像通りになって欲しい。なるように頑張りたい。
頑張る前に消えた人生をまたここからやり直せられる。
私は、2度目の人生、自分を少しだけ好きになれそうだ。




