8話 友だちには言えないこともある。
「おい、ちょっと待て」
にゅっと右側から細くて華奢な腕が伸びてきて、視界が遮られる。
まだ、浮気の「う」の字も出てきていないのだが。
ストップがかかり、私は彼と出会った経緯についての説明を止めた。
アヤミが腕を下ろした瞬間。
向かい側から射抜くような視線を感じる。
赤い縁の眼鏡の奥。
モエの眼光が鋭い。
「好きって言われなかったのかな? 1度も?」
——言われなかった。少なくともベッドの上、以外では。
脳裏に浮かんだ言葉を、すばやく呑み込む。
これは言わない方がいい。
きつく口を閉じて、静かに私は頷いた。
隣では、アヤミが頭を抱えている。
「それじゃ、付き合ってるかどうかも怪しいっつーの。完全に都合のいい女じゃんか!」
「んー、でもさ。別れようって言われたってことは、付き合ってたってことでいいんだよね?」と一応、私は確認する。
「………」
「浮気してるって、リホが思ったのは何でなのかな?」
未だ、モエの眼光は鋭い。
『翌々日。
私は豊田市にある彼の家まで行った。
よっぽど何か事情があるのだろうか。
彼は1人で3LDKのタワーマンションに住んでいた。
その広さを清潔に保つのは至難の技だ。
ゆえに、たくさんの女の影という影が彼の部屋で蠢めいている。
脱衣所に落ちた長い髪の毛だったり、洗面台に置かれたハードコンタクトのレンズケースだったり、トイレのゴミ箱に捨てられた生理用品だったりが、私には存在意義を求めて闘っているように見えた。
「私が、あたしが、わたしが、アタシが」』
——本当のことを、今ここで。
モエとアヤミに話すには、あまりにも空気が悪すぎる。
私は口をつぐむことにした。
「……ごめん。やっぱり、言いたくない」
「それなら、この話はお終いにするよう」
あっさり、モエは引き上げる。
そして、茶目っ気たっぷりに笑った。
「超絶なイケメンさんって、どんな顔だったのかな?」
さっきまで鋭かったモエの目が、キラキラしている。
……失念していた。
超絶な美人にも関わらず、モエは面食いなのである。
うーん、と私は考え込む。
なぜ、彼は超絶なイケメンに見えるのだろうか。
きめ細やかな透明感のある肌。
形の良い唇。
ぱっちり二重で、目力の強い瞳。
「芸能人でいうと……、玉森くんに似てるかも」
「えっ、すごいよう! 上玉だよう!」
すごくすごく、モエは楽しそうである。
「モエも出会いたいよう!!」と、はしゃいでいた。
その様子を横目で見ながら、ずっと黙っていたアヤミが口を開く。
「おまえの恋愛は面白いよ」と、私の肩を強めに叩いた。