5話 月明かりのない夜
この人……、私のかわりに謝ってくれたスタッフの人だよ!!!
よく覚えていないとはいえ、どう考えても話し方や声からして同じ人物だった。
そうであるならば、面識のない私を気にかけてくれていることにも合点がいく。
急激に申し訳ない気持ちで、いっぱいになった。
思い切って顔を上げる。
「あの……、本当にすみませんでした。迷惑をかけてしまって」
ミスのフォローをしてもらったうえに、「落ち込んでいるのでは」と心配までしてもらっているのだ。
やばい。
申し訳なさすぎる。
それでも、彼は笑った。
「いいよ、慣れてるから」
辺りが暗くて表情までは窺い知れない。
月明かりのない夜。
彼のTシャツの白いトーンだけが、淡く浮き上がっていた。
顔の見えない会話は不安になる。
汲み取れないことが多すぎて、わからないことだらけだ。
なんで笑ったの?
慣れているって、何に?
怒られることに?
謝ることに?
迷惑をかけられることに?
フォローすることに?
そもそも、彼はどういう人なの?
「俺、演劇部なんだ」と続けられて、さらに訳がわからなくなった。
「はぁ」というような、何とも意味のない声を私は発してしまう。
さして気にした様子もなく、彼は言葉を続ける。
「頭は下げててもね、いつも心のなかでは舌を出してるよ」
❇︎❇︎❇︎
道すがら。
短い間ながらも、いろいろな他愛もない話をした。
人見知りの私が淀みなく会話をしていられるなんて、珍しい。
いつもの気まずい沈黙が皆無。
たぶん、彼のコミュニケーション能力がエベレスト並みに高いのだろう。
目的地へ着く頃には、すっかり打ち解けていた。
大学の門へ近づくに連れて、だんだん辺りが明るくなってきた。
でも、私はここの学生ではない。
「外で待ってるね」と声をかける。
彼だけが慣れた様子で、門をくぐっていく。
後ろ姿が小さくなるのを、離れた場所から見届ける。
先ほどまでアルバイトをしていたことが嘘みたいに。
まるで、遠い日のことのように感じられた。
小さなLEDライトが付いた手鏡を、ハンドバッグから取り出す。
思っていたよりも、ひどくない。
普通の私がいた。
リップティントを塗り直して、ホッと一息ついたのも束の間。
すぐに自転車を引きながら、彼が戻ってくる。
その姿に、私は愕然とした。
煌々と光り輝く構内の蛍光灯の下。
夏の夜に映し出される彼の姿は紛うことなく、超絶なイケメンだった。