42話 12月から引っ越します。
「アメリカ」
「アメリカ!?」
突拍子もないことを彼が言うので、驚きのあまり復唱してしまった。
英語が得意そうだから、妙にリアル感がある。
せめて国内にしてください。
日々の生活に、私は安らぎを求めているのです。
思わず、全力で願ってしまった。
「ごめん、夢の話」と、彼は笑う。
本気度が汲み取れなくて、私は反応に困った。
それはさておき、言葉が続く。
「今の家に、そのままリホと住んでもいいよ」
「………」
二段攻撃はやめてほしい。
思考が追いつかない。
ずっと気になっていた疑問が先に、私の口をついて出た。
「実家だよね?」
「実家だけど、たぶんもう誰も帰ってこないよ」
「分譲マンション?」
「うん」
状況が読めない。
大金をはたいて購入した家に誰も帰ってこないとは、これいかに。
「ただ、家族の荷物は残ってるから使えるのは1LDK……」と言ったあとで、「弟の部屋は使っちゃえばいっか」と彼は独りごちた。
「大丈夫なの?」
「弟のものは俺のもの。俺のものも俺のもの」
「まさかの独裁者!?」
「かわいいよ、弟」
穏やかに彼は笑う。
突然、私は懐かしい気持ちになった。
ずっと、こんな調子で通話をしてきたのだ。
ひと夏の間。
どんどん会話の内容が脱線していって、途方もない場所に着地して、決して戻ってこない。
話しても、話しても、話すことが出てくる。
でも、今は状況が違うから。
閑話休題。
「じゃあ、12月から住んでもいい?」
「12月!?」
今度はアオイくんの方が驚いていた。
少しだけ、彼と私は似ているのかもしれない。
思考がぶっ飛んでいて、突拍子もないことを言い始めるところが主に……。
正直なところ、できるだけ早く私は引っ越したかった。
家賃や光熱費を払ってもらえるのかを気にしながら生活するのは、結構しんどい。
「大学も産院もリホの家の方が近いから、メリットないよ?」
「でも、住む」
「本当に住むの?」
「だめ?」
「………」
ダメではなかった。
やりとり自体に既視感があるので、結果が見えてしまう。
「そんなに早く俺と暮らしたい?」
「うん」
さすがに見え透いた嘘なので、私は怒られるかなと思いながら言った。
でも、いつものように彼は笑う。
「ありがとう」
基本的に彼は優しい。
そして、私よりも人間ができている。




