40話 死に至らしめる可能性
途中から、会話の内容が頭に入ってこなかった。
ふらふらになりながら、私は保健センターを後にする。
「予防接種の補助券を先に渡しますが、失くさないでください」と「里帰り出産を検討してください」の2点だけが、すごく印象に残っていた。
それ以外の話は、さほど重要ではなかったのかもしれない。
もしくは、まとめて手渡された紙の束に記載されているのか。
ちらり、とハード型の白いポリ袋を見やる。
大量の資料が無造作に入れられていた。
「家に帰ってから、目を通しておいてください」とのことだ。
全部に目を通すなんて、わりと奇特な行いかもしれない。
1ページも読まない人が存在したとしても、不思議ではない。
帰宅してから、私は少し対応に迷った。
しかし、結局は隅から隅まで熟読してしまう。
どうにも真面目な気質が抜けなくて困る。
一生懸命、私が読んだことに意味はない。
8割の資料に同じことが書かれていたのだから。
「子どもを叱らないでください」
「愛の鞭は捨てましょう」
「優しく育てれば、優しい子に育ちます」
「根気よく、諭しましょう」
心底、驚いた。
怒らない育児とは、各家庭によるものだという思い込みがあったせいだ。
まさか保健所が打ち出している教育方針だったとは、恐れ入る。
同時に、アンケートや会話の内容にも合点がいった。
『親から愛情を受けて育ちましたか』なんて質問には、違和感しかない。
なぜ、極めて個人的な昔話を聞きたがるのか。
理由がわからなかった。
虐待が起こる可能性について。
見極めるために、私はアンケートを書かされていた!
保健師さんの思惑に気がついたとき。
いかに自分が「やべえ奴」であるかを、私は理解した。
乳幼児虐待で圧倒的に数が多い加害者は、実の母親である。
そのなかでも、予期せぬ妊娠をした母親が過半数を占めている。
妊娠したことに対して、驚いているようではダメだ。
全ての保護者に虐待の可能性があるという目で、保健師さんが妊婦を見ているとしたら。
予期せぬ妊娠をしたうえに、親からの援助を求めていない大学生は……、かなり危うい。
相当な注意を払われたのだ、と私は推測した。
虐待で死に至る場合。
大半が0歳0ヵ月の新生児である。
やけに強く、里帰り出産を勧められたわけだ。
他の2割の資料は多岐にわたっている。
歯の磨き方、赤ちゃんの耳の聞こえ、産後のケア事業、生活のなかの電磁波の影響など。
赤ちゃんを死に至らしめる可能性と比べたら、いずれも些事だと言わんばかりの扱いをされていた。




