32話 完全に都合のいい嫁?
翌朝の10時頃。
窓の外の明るさを、カーテンに遮られた薄暗い部屋のなか。
暮らし慣れたワンルームに、ひとりぽっちの私がいた。
とっくに、アオイくんは出て行った後らしい。
学祭の準備に参加すると言っていたので、当たり前か。
意外と、彼には律儀なところがある。
来客用の布団が畳まれた状態で、きちんと部屋の隅に置かれていた。
全然、気がつかなかった。
久しぶりに50分近く歩いたのが、よい運動になったのだろうか。
いつにも増して、ぐっすりと私は寝入っていたようである。
昨夜は特に何もなかった。
あっさりと、2人して入眠していた。
この先は赤ちゃんが無事に生まれて落ち着くまでの年単位で、特に何もないのかもしれない。
『それじゃ、付き合ってるかどうかも怪しいっつーの。完全に都合のいい女じゃんか!』
ふと、アヤミの声が私の脳内で再生された。
深く刺さる前に躱したものの、しつこく心に染みついている言葉だ。
身体的な関係がない。
精神的な繋がりがない。
ただ、一緒に住む。
この状態を言い表すと、単なる「ルームシェア」に該当するのではないだろうか。
家族って、何だっけ。
恋人ではなくて、嫁。
夫婦は他人?
自分の立ち位置が、わからなくなってきた。
完全に都合のいい嫁って、存在する?
いや、違う。
演技をするという話だった。
そもそも幸せな家庭、とは。
ともあれ。
ひとまず、今日の生活である。
木曜日は午後からゼミがあるので、大学に行かなければならない。
のそっ、と私はベッドから起き上がった。
途端に、目に飛び込んでくる。
食卓テーブルの上に、花柄のバースデーカードと正方形の小さな箱が乗っていた。
心が弾む。
かなり嬉しい。
本当のところは、ずっと寂しかった。
拗ねたいような気持ちもあった。
誕生日当日。
一緒にいてくれるわけでもなく、プレゼントをくれるわけでもないのだと思っていたから。
わくわくしながら赤いリボンを解いて、小箱を開ける。
中身はピンクゴールドの指輪だった。
リングの裏側にイニシャルと今日の日付が入っている。
シンプルすぎないので、ぱっと見の印象は普通の指輪。
でも、意味合いは結婚指輪だった。
ちょっと涙ぐむ。
期待しすぎると痛い目にあうのだ、と思いながらも。
大抵のことは我慢して、頑張れるような気もしていた——。




