28話 恋愛って、バカになる。
食卓テーブルの上に置かれたアオイくんの左手に、自分の右手を重ねる。
半ば、衝動的な行為だった。
「アオイくん、ありがとう」
気持ちを誤魔化すために、私は笑顔を取り繕う。
さりげなく手を戻そうとして——、逆に掴まれた。
指が絡められる。
予期せぬ事態に、私は動揺を隠せない。
「えっ」
さして気にした様子もなく、彼は言葉を続けた。
「やっぱり、来週に入籍しよう」
「は?」
私が考えるよりも早く。
間髪入れずに、次の台詞が彼の口から発せられる。
「好きにしていいって、言われたんでしょ」
「それは……」
「堕ろせ、とは言われてないよね?」
「………」
難しい問題だった。
直接的に「堕ろしなさい」とは言いづらいから、心のなかで「堕ろしてくれ」と願われたような感じ?
わからない。
「結婚は認めない、とも言われてないよね?」
「……好きにしなさい、としか台詞の上では言われていない」
繋がれた手に、力が込められる。
さらり、と何でもないことのように彼は言った。
「それって、本当に好きにしていいんだよ」
本当に?
自分の心に問いかけてみる。
やっぱり、わからない。
答えは母が持っている。
でも、ひとつだけ私には言えることがあった。
「結局は、好きにするしかないんだよね」
「うん。だって、リホは譲れないからね」
私の言葉に、彼は即答する。
「でも、別に結婚は来週じゃなくてもいいよね?」
「バレた?」
「なんで来週なの?」
「俺がそうしたいから」
そんなわけない! と内心、私は思った。
ぱっちり二重の瞳と、目が合う。
いけしゃあしゃあと嘘をつく彼に、二の句が継げない。
「だめ? 嫌だった?」と、上目遣いに可愛らしい口調で彼は聞いてくる。
普通、こういうのは女の人がよくやる手法なのでは……。
それでも、許されるから超絶なイケメンはずるい。
許しているのは、私だけど。
恋愛って、バカになる。
「来週、結婚しよう」と、好きな人から言われた。
「は?」とは思うけど、きっぱりとは断りにくい。
ましてや、理由は「そうしたいから」。
次に続いた言葉は「嫌ですか、ダメですか」。
絶対、計算されている。
目的は何だ、と思う。
でも、拒みにくい。
できることは、せいぜい質問を質問で返すことくらい。
「そんなに私と早く結婚したい?」
「うん」
「嘘つき」
ずっと繋がれていた手に、ぎゅっと私は力を込める。
いつも通り。
穏やかに、彼は笑った。




