20話 生命の神秘
自分の身体のなかにもう1つ心臓があって、別のリズムで鼓動を刻み続けている。
私の意識が及ばないところで今も、確実に。
まさに神秘だ。
心拍が確認できると、流産の確率は5%にまで下がる。
いよいよ逃げられないな、という感じが心の内にあった。
助産師さんに案内されるまま、診察室の椅子へ腰掛ける。
壁際の机の上で、お爺ちゃん先生が帳面に何かを書き加えていた。
前回からの続きっぽいので、私のカルテなのだろう。
「あとは大きくなるのを待つしかない」
カルテに目を向けたまま、お爺ちゃん先生が渋みのある声で一言。そして。
ずずいっ、と机上で経膣エコーの写真を私の方へ滑らせる。
前回とは違い、白い靄のなかに黒い楕円が映っている。
楕円のなかの右下には、白い豆粒のようなものが横たわっていた。
胎嚢と胎芽の写真は、なぜだろう。
ふかふかのベッドで小さな豆が、すやすやと1人で眠っているように、私には見えた。
すごくかわいい。
そう思ったことに、自分でびっくりする。
でも、目に入った瞬間から「守ってあげたい」という気持ちが私のなかで自然と湧き出ていた。
本能的なものなのだろうか。
私以外の人が写真を見たところで、きっと同じようには思わない。
理屈ではない感情に戸惑う。
堕ろすなんて、とんでもなかった。
失うことの方が怖くてたまらない。
「また2週間後に来てください。そのときに出産予定日を算出します」
お爺ちゃん先生が述べた言葉を。
どこか上の空で、私は聞いていた。
お会計を済ませるとき、受付のお姉さんも「おめでとうございます」と言ってくれた。
受付に立っているお姉さんは毎回、違う人。
でも、笑顔が眩しい点は共通している。
温かみがあった。
とてもおめでたいことなのだ、と。
クリニックの外へ出ると、相も変わらず雨が降り続けている。
それでも、足取りは軽い。
ハンドバッグの端からエコー写真を取り出して、ちらりと見る。
しばらくは、ずっと見ていられるような気持ちだった。
家に帰ると、アオイくんから通話がかかってきた。
「どうだった?」が第一声。
忙しいなか、気にしてもらえていたことが嬉しい。
「心拍音が聞けたよ」
報告する私の声は弾んでいた。
「良かった」と安堵を含んだ声。
そして、彼は衝撃的な言葉を口にした。
「入籍する日なんだけど、君の誕生日で良いかな?」




