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19話 おめでとう。

 10月25日の金曜日。

 窓の外では大粒の雨が降っていた。

 ますます、出かけるのが億劫になる。


 エンゼルレディースクリニックは順番制だった。

 WEBで今日の進行状況を確認しつつ、自分の診察券番号が上から5番目になる前に行かなくてはならない。


 きっと待ち時間は短く済むと思うのだが、朝9時からずっと自分の順番を気にしていなければならないのは面倒である。


 30番目くらいから始まって、8番目くらいになったところで家を出た。

 坂の下にあるので、足取りが重くても行きはヨイヨイ。

 あっという間にたどり着く。


 クリニックの外観の印象は変わらず。

 ここはホテルですか? というくらいの綺麗さ。

 受付のお姉さんの笑顔も眩しい。

 やっぱり、場違いのような気がしてきた。

 帰りたい……。

 

 初診のときと同じように、尿検査と体重・血圧の測定を済ませる。

 毎回、必ず実施するらしい。

 それから、自分の名前が呼ばれるまで待合室の幸せ空間を無の心でやり過ごした。


 診察室に入ると、白髪のお爺ちゃん先生が顔をくしゃくしゃにして微笑んでいた。

「産むことに決めたんだね? おめでとう」


 まだ何も言っていないのに、表情から読み取られたらしい。

「おめでとう」の言葉に初めて。

 これはおめでたいことなのだ、と認識する。

 前途多難すぎて、今の今まで気がつかずにいた。

 まだ、親にだって言っていない。


 どことなく、お爺ちゃん先生は嬉しそうである。

「それでは、赤ちゃんを見てみましょうね。2番の内診室に入ってください」


 エンゼルクリニックの内診台は最新式だった。

 ショーツを脱いで内診台の椅子に腰かけると、「準備はできましたか?」と声をかけられる。

 助産師さんがボタンを押した途端に、機械が喋り始める。


『回転します。動かないでください』

『上昇します』

『足が開きます』


 すごい。

 機械を褒める余裕なんて前回はなかったな、と私は少し不思議な心持ちでいた。


 それにしても、カーテンがないのは意外だった。

 助産師さんが部屋の隅で見守る傍らで。

 普通にお爺ちゃん先生と会話をしながら診察が進む。

 

「リラックスしてください」と言われて、プローブが挿入された。

 ひんやりとした感触。

 検査自体は何ともないが、無防備さが怖い。


 この嫌な感覚は、親知らずの抜歯で麻酔を打ったときに似ている。

 痛くはないけど、痛いかもしれない。

 相手に自分の身体を委ねなければならない不安定なときの感覚。


 いや、深く考えるのはやめよう。

 無の境地にいたら、お爺ちゃん先生に「大丈夫ですか」と声をかけられた。

「大丈夫ですか」と聞かれたら「大丈夫です」と答えたい私。

 ほぼ反射で「大丈夫です」と答える。


「横のモニターを見てください」


 モニターを見た瞬間。

 ちょうど画面が切り替わり、激しく波打つ線が表示された。

 それから。

 想像していたよりもずっと速い、胎芽の大きな鼓動が聞こえてきた。

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