1話 人間のクズ
「ク・ソ・が」
つい、暴言が出た。
今のナシ。というわけにはいかない。
口から出てしまったら最後。
言葉は2度と戻ってこないのだから。
名古屋発祥のカフェチェーン店。ログハウス調で素朴な温かみのある雰囲気のコミダ店内。
お馴染みの赤いソファに、向かい合って座っていたモエが顔をしかめる。
「そんな言葉づかいしたらダメだよう」
ダメだよう、なんて。
語尾の伸びた舌ったらずで愛らしい言い方に惑わされてはいけない。
眼鏡の似合う知的美人なモエは、怒ると超絶に怖い。
「すみませんでした」と、私は秒で謝った。
それから、ぱっと見てわかりやすいところを咄嗟に褒めてしまう。
「モエさん、髪色変えたのね。ベージュ、似合う!」
わざとらしいご機嫌とりになってしまったかもしれない。
でも、モエの鋭い眼光が少し和らいだ。
くるくると、嬉しそうにセミロングの艶やかな髪を弄んでいる。
かわいい。ギャップ萌えとは、きっとこういうことなのだろう。
かわいい知的美人に癒されながら、大好きなホットコーヒーを私は一口すすろうとして。
——突如、聞き慣れた声がした。
「クソはないわ、まじで。キャラかぶるじゃん!!!」
またお前か……。
いつも通りである。
横から急に現れたアヤミが、文句を言ってきた。
神出鬼没なアヤミはなぜだろう。
「これから恋愛について話し始めようかな」という段になると、どこからともなく右から湧いてくる習性があった。
もしも右側が壁だったなら現れないのかは、ちょっとわからない。
謎の疾走感がある不思議な子で、緑がかった黒髪をいつも高い位置でスポーティーに結んでいた。
小さな赤い丸ピアスが似合う長身のスレンダーガールだ。言葉づかいは悪いほう。
いや、言葉づかいくらいでは埋まらないレベルの光る個性がありますよ……、とは思う。
ある意味、アヤミも怖いから言わないけど。
とりあえず、私は口元で止まっていたカップを傾ける。おいしい。
インスタントのようにcheapな、チェーン店らしい味が落ち着く。
なんだかんだで飲み慣れた味が良いのだ。
さて、役者も揃ったところですし。
昨日、私の身に降りかかったことを話し始めますか……。
「や、でもさ……」と私は気を取り直す。
きちんと話せるように、波立つ感情を落ち着かせたつもりだ。
しかし、モエとアヤミから忠告されたにも関わらず。やっぱり次に続いた言葉は、暴言にしかならなかった。
「ク・ズ・が」