12話 唯一無二のパートナー
本当に、自分は何をやっているのか。
内診台で股を広げながら、また泣きたくなった。
診察室へ戻ると、白髪のお爺ちゃん先生が壁際の机の上で帳面に何かを書きつけていた。
「どうぞ」と促されるままに、隣り合わせの椅子に私は腰掛ける。
「今の妊娠検査薬は感度がいいから、早い段階で使っても出ちゃうよね」
帳面に目を向けたまま、医師が一言。そして。
ずずいっ、と机上で経膣エコーの写真を私の方へ滑らせる。
「まだ見えないのですが。この白い靄のなかに赤ちゃん、いると思います。どうしますか?」
現実を、突きつけられた。
「……産んで、あげられないかもしれません」と涙を堪えながら、私は答える。
ちらり、と医師が私を見た。
「1週間。遅くても2週間以内に決めてください。妊娠7週めまでなら吸引法で、比較的に身体のダメージが少ない状態で堕胎できます」
さらに、淡々とした口調で言葉は続く。
「うちでは中絶手術をやっていないので、紹介文を書くことになります。1週間か2週間後に必ず、また受診してください」
黙って頷く私の目を見て、お爺ちゃん先生は言う。
「大きな決断をするには、あまりにも短い時間です。でも、しっかりパートナーの方と話し合って決めてください」
❇︎❇︎❇︎
エンゼルレディースクリニックからの帰り道。
最後に。
真剣な表情でお爺ちゃん先生が口にした言葉を、私は何度も反芻していた。
パートナー……。
医師の言う通りだった。
正直、私は忘れていた。
いつのまにか。
自分ひとりで、何とかしないといけないような気になっていた。
自分ひとりで、決断しようとしていた。
でも、私ひとりの判断で勝手に堕ろすことはできない。
同意書のサインだって、必要だ。
そう思った途端。
つい、この間まで好きだった人のことが。
自然と頭に思い浮かんだ。
きめ細やかな透明感のある肌。
形の良い唇。
ぱっちり二重で、目力の強い瞳。
芸能人でいうと、玉森くんに似ている超絶なイケメン。
穏やかに笑う彼の姿——。
でも、唯一の繋がりだったSNSのデータは飛んでしまっている。
修理に出したスマートホンは、初期化されていた。
私は自分の愚かさを呪った。
もう1度、ちゃんと彼に会って話がしたい。
心の底から今は、そう思える。
今晩、彼の家を訪ねよう。
もし、居なかったとしても。
帰ってくるまで外で待とう。
そう考えていたら、奇跡が起きた。
もうすぐ家路に着くというところで、私は気づいて立ち止まる。
自宅のアパートの駐輪場で、超絶なイケメンが屹立していたのである。




