11話 妊娠の確定
次の日の午前9時。
自宅から1番近くの産婦人科『エンゼルレディースクリニック』へ向かった。
北交差点を右折140m→と書かれた路面看板を、前々から見かけていたので迷わず直行する。
昨夜は、一睡もできなかった。
妊娠検査薬の箱に「生理予定日の1週間後から使用できます」と書いてあったが、ガン無視。
やってみたところ、陽性である。
茫然と結果を見つめながら。
私の人生、終わったな。
そう思った。
しかし、たとえ人生が終わっていても。
病院には行かなければならない。
行くなら早い方がいい。
診療開始時間よ、早く来い!!
と思いながら、約11時間。
今の今まで、ただ時間が経つのを待っていた。
寝不足の頭で見るエンゼルレディースクリニックは、透き通るような朝の光に包まれていて眩しい。
私は目を細めた。
病院に来ているはずなのだが、まるで3階建ての高級ホテルに来たかのような外観。
妙に、現実離れした気分を味わう。
受付に行くと、感じのいいお姉さんが微笑んでいた。
「今日はどうされましたか?」
人生が終わるときって、こんなにも景色が明るく見えるんだな……。
ぼんやりと思う。
「昨日、妊娠検査薬で陽性が出て……」と、蚊の鳴くような声で私は言った。
受付のお姉さんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに問診票をくれる。
「あちらでお掛けになって、太枠のなかを全てご記入ください」
木原 莉帆。
21歳。
女。
1997年10月31日生まれ。
受診目的は妊娠の有無。
最終生理日は9月9日。
妊娠は希望していない。
情報が整理されてゆく。
次第に、私の置かれた状況が。
鮮明になってくる。
いったい、私は何をやっているんだ。
大バカ者めが。
問診票が涙で霞む。
必死に堪える。
泣くな。
お前にその資格はない。
深呼吸をして椅子から立ち上がり、問診票を受付のお姉さんに渡す。
「それでは、お小水と体重・血圧の測定をお願いします。終わりましたら、またあちらで掛けてお待ちください」
待合室には、お腹の大きな妊婦さんが複数名いた。
幸せの象徴のような姿だ。
そして、妊婦さんに寄り添う男性の姿もあった。
……ここに来たときから、ずっと。
院内には、聞き覚えのあるクラシック音楽が流れている。
たぶん、胎教に良いからなのだろう。
異分子の私は、まるっきり空間から切り離されていて。
断頭台に登る死刑囚のような心持ちで、じっと自分の名前が呼ばれるのを待った。




