10話 言葉の綾
どうしよう。
まだ生理が来ない。
かれこれ4年くらい、予定通りに生理が来なかったことはないのに。
ここ数日は、妊娠した可能性のことばかりが気になる。
頭から離れない。
不安が募る。
家のなかを、無駄にうろついてしまう。
心あたりは1度だけ。
そう。
今月は妊娠の可能性があるにはあるということを、私は知っていた。
でも、まさか本当に生理が来なくなるなんて。
考えてもみなかった。
高を括っていたのである。
ばっちりタイミングが合っていたとしても、1回で妊娠する確率は25%しかない。
たった1回の過ちで、妊娠するわけがない。
そんな風に思っていた自分を殴りたい。
あまりの事の重大さに、頭がクラックラッする。
やばい。
マジで倒れそう。
でも、真剣に悩むのは妊娠が確定してからにすべきだ。
取り越し苦労の可能性もある。
そうだったらいい。
むしろ、そうであってくれ!!
そうであれ!!!
まずは、早急に調べなければならない。
慌てふためいて、財布を片手に家を飛び出した。
玄関のドアで左手を挟んだことにも構わず。
閉店間際のドラッグストアに全力で駆け込む。
やっとの思いで、たどり着いたレジの前。
妊娠検査薬の箱を持つ手は傷だらけで、わなわなと震えていた。
❇︎❇︎❇︎
——実は、私には彼に伝えていないことがあった。
仲違いした日曜日の前夜。
忘れもしない。
9月21日の土曜日のことである。
あの日は昼間から短期アルバイト完遂お疲れさまパーティをしていて、ひどく2人とも酔っ払っていた。
『お酒の勢いに任せてそのまま。避妊せず、事に至る』
はっきり言って、サイテーなのだが。
そういうようなことが、彼と私の間にあった。
排卵日付近だったのに。
さらには、信じられないことに。
9月22日の日曜日の朝に目が覚めたとき、彼は私と同衾したことすら覚えていなかったように思う。
もっと、サイテーかよッ!?
直近に避妊をしていない情事があったのか、なかったのか。
身に覚えがあるのか、ないのか。
それによって、私の「妊娠したかも」という言葉のニュアンスは大きく変わってくる。
『妊娠が成立するかもしれない』ことを、単純に昨日しちゃったから。
昨日の情事によって「妊娠したかも」と、私は軽口を叩いた。
それだけのつもりだった。
もちろん、浮気性の彼を困らせたい気持ちが若干あったのも否定はしない。
でも、次の瞬間。
私の予想外のことが起きた。
昨夜のことを覚えていない彼が、別の意味で言葉を捉えてしまったのである。
『今。現在、(妊娠していたことが発覚するような)妊娠をしたかもしれない』、と。
このような解釈をすると、私の「妊娠したかも」という言葉は大嘘になる。
9月21日より前の情事では、妊娠は成立していなかった。
受胎している可能性なんて、微塵もなかった。
きっちり避妊をしていたし、生理もあったからだ。
でも、私が口にした本来の意図の「妊娠したかも」という言葉は……。
一概に、嘘であるとは言い切れない。
9月22日の日曜日の時点で、少なからず9月21日の土曜日の情事によって妊娠が成立する可能性はあったのだから。
そして、今。
「妊娠したかも」という私の言葉は、完全に嘘ではなくなろうとしていた——。




