9話 夏休み前の私にリセット
それからの1週間。
夏休み最終週。
どうやって、私は過ごしたのか。
9割方の記憶がない。
記憶がないとは、どういうことなのか?
いきなり、記憶喪失かよ!? と自分でも思うのだが。
気がついたときには、10月1日火曜日の早朝だった。
今日からは、何が何でも大学に行かなくてはならない。
のそっ、と私はベッドから起き上がる。
視界に広がるのは見慣れた風景。
3年半、暮らしてきたワンルーム。
フローリングの床には、無数の星が散らばっていた。
が、別に綺麗ではない。
よくよく見ると、全部が全部。
ビールの空き缶のようである。
そのなかに、ひとつだけ際立って。
キラリ、と太陽の光を反射して輝く星があった。
画面のひび割れたスマートホンが、ひっそりと床の上でお亡くなりになっていた。
かろうじて、どうしてこうなったのかは覚えている。
モエたちと話した次の日に、例の人から通話がかかってきた。
「何事もなかったかのように通話をかけてきやがるとは。あの野郎、どういう神経してやがる!!!」と叫びながら、私が叩き壊してしまった。
「………」
黙って片付ける。
空き缶を洗って干す。
部屋中のゴミというゴミを、片っ端からゴミ袋に入れていく。
火曜日は燃えるゴミの日である。
食卓の上にある茶色い染みのついたランチョンマットも、躊躇なくゴミ袋のなかに叩き入れる。
今まで気にならなかったのが不思議なくらい。
私の部屋はゴミだらけだった。
とにかく手を動かす。
何もかもリセット。
新しい気持ちで4年後期へ。
部屋を綺麗にしたあとは、身支度を整える。
お気に入りの花柄ワンピースを着て、ピンクブラウンのレザートートにレジュメと筆記用具を入れた。
玄関の扉を開けると、雲ひとつない青空が広がっている。
秋の空は高い。
背筋を伸ばして、深呼吸。
どこからか金木犀の甘い香りがした。
それから、学生生活をエンジョイしている女の子というものを巧みに私は演じ始めた。
女子大生には、女子大生らしい空気感というものがある。
——大丈夫。
全部、夏休み前の状態に戻っただけ。
そう思うことにした。
しかし、私は何もわかっていなかったのである。
どうやっても、実際にあったことを全くなかったことにはできない。
じわじわと自分の身体が変化していることに気づいたのは、さらに1週間が経過してからだった。




