世界一簡単な合法殺人
私は最底辺の人間です。
十代の頃、私は身体も小さく頭の出来も悪い子供でした。決して目立たず、空気のような青春の日々を過ごしました。
二十代の頃、空前の就職氷河期に見舞われました。最高学府を卒業したエリートですら手に職が無い時代に、私のような敗北者に内定を出す企業などあるはずもありません。
私は最低賃金以下の待遇でアルバイトを続けておりました。いつか正社員に、という野望は時間と共に潰え、気が付けば四十代です。
私は最底辺の人間です。
趣味などありません。
友人などおりません。
なぜ生きているのか。
なんのために生きているのか。
理由などありません。私は屍です。私は動く肉塊です。私の生き死になど世界に何の影響も与えません。
ところが。
私は、生き甲斐を得ることが出来ました。
合法殺人です。
年下の学生アルバイトにもヘコヘコしている臆病な私ですが、それでも簡単に、キラキラと輝いている華やかな人生を壊すことが出来ると知ったのです。
想像してください。
あの生意気なイケメンを。かわいいだけで何億円も稼げるメスガキを。ちょっと才能に恵まれただけの、良い親を持っただけのクソガキを。
あいつらの人生を、壊せるのです。
合法的に、簡単に、ノーリスクで。
ああ、なんという快感でしょう。
私は、スッカリ虜になりました。
これは趣味、生き甲斐……
いいえ、もはや私の人生そのものです。
世界一簡単な合法殺人。
世間一般には、誹謗中傷と呼ばれております。
平成の頃にSNSというものが誕生しました。
匿名で、普段は絶対に口に出せないような罵詈雑言を思うがままに吐き出せる素晴らしい場所です。
私は、負の感情に満ちた世界が好きでした。
なんだか仲間が居るようで、心地良かったのです。
しかし最近、妙な輩が現れました。
わざわざ実名を晒し、顔写真まで設定して、躊躇なく個人情報を撒き散らす輩が現れたのです。
目を疑いました。
こんな吐きダメで、一体何がしたいのだろう。
直ぐに気が付きました。
輩の元に、ファンが集まるのです。
称賛。称賛。
まるで宗教のように教祖を称える書き込みの数々。
それは私の世界を汚しました。負の感情に満ちた心地良い世界に、笑顔を持ち込んだのです。そしてあろうことか、もとより存在した負の感情を排除しようとしているのです。
ふざけるな。
ふざけるなふざけるなふざけるな。
お前らには現実があるだろう。
貴様には充実した現実世界があるだろう。
なぜこの吐きダメに現れた?
なぜ、わざわざ私の世界を奪うのだ。
ふざけるな。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
――死にました。
ある輝かしい若者が、死にました。
私は唖然としました。
SNSに書き込まれた「誹謗中傷」に心を病み、自ら命を絶ったようです。
理解できません。
この吐きダメに、わざわざ実名で現れて、見たくない発言を簡単にブロックできる環境で、わざわざ心が病むまで暴言を読み続け、最後は自殺したそうです。
理解できません。
理解できないけれど、私は自らの頬が吊り上がるのを感じました。
たのしい。
まるで新しい玩具を与えられた子供のように、私は醜悪な笑みを浮かべました。
それから調べました。
どうやったら、効果的に殺せるのか。
例えば獲物が役者ならば、ヘタクソ、やめちまえ、という小学生のような暴言では効果が薄いです。この作品が大好きで映画が楽しみだったのに役者のクソ演技で作品が汚された、という具合に失望したファンを演じることで最大限の効果が期待できます。
例えば相手が若い女ならば、単発の暴言では効果がありません。複数のアカウントを用いて24時間絶え間なくネガティブな口撃を続けることが効果的です。
たのしい。
四十年と少しの人生で得られた全ての幸福を一点に集めても足りないほどにたのしい。
恥ずかしながら、これほど真剣に物事に取り組んだのは初めての経験でした。私が小学生くらいの頃には、本気を出したり何かに必死になったりすることはダサいという風潮がありましたが、大きな間違いだったと知りました。この年で成長を実感し、充実しております。
また、私は調べている途中に気が付きました。
私には、沢山の仲間が居たのです。皆が息を合わせて罵詈雑言を吐いておりました。
ある獲物が言いました。
「毎日家にゴミ投げられる気持ち考えてみろ」
私はわらいました。
わざわざゴミ箱を提供しておいて、ゴミを投げるな、など、ああなんという矛盾でしょうか。彼にはゴミ箱を撤去する権利があるのに、なぜ撤去しないのでしょう。
失礼、意地悪でしたね。
私は答えを知っています。
彼らは決してゴミ箱を撤去できません。
なぜなら、それでは称賛が得られないから。
積み重なるいいねが、面白いです好きですの一言が彼らから逃げ場を奪うのです。ちっぽけな承認欲求を満たす為に、ゴミ箱を撤去できないのです。
なんと惨めなことか。
あれだけ華やかな人間が、なんと矮小なことか。
たのしい。
たのしいたのしい。
私は誹謗中傷を続けました。
――死にました。
また一人、輝かしい若者が死にました。
わらいが止まりません。
ファンが悲しんでおります。私のような存在を絶対に許せないと書き込んでおります。
わらいが止まりません。
私は、あなたに教えてあげたい。
違うよ。あなたが大好きな教祖様を殺したのは、私ではないよ。この吐きダメに現れたマゾ野郎だよ。
マゾ野郎は教えてくれました。
この吐きダメで誹謗中傷を続ければ、輝かしく憎たらしい人生を壊すことができるのだと、教えてくれました。
かれらが、わたしたちにナイフを与えたのです。
かれらが、わたしたちに生き甲斐をくれたのです。
かれらこそが、殺人鬼なのです。
だから私は喜んでお手伝いを続けます。
ありがとう。
死んでくれてありがとう。
教えてくれてありがとう。
私に生き甲斐をくれてありがとう。
感謝を込めて、
今日も私は、誹謗中傷を続けます。
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