9話 残してきた者たちへ2
ギルドから出て次の目的地へ。
クロエへのお土産で装飾品を扱う店に行かないとだ。
「リア、あれだけの大金よろしかったのですか?」
「元々それがメインで売りに来たからな。問題はないぞ」
「それならいいのですが」
しかし、頼まれたはいいが、普段そういうのは身に着けないから詳しくないんだよな。
店はいくつか知っているが、どこのがいいのか俺にはわからん。
「それよりもだ。この辺りにあるアクセサリーを扱ってる店で、おすすめの所はあるか?」
「アクセサリー……ですか」
「ちょっと土産をせがまれてな」
できれば腕につけるものがいいって言ってたよな。
特に腕輪とかかな〜、と指定までしていたし、まあ腕輪をご所望なのだろう。
「もしかして、女性の方ですか?」
「ああ、新しい仕事のな」
「ずいぶんとその方と親しいみたいですね」
なんだかスノーに生暖かい目で見られている感じがするが、断じてそのような関係ではない。
「うーん。懐かれてはいるみたいなんだが、出会ってまだ1週間も経ってないから、親しいと言えるのかどうか」
「なるほど、これからということですね」
「これから?」
「いえ、それでは行きましょうか」
スノーに案内されて大通りを抜けて、小さな路地にある装飾店にやってきた。
店には髪飾りに耳飾り、指輪やネックレスなど多くの装飾が置いてある。
腕輪だけでもずいぶんと数が多いし、どれを選んでいいのやら……。
「うーん。なあ、土産を頼まれた相手には腕輪とだけ指定されて、後は俺の好みで選んでほしいって言われたんだが。スノーはどれがいいと思う?」
スノーはしばらく考える素振りを見せてから、それに答えてきた。
「そうですね。リアがいいと思ったものが正解なのではないかと」
「あまり自信がないんだが……」
そこまでセンスはひどくないと思いたいが、自分のならまだしも、相手のを選ぶとなるとなあ。
しかも、この場に居ない相手だから、想像で選ぶほか無い。
「それでも、です。その相手の方もその方が喜ばれると思いますよ?」
「そういうものなのか?」
「ええ、そういうものですよ」
どうやら教えてくれる気は無いようなので、自分で決める他ないか。
とりあえず腕輪に絞るとして、色々な形に模様もあるし、色もあるからどうするか。
装飾が派手だったりして大きいのは、あの機械をいじる時に邪魔だよな。
そうなるとすっきりしてるものが良さそうだ。
それで色は……クロエの普段の格好からして、桃色とか黄色あたりがいいだろうか。
迷うが、そんな時は両方買ってしまえばいい。
どっちも似合うと思うしな。
あとは……。
横目でスノーを見る。
スノーは基本的に法衣を着ているからな。
派手なのは控えるとすると、このあたりか。
「なあスノー」
「なんですか?」
「参考としてなんだが、スノーがつけるとしてこれはどうだ?」
選んだシンプルな銀色の髪留めをスノーに渡す。
それを受け取ったスノーが、前髪につけて姿見で自分の姿を確認している。
「そうですね。これでしたら目立ちすぎないですし、私は好きですよ」
「確かに、似合ってると思うぞ」
思った通り、すっきりと収まっていい感じだ。
身内目線だが、スノーに似合っている……と、俺は感じる。
「もしかして、仕事の方って教会関係の人ですか? でも、こういうものって好みもありますし、本当は一緒に買い物に来てプレゼントした方が喜ばれると思いますよ?」
「それなら、なおさらそれでいいな」
それはクロエへのお土産とは別だからな。
まさにスノー自身のアドバイス通りってやつだ。
「店主さん。この2色の腕輪と、あとこの頭についてる髪飾りを。腕輪だけ袋に包んでくれ」
「まいどあり!」
代金を支払って、店の人に腕輪を袋に包んでもらっている間に、スノーに向き直る。
「そういうことで、その髪留めは俺からのプレゼントってことで」
「え?」
「心配かけたみたいだからな。そのお詫びだ」
数日間、探し回ってくれたみたいだからな。
どうして知っているのか訊かれると困るから、それ自体を口には出さないが。
「そんな……、悪いですよ」
「もう買ったからな。返品は不可だぞ」
それを聞いたスノーが困ったような感じを出しつつも、髪留めに触れてから、口を緩ませる。
「リアって、たまに強引ですよね」
「そうか?」
「そうですよ。……ふふっ。でも、ありがとうございます。大事にしますね」
「そうしてくれると嬉しいな」
まだ、大分時間も早いが、これでデュオでのやることも終わり。
装飾店を出て、大通りに出る道へと戻っていく。
「よし、これでデュオに来た目的も完遂だな。スノー、今日は助かったよ」
「いえいえ、私も今日はリアに会えてよかったです。思いがけない贈り物もありましたしね」
そう言って微笑みを向けてくるスノー。
「それで俺の用事は済んだけど、スノーはこの後はどこか行く予定とかあったりしたのか?」
「特にありませんけど、リアが見つからなければ孤児院へ行っていたところですね」
「そうか、なら孤児院まで送ろう。もちろん歩きで」
人通りの多いところでの転移は事故が起こる可能性があるからな。
基本的には街に転移する場合は、街のすぐ外に転移をして中に入ることになる。
まあ、今回はクロエのおかげで人が居ない場所に転移できたし、あくまでの話だが。
「送るではなく、リアも孤児院に顔を見せるのがいいと思うのですが」
「それもなあ。勇者パーティーを抜けたのもそうだけど、今頃入金も済んでるだろうから色々と訊かれそうなのがな……」
「それは確かに……」
「だからまあ、もう少し落ち着いてから顔を出すよ」
「わかりました。その時を楽しみにーー」
すると、そんなスノーの言葉を遮るように、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、やっぱリアじゃん」
「最近見ないと思ったら、依頼も受けずにこんなところでデートか? いいご身分だな」
ユウトとマサトだった。
せっかくの、のんびりとした雰囲気が台無しだった。
「……なんだ。ユウトとマサトか」
「なんだ、とはずいぶんな挨拶だな」
いきなりパーティーを追い出された身からすれば、そんなものだからな?
「まあまあユウト。リアはほら、誰にもパーティーに入れてもらえずに不景気だからさ。あの孤児院と一緒でな!」
「ふっ、それもそうだったか!」
暗に俺が勇者パーティーから抜けたせいで、孤児院が大変だと言いたいのだろう。
それにしても抜けた途端にこれか。
パーティーにいた時は便利な足として使えるからか、こんな風に直接的な物言いはなかったんだが。
分かっていたことだが、やはり都合のいいやつとしか思われていなかったようだな。
まあ俺も俺で勇者パーティーとしての恩恵があったから、2人の行動にある程度は目をつぶって、都合のいいやつ扱いしたという意味では同じかもしれないが。
「それはあなた方が……!」
すると、それを聞いたスノーが俺の代わりに怒ってくれたみたいだ。
だが、今騒ぎを起こしてもいいことは無さそうなので、スノーをなだめることにする。
「スノー、いいからいいから」
「ですが……」
「さっき孤児院にお金も入れたし、新しい仕事も見つかった。問題はないよ」
むしろ金銭面で言えば、前とは比べ物にならないぐらいだからな。
目の前で嫌なものを見せられずに済むし。
残りの問題はスノー自身についてだけど、それは明日次第。
彼ら異世界人には自然とこの世界から居なくなってもらうのが望ましいから、今ここでは手を出さない。
そんな俺の言葉を聞いた2人は、少しむっとしたような表情になった。
「へー、仕事見つかったんだ」
「でも孤児院はどうかな? ちょっとばかり金を入れたからって苦しいことに変わりは無いだろうに」
そうだな。
それがちょっとばかりであれば、そうなんだろうな。
「確かにそうだよな。ちょっとばかり普通の孤児院が年間通して運営できる程度に、金を入れただけだからな」
「嘘吐くなよ! そんな金どこにあるってんだ!」
マサトが俺の言葉を聞くと、反射的とも言える速さで、そう嘘つき呼ばわりしてくる。
本当のことなんだが、まあ信じてもらわなくて結構だ。
「本当ですよ。私が隣で見てましたから」
そう思っていたらスノーが一言お見舞いしていた。
それを聞いた2人は短い間黙り込むが、すぐに口を開く。
「ま、まあどうでもいい話だったな」
「そうだよな。そんなことよりスノーちゃん、これから俺たち遊びに行くんだけど、一緒にどうかな?」
どうでもいいとか、そんなことって、お前らが言い始めたんだろうが。
勝ち目がないと見て、話を無理やり終わらせてきたな。
「結構です」
すると、2人のそんな誘いをはっきりと断ったスノーに、ユウトとマサトは一瞬苦虫を噛み潰したような顔になったが、すぐにそれがにやけ顔に変わる。
そうしてそんな顔を俺に向けてきた。
「そっか、残念。でもまあ、魔王を倒すまでの辛抱かな」
「ああ、楽しみだ」
スノーはそれを聞いても、何の事なのか分かっていないようだが、あのとき酒場の裏で話を聞いていた俺には分かるからと、そういう風に言ってきているのだろう。
スノーがそれを知る必要はないし、俺が挑発に乗ってやる必要もない。
「明日だったか。うまく行くといいな」
俺からそんな言葉が返ってくるとは思わなかったのだろう。
ユウトは一瞬、目を見開いたが、それもすぐに元に戻る。
「ああ、俺は勇者だからな。さっさと魔王を倒してエンディングだ。お楽しみになったその時は、リアも呼んでやるよ。もちろん目の前で見せるだけなんだけどな!」
「うーわ、それいいな!」
そうして、それだけ言うと2人は行ってしまった。
もし、魔王軍に勧誘されていなければ、酒場の時みたいに今ので2人に掴みかかっていただろうな。
「……嫌な人たち」
そんなスノーの言葉の後は、俺もスノーも口数少ないまま、孤児院までの道を歩いていった。
それから、大通りを歩いて孤児院の近くまで来たところで、その足を止める。
「本当に寄っていかないんですね?」
「ああ、シスターによろしく頼む」
「ふふ。届いた物を見たシスターはさぞ驚かれるでしょうね」
ユウトたちと会ってからは硬い顔だったが、ここでようやくスノーが笑いを見せてくれた。
スノーも、あと少しだけ耐えてくれ。
「それじゃあまたな。またすぐに会う事になると思うが」
「そうしてください。もう黙っていなくなったりしてはダメですからね!」
「悪かったよ。スノーも明日、気をつけてな」
「はい!」
そこで俺たちは別れて、それぞれの帰路に着いた。
それから、全ての用事を済ませて魔王城へと戻った俺がクロエに腕輪を渡したところ、尻尾を勢いよく振ったまま、抱きつきという名の体当たりをされた。
それによって倒れた俺を放置し、その勢いのままアギトさんに自慢してくると部屋を飛び出していってしまうクロエ。
俺はそれを床の上で見送ったあと、のんびりと明日に備えることにしたのだった。