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8話 残してきた者たちへ1

 隠者のダンジョンでの作戦が一昨日の出来事。

 予定通りであれば明日にも魔王城侵攻が開始されるだろう。


 あらかたの準備も終わりという事で、魔王城にあてがわれた私室でくつろいでいた時だった。

 来客を示す、部屋の扉を叩く音が響く。


「リア、今ちょっといいかなー?」


 すると、大分聞き慣れてきた声色が聞こえてくる。

 どうやら来客はクロエのようだ。

 俺は本を閉じて、横になっていたベッドから体を起こし、ベッドに座り直した所で返事をする。


「開いてるから入っていいぞ」


「おじゃまするよー」


 許可を出すとフリフリと尻尾を振りつつ、クロエが部屋の中に入ってきた。

 クロエは俺の目の前まで歩いてくると、ベッドに座っている俺の隣に腰を下ろした。


「近いんだが?」


「またまたー、私とリアの仲じゃない!」


 隠者のダンジョンに行った後から何故だか知らないが、やたらとクロエが俺に接する時の距離感が近くなった。

 出会った時から人懐っこい感じはしていたが、急にこうなるような理由は思い浮かばない。

 どこかの英雄よろしく、さっそうとクロエを助けた訳でもない。


 まあ口では注意を促しつつも、こんなかわいい子に懐かれるのは悪い気はしない。

 世間一般ではどうなのか分からないが、俺自身は別段、亜人だからと言って嫌悪感を示したりはしないからな。


「まあいいや。それで?」


 アギトさんやクロエ達も、既に準備は済ませたと聞いていたし、俺に何の用事なんだろうか。


「えっとね。勇者たちの動向を監視するためにデュオの様子を見てたんだけどね?」


 1週間とは言ってたが、魔王城侵攻の予定が早まったりしたら大変だからな。

 クロエが街の様子を解析室で見ていてくれたようだが、何かあったのだろうか。


「ん、何か起きたのか?」


「ううん、何か起きたって訳じゃないんだけどね。リアが前に組んでいたパーティーの女の子がここ数日、街の中で誰かを探しているみたいなのが気になってね。心当たりとしては、リアの事かなって思って教えに来たの」


 前に組んでいたパーティーに女の子は1人しか居ない。

 俺と入れ替わる形で2人にはなったが。


「もしかしてスノーか」


「さすがに、私の解析魔法でも名前は分からないから、正確なことは言えないけど、多分その子かな」


 それにしても誰か探してると言ったが、誰かとは限らないんじゃないだろうか。

 それこそ何かを探しているとか。


「何か落とし物をしたとかじゃなくてか」


「うーん。そんな感じじゃないんだよね。人の往来で誰かを探してるって感じだったよ? リアのいた宿屋にも行ってたみたいだし、それで、もしかしてリアを探しているんじゃないかなって思ったの」


 こっちに私室を貰えるという事で、泊まっていた宿屋からは荷物をもって出てしまったからな。


「確かに別れてから姿は見せていないが……」


「会って訊いてみればいいんじゃないかな」


 もし本当に俺を探しているなら、早めに顔を出したほうがいいか。

 違うなら違うで、ちょうど別の用事もあるから、それを済ませるだけでいいしな。


「それもそうだな。ちょっと行ってくるか」


「うんうん、それがいいよっ」


「わざわざ知らせてくれて、ありがとな」


「ん!」


 すると、隣にいるクロエが頭をこちらに近づけて、こちらを上目遣いにじっと見てくる。

 ……これは、撫でろってことか?


 ためらいつつも試しに頭を撫でてみると、途端に腰のあたりに何かが当たりだす。

 振り返ってみると、クロエの尻尾がブンブンと左右に揺れて、それがぶつかっていたようだ。


 撫でている頭と同じく毛並みがいいように見える尻尾。

 触ってみたいが、流石に失礼だよな。

 しかし、これはいつまでも撫でていたくなる手触りだな……。


「わうー! リアって撫でるの上手だね」


「あー、たまに孤児院でちびっこたちの相手をする時にしてたからかもな」


「これ、病みつきになっちゃうかも……」


 しばらくその感触を堪能した後でいくつか荷物をもって、2人で解析室へ行ってスノーの姿を確認する。

 その場所に近い、人のいない路地裏へと転移して、俺は数日ぶりである街デュオへとやって来た。


 行く直前にクロエにお土産を催促されたが、まあそれは一番最後でいいよな。


 路地裏を出て大通りに出ると、相変わらず辺りを見渡して何かを探しているスノーの姿を発見する。

 近づいていくと、やがてスノーと目が合う。


「あっ、リア!」


 すると俺を見つけるなり、こちらに足早に近づいてきた。


「ようスノー、久しぶりだな」


「久しぶり、じゃないですよ! 一体どこで何をしていたんですか! 宿屋からもいつの間にか居なくなっていましたし……」


「悪い悪い」


「もう! 無事だったみたいなのでいいですけど。あれから急に居なくなって……探したんですよ?」


 どうやらクロエの言う通り、スノーは俺を探していたようだ。

 数日前から探していたみたいだし、悪いことをしたな。


「手間をかけたな。ところで孤児院のちびっこ共は元気か?」


「それはもう、元気な子が多くて大変ですよ」


「そっか。相変わらずのようで安心したよ。ところで、孤児院自体の方は大丈夫か?」


 デュオには俺が世話になった孤児院の他にも、特殊なスキルを持った子どもを優先して引き取る孤児院がいくつかある。

 その理由としては、そうすることで、もれなく国からの援助を受けることが出来るからだ。


 さらに、そこの子どもが将来冒険者になって勇者パーティーに加入した場合は、さらに追加で国から孤児院に支援が与えられるという仕組みだ。


 基本的に国からの援助は最低限のもので、そこの孤児院が潰れない程度のものだ。

 代わりに、俺たちのように孤児院出身の冒険者が勇者パーティーに加入すると、その冒険者を排出した孤児院への支援金は一気に増える。


「それも問題ありません……と言いたいところですが、現状のままだと直に採算が取れなくなる、とシスターからは聞いていますね……」


「やっぱりか」


 そしてそれは人数によっても変化する。

 そのため、俺が勇者パーティーをクビになったことで、支援が減らされたのだろう。

 今日はそれを補いに来た、というのもデュオに来た目的の1つだ。


「リアは気にしなくても大丈夫ですよ! シスターもなんとかやりくりすると言っていましたし」


「いやいや、そこは気にするだろう。今日はそれを解決するためにデュオに戻ってきたんだしな」


「解決するため? それに戻ってきたという事は、やはり街を出ていたのですか?」


 さて、なんと説明するべきか。

 こんな誰が聞いているか分からないようなところで魔王軍に入りました、なんて言えるわけもない。


 その話自体は、亜人や魔物を逃がすことについて、スノーも理解してくれているから、もしかしたら分かってくれるかもしれないが。

 どちらにしても、ここでは言えないので適当に誤魔化すことにする。


「あー、ちょっと出稼ぎにな。そういうことで、話しながらでいいからギルドへ行かないか?」


「それは構いませんが……」


 俺とスノーは人の波に乗って、大通りを歩いて、ここからすぐの場所にあるギルドへと向かいながら会話を続ける。


「出稼ぎ、ですか。それは冒険者ではなく?」


「冒険者はそうだな……しばらく休むかもしれない」


 1人で冒険者業をやるのは厳しいからな。

 かといって、クロエたちを連れて行こうものなら大変なことになるし。


「そうですか。では別の仕事を?」


「ああ。ありがたいことに、すぐに次の場所が見つかったからな」


「それならよかったです。急にリアがパーティーを外されてしまったので、心配していたんですよ。他の冒険者パーティーに入ったという話も聞かなかったですし」


「まあ、そういうことだから心配はしなくていいからな」


 ついでに探りも入れておこうか。

 情報が正確になるなら、それに越したことはないしな。


「ちなみにスノーの方は魔王城へ行くの、そろそろなんだろ?」


「そう……ですね。予定通りなら明日のはずです」


 スノーは言い淀みながらも、そう教えてくれた。

 どうやらユウトの言った通りになりそうだな。

 このまま行けば、明日にも始まるわけだ。


「気乗りしない感じか」


「今でも、私たちがやっているのは本当に正しいことなのか迷っています」


「それでも行くんだろ?」


「はい。ここで私がやめるわけには行きませんからね」


 口には出さないが、孤児院の事もあるからだろうな。

 俺が抜けた今、スノーまで勇者パーティーを抜けてしまえば、かなり経営が苦しくなると思っているのだろう。


 おそらく、それがユウトたちの相手をいたぶるような振る舞いに、青い顔を見せるスノーが今も勇者パーティーを抜けない、という理由なんだろうな。

 会話をしつつ、ギルドの建物に到着した俺たちは扉を開けて中へと入る。


 それから、ギルド内にある売買所へやってきた。

 売買所は主に魔物から取れた素材や、ダンジョン内で得たアイテムなどの買い取り。

 他にも負傷を即座に回復させる、魔法薬などの販売もしてくれる。


「買い取りをお願いしたいんだが」


「はい。どのような品でしょうか」


 懐から麻袋を取り出して、売買所の鑑定士に中身を見せる。


「これなんだが」


「これって、彩石……ですよね」


「ああ、そうだ」


 スノーの言うように中身は赤や青、緑といった様々な色の鉱石を加工したものである彩石だ。

 主にダンジョン内部で、特定の希少な魔物が落とす物だ。

 未使用だと魔法の力を持っていて、主にマジックアイテムとして使われることが多い。


 物によっては再充填も可能だが、基本的にはある程度使うと中に込められていた魔力が消滅して、使い物にならなくなる。

 そうなった場合は、装飾品として扱われる品だ。


「調べれば分かるが、これは既にマジックアイテムとしては使えないから、装飾品として売りたい」


 そしてこれは後者。

 マジックアイテムは強力なものが多いが、その分だけ値段も、上等な装備が買えるぐらいには高い。

 装飾品としての彩石はそれよりも安いとはいえ、その希少価値から高級品の部類に入る。

 それを全部で10個ほど取り出すと、鑑定士が驚いた表情を見せた。


「……! それではお預かりします。鑑定を行いますので少々お待ちください」


「よろしく頼む」


 売買所の担当は主に『鑑定』系統のスキルを持った人が行うために、比較的早く済む。

 そのため、全てを鑑定し終わるのに数分もかからないだろう。


「あれだけの数の彩石、どうやって手に入れたんですか?」


 目の前で行われていく鑑定の結果待ちをしていると、スノーがそう訊いてきた。


「さっき話した仕事でな。報酬の代わりだそうだ」


「ええ……」


 それを聞いたスノーが少々引き気味に驚いているようだ。

 まあ、そういう反応になるよな。


 俺が初めて魔王であるアギトさんに会った際に、俺が協力する事に対する報酬の話になった時の事。

 3食部屋付きだけでは足りないだろうとのアギトさんの言葉。


「マジックアイテムの売却は我々の脅威になるため渡せないが、魔力が枯れたもので良ければ好きに持っていくがよい。冒険者のリア殿であれば有効活用できるだろうしな」


 そう言って、彩石を渡された。

 それも大きめの宝箱にぎっしりと詰められた物をだ。


 なんでも小さいものであれば、色々な種類のゴーレムから魔力が枯れた部分を採取出来るとか。

 ゴーレム的には、人間で言う周期が長めの爪切りのようなもので、定期的に取れるとのこと。


 そう言った理由で宝物庫にまだまだあるので、追加で必要があれば言ってほしいと。

 まさに味方ならではの採掘方法というわけだな。


 それにしても、どう考えても使い切れそうにはない。

 箱でさえもさすがに多すぎたから、その中からいくつか選んで持って来たわけだが。

 あまりにも数が多すぎると怪しまれるだろうし、売りすぎて価値が下がるのも馬鹿らしい。

 転移で各地を回って、少しずつ売っていくのがいいんだろうな。


「鑑定の方、完了いたしました。全て本物ですね」


 そんな事を考えている内に鑑定が終わったらしい。

 相変わらずの速さだ。


「それで、いくらぐらいになるんだ?」


「占めて、470万エルになります。受け取りの方法はいかがなされますか」


 比較的小さめの物を選んだんだが、結構な額になったな。

 孤児院に金を入れるためだし、手元に残るのは少しでいいよな。


「20万は即金、残りは全額を青の孤児院に送金で頼む」


「かしこまりました」


 送金のための用紙に書き込みを済ませてから、残りの金額を渡される。


「では、こちらが残りの20万エルになります」


「ありがとう。送金の方もよろしく」


「はい。そちらの方もギルドの方で責任をもって送金させていただきます」


 さてと、これで孤児院はしばらく平気そうだよな。

 ギルドでの用事も済ませたし、次だな。

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