7話 欲深な異世界人に決別を3
異世界人は透明になっていたおかげで見えなかったが、異世界送還の魔法陣が出ていたから成功したのだろう。
それからすぐに光が現れて、経験値と『隠遁』のスキルを獲得した。
ふう。
背後に空気穴があったとはいえ、少し息苦しかったな。
だが、うまくいった。
あとは仕上げだ。
「なんだい、今の声は!」
「シノブくんの声だったよね」
「急ぐッスよ!」
おっと。
送り返した異世界人が声を上げたおかげか、お仲間が早めの到着になったか。
早速、俺はブラッディスライムを監視部屋へと転移させてから、すばやく『隠遁』のスキル効果を発動させて、姿をくらませる。
それから部屋を出ると、ちょうど3人組がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「あそこの部屋からだったね!」
彼らは俺の目の前で止まると、部屋を覗く。
どうやらスキルの効果は上々で、目の前にいるというのに誰も俺の存在には気づいていない様子だ。
「誰もいないみたいだけど……」
「あれは、宝箱……もしかして罠ッスかね?」
「可能性は高いね。シノブの姿もないし、転移系の罠で飛ばされたのかもね」
残念ながら不正解、彼は既に元の世界に戻った。
しかし、それが正解でもある。
「どうする?」
「どうするも何も、ほっとくわけには行かないでしょ」
「ダンジョンで死ぬなんて昔の話だし、試すだけ試してみるッス」
そう言って3人組は部屋の中に入っていく。
あとはギミックミミックに任せよう。
巻き込まれないように部屋の外の壁に身を潜ませると、すぐに紫色の光が部屋の外に漏れ出してきた。
少し待って光が失せた所で部屋に戻ると、3人の姿はきれいさっぱり消えていた。
それを確認した所で、『隠遁』の効果を解除して姿を現す。
「おつかれさん」
ポンとその場に残っていた箱に触れてギミックミミックを労うと、ガチンガチンと嬉しそうに(?)音を立てた。
「さてと、それじゃあ戻ろうか」
すぐに転移を使って、ギミックミミックを連れてみんなの待つ監視部屋へと戻る。
戻って来たところでクロエが尻尾を振って近づいてきた。
「うまく行ったみたいだねっ」
「ああ、クロエの解析の情報通りだったな」
あの異世界人はクロエが事前に調べたところ、姿を消せるのを良いことに、覗きや窃盗を行っていたようだ。
しかし、クロエの解析の前では透明化も無駄らしく、それらの悪事はクロエに見られていた。
そういう理由から、高そうな腕輪を餌にして釣るという今回の作戦を立てたが、あまりにもうまくハマりすぎたな。
「……何してるの?」
「姿を見えなくしているんだが、やっぱり見えてるんだな」
姿を消して映像があるところまで移動したところで、クロエに向かって手を振ると普通に反応された。
「うん、ちゃーんと見えてるんだからね! いたずらしようとしてもお見通しだよっ」
「そいつは残念。……っと、冗談は置いておいてだ。無事に終わったし、腕輪を返そう」
「……! うんっ」
腕輪を外して、クロエに返却しようとすると尻尾をはちきれそうなぐらい振り出した。
「……大丈夫かその尻尾」
クロエが自分の尻尾を見ようと振り向くと、直後にピタッと止まったが、こっちに向き直ると再び激しく尻尾が動き出す。
「それよりも、腕輪ちょうだいっ! 早くっ、はやくっ!」
「ちょうだいって、これアギトさんのだろ? まあ、どちらにしろクロエに返してもらうから渡すんだけどさ」
改めて腕輪をクロエに渡すと、それを胸にぎゅっと抱きしめるように持ち始めた。
「これってそういうことだよね? だよね?」
「……? よくわからないけど、まあアギトさんによろしく頼むよ」
「うんっ、お父さんにもちゃんと伝えるね!」
……変なクロエだな。
それから映像を見てみると、先程の3人組がボスフロアにいた。
ギミックミミックはダンジョン内に限ってだが、様々な罠の発動が可能だ。
そこで、彼らには転移罠でボスフロアに直行してもらった。
魔王城でユウトたちを迎え撃つためにも、予定通りに彼らにはきちんと結界を解除して、依頼を達成してもらわないといけないからな。
『貴様らには残念な知らせだが、先に来た仲間にはとある方法で消えてもらった。もう会えることは叶わぬと知れ』
すると、ボスであるスモッグさんのそんな声が隣のボスフロアから聞こえてきた。
これで異世界送還した異世界人が居なくなったという、最初の仕込みが完了する。
「ん? はいはい、ブラッディスライムもおつかれさまだ」
気がつくとブラッディスライムが足元に来ていて、下を見ると手のようなものを生やして横に往復するように動かし始めた。
……もしかして撫でて欲しいのか?
疑問に思いつつも撫でてみると、溶けたかのようにブラッディスライムの体が沈み、垂れたスライムと化した。
これで正解なのかとしばらくそうしていると、満足したのか離れていく。
もしかして、さっきのギミックミミックとのやりとりを見ていたのだろうか。
そもそも目は見えて……いや、目があるのかという疑問が浮かぶが、考えても仕方ないので今は気にしないでおこう。
それから映像を見ていると、しばらくしてから勝負が付いた。
スモッグさんの仮の体が消えて、3人が結界を消すための仕掛けを解除するところを確認。
これで今回の作戦は完了となる。
あとは魔王城に戻って、アギトさんに報告するだけだな。
城内に間借りした私室へと転移し、俺の横でクロエがアギトさんに通信魔法で報告を行う。
すると、なにやら俺にも話があるということで、アギトさんのいる玉座の間の前にクロエと共に転移で移動する。
「お父……じゃなかった。魔王様、リアを連れてきたよー」
許可を得て扉を開くと、中にはアギトさんの他に小さな人型の姿があった。
初めて見る魔物で気になったが、とりあえずアギトさんとの話が先だな。
「来たか」
「はい。それで話というのは」
「うむ、まずはじめに。前段階の準備は良い結果だったようでなによりだ。それで話は腕輪の件だが」
それはクロエに任せたはずだが。
まあ呼ばれたことだし、ついでに俺からもお礼を言っておくか。
「おかげさまでうまく相手を誘導することが出来ました。ありがとうございます」
「それはよいのだ。……それよりも、だ」
「何か問題でもありましたか?」
まさか傷でも付けてしまったのだろうか……。
倒れて待ってる形になっていたから、床に擦ったとかか。
「腕輪に問題はない。クロエに腕輪を渡したそうだな」
「返すために渡しましたが、それがどうかしたんですか」
それを聞いたアギトさんが盛大にため息をついた。
「好きに持っていくといいとは言ったが、よりにもよって腕輪とは……いや、わからないのなら良い」
そう言ってアギトさんがクロエを見るが、クロエはふいと目をそらす。
一体なんなんだ……。
「そうですか」
結局、何で呼ばれたのか分からなかったな。
話も終わりみたいだから、さっきから気になっていたことを訊いてみるか。
「ちなみにこっちの小さな人は」
すると呼ばれたことに気づいた、小人のような姿が2つに分裂しだした。
1つは小さな霧状に、もう1つは小さな布になって空に浮いている。
「私だ客人」
そうして霧状になった魔物と見られる人物が話しかけてきた。
というよりも、この人は。
「まさかスモッグさん?」
「そうだ、倒された場合はこのような姿になるのだ。何、じきに元の大きさに戻るので心配はないぞ」
どうやら、もう本体の方から復活してきたようだ。
「今回はみんな無事に済んだみたいでよかったねっ」
「無事に? ファントムが1体戦闘になってたみたいだが、助かってたのか」
配置に着く前に、監視部屋からその様子が見えたんだが……。
クロエが言うには被害がないみたいだが。
「それも私の体の1部で、今見せたように分離することで発生する。そこの布の下にいるのがそれよ」
「え? あ、本当だ」
布の下に触れてみると、たしかに実体があった。
小さいけど、ファントムだこれ。
「そういうことだ。よって、隠者のダンジョンについては予定通りに事が運んだ、ということになる」
「各地のダンジョンにおいても、現状は被害なしで着々と結界の仕掛けが解除されている。この調子でいけば、予定通りに人間たちが攻めてくるだろう」
そう言って、アギトさんが鋭い牙を見せつけるように獰猛な笑いを浮かべて、言葉を続けた。
「その時は、自称勇者とやらと遊んでやるとしようではないか」