27話 裏・オークの村防衛戦3
俺は景色が切り替わったその先で、クラウンに話しかける。
「終わりのようだが、最後に言いたい事はあるか?」
「ぜぇ、おれ……が、オークの……ひゅ、村なんて……見つけなきゃ、はぁ、はぁ」
それに対して、真に絶望したような声を上げるクラウン。
自分の事ばかりだった他の10人よりも、自分のせいで冒険者の仲間も巻き込んでしまったという思いに囚われているクラウンの心は今、後悔と絶望で満たされている事だろう。
そんなクラウンの精神がマイナス面の最下層まで落ちただろうところで、それらの重圧を一気に解放させる。
「なんだ。せっかく森の外に出たというのに、言いたい事はそれなのか」
「は、何……言って……あ?」
そう。ここは冒険者たちがオークの村に来る際に、足を踏み入れた森の入り口。
クラウンが倒れ込むその瞬間に、転移を行う事でここに移動してきた。
今は周りが暗闇に満たされている上に、倒れ込む瞬間に転移を行うことで地面の変化を悟らせない。
さらに意識も失せかけていて、周りの景色の変化になど気づきもしないだろう。
そうしてクラウンに何も悟らせないままに、転移を済ませることが出来た。
「まったく私とした事が、必死に逃げ回る貴様の姿がだんだんと癖になってきて、回り込むのを忘れてしまうとは……。だが約束は約束だ。勝負の前に言った通り、村に捕まっている冒険者共を解放しようじゃないか」
それから後悔と絶望から解放させた心に活力を注いでいく。
「ほっ、本っ……当か!?」
「もちろんだとも。それに……と、このままでは見えんな、光源」
脇にある1本の木を対象に魔法をかけると、木が淡く光を放つ。
それによって手元が照らされたところで、逃走の途中で怪我を負ったのだろう、切り傷のついているクラウンの体に液体をふりかける。
「何だっ……これっ……て、回復薬……か?」
「ああ、残りは飲んでおけ」
そう言って残りを手渡すと、先に液体の効果を証明したからか、クラウンが素直にそれを胃に流す。
「……ふぅ」
「そして勝者には報酬がなくてはな」
それから、薬の効果で普通に話せる程度には体力が回復したのを確認した所で、袋を取り出し、それも渡す。
「何だこれ重……って、これ全部金か!? うおっ、それに彩石……それもとびきりにでかいサイズのが。……本当にいいのか!?」
中身はおよそ数年は遊んで暮らせるだけの金額。
勝負を勝利で終えた達成感と、思いがけず得た金による高揚感。
そうして急激な心の移り変わりに精神がバランスを崩したところで、さらにそこで一刺し。
「ああ。そして、それを受け取った時点で契約は成された」
「は……?」
クラウンは逃げる最中に俺を悪魔呼ばわりしていた。
そこで、契約という言葉を使わせてもらった訳だ。
「そこには報酬の他にも契約の代金が含まれている」
「やっぱり、そう美味しい話はないって事だな。なら結構だ!」
それを聞き、クラウンが袋をつき返してくる。
おそらくは今、クラウンの頭の中には悪魔の契約という言葉が浮かんでいるのだろう。
だから、ここで断ることの出来ない風を装いつつも、甘い蜜を匂わせる。
「まあ待て。返してもらっても構わないが、契約はそれを受け取った時点で既に済んでいるために、解消は出来ない。それに契約と言っても、やってもらうのは簡単な事だけだ」
それによって一応の興味を示したようで、クラウンが袋を持つ手を降ろす。
「……何をやらせようってんだ」
だが、こちらがいくら簡単と言おうが、クラウンからしてみれば俺は得体の知れない存在。
そのために、クラウンはどんな無理難題が来るのだろうかと、そう思っている事だろう。
そこで、本当になんでも無いと思うような事を最初に告げる。
「その金で酒場に行って好きに飲み食いする事だ」
「え? それだけ……か?」
それを経て、大した事のない延長だと思わせながら、今回の最重要となる目的を吹き込む。
「もちろんそれだけではない。その際、冒険者かどうかは問わずに、今日の出来事を詳しく知らない者たちに、酒の肴として今日の事を聞かせてやれ。その上で、私に目をつけられた者たちの末路がどのようになるのかという事を周知させろ。先程言った通り、簡単な事だろう?」
「確かに簡単だ。今日の事を知らないやつに話して聞かせてやればいいだけか……そのぐらいなら」
心身を摩耗させ、思考をかき乱し、その結果として疑問の余地を与えさせない。
もちろん後から冷静に考えれば、何故こんな事をさせるのかと疑問は浮かぶだろう。
だが、それも問題ない。
どうせその頃には、それに答えることの出来る者は存在していないのだから。
そして最後に、このやり取りの口封じを行う。
「ただし、この契約についての口外は許されない。それだけは肝に銘じておけ。もし破った場合は……」
言葉の途中でクラウンの心臓部分を人差し指で指し示す。
まるで、契約を破れば悪魔に心臓を持っていかれるとでも言うように。
「どうなるかは理解しているだろう?」
そして実際に俺が異世界人を目の前で消し去っているために、信じざるを得ないのだろう。
クラウンが後ずさりをしつつ、言葉を放つ。
「わかった、わかったから。もう勘弁してくれ! その程度でこれだけの金を貰えるなら喜んでやるから!」
まあ実際のところ、契約について口が滑って話してしまったところで、クラウンをどうにかするつもりはないし、契約について知られたところで痛くも痒くもない。
大事なのは、嘘である契約を本当だと信じ込ませるため。
そのうち、つい口を滑らせて嘘だとバレるかもしれないが、しばらくは注意して話すだろうから、その間に話が広まってしまえば何も問題はない。
「……よろしい。では契約は現時点を持って成立となる」
そうして言質を取った所で、指をクラウンの心臓の側から遠ざける。
「なっ、騙したのか!?」
「騙してなどいないさ、報酬を渡した時点で勝負の契約は済んだと言ったのだ」
「だが契約の代金も含まれていると、あ……」
そこでクラウンが苦虫を噛み潰したような表情へと変わる。
どうやら回復薬が体内を巡り、少し考える事が出来る程度には回復してきたらしい。
「フハハ、気づいたか? 次に交わす契約の代金を先払いしただけに過ぎない、ということに」
「やっぱ悪魔だろあんた……」
まあ、さっきの金は今回の計画に巻き込んでしまった詫びの金でもあるから、それで勘弁してもらうとしよう。
「ではそういうことで捕まえた冒険者共を5分後に解放し、ここに送り届けるとしよう。貴様は圧死したくないのであれば、その間はそこで静かに待っている事をおすすめする」
約束通り5分後に冒険者たちを森の外へと送り届けると、助かった冒険者たちが俺の事を気にしつつもクラウンに声をかけ、助け起こしていた。
そこで、冒険者たちに最後の忠告をする。
「貴様らがこれに懲りて弱き者を見逃すのであれば、もう私と出逢う事もないだろう。ではな」
そうして俺はオークの村へと戻る。
それから集会所の扉をくぐると、スノーと先に戻っていたクロエに迎え入れられる。
「戻ったぞ」
「リア、おかえりなさい」
「おかえりー。最後のやり取り、凄かったよ!」
「そうですね。少しやりすぎな気もしますが」
スノーにクラウンとのやり取りをそう咎められたが、今回ばかりは仕方ない。
「失敗するわけには行かないからな。あのぐらいはやらないと」
「「「オオオー!」」」
すると、そこにいたオークたちから歓声を浴びる事になり、会話が中断される。
それが収まると、村長がここにいる面々に聞こえるように声高々に告げる。
「さて、御三方と我らオークの精鋭たちの手によって無事に村は守られた。そこで、感謝と労をねぎらう意味で宴を開きたいのですがよろしいですか?」
俺たちは顔を見合わせ、頷きあう。
「ああ、断る理由はないな」
そうして宴が開かれる事になった。
宴で俺たちはそれぞれオークたちに囲まれ、オークの村防衛戦の出来事についてなど色々な話をした。
スノーもブレブと今回の件で村のオークたちにすっかり受け入れられたようで、楽しげに過ごせているようだ。
この調子なら、魔王軍の他の人たちにスノーが認められて行くのもすぐなんだろうな。
それから時間も経って、各々の腹が膨れたところで宴は終了。
あとはオークたち各自に任せて、村を後にし魔王城へと戻ることになった。
ちなみに人間たちに住処が見つかったオークたちだが、しばらくはこのままで、いい場所が見つかれば移動するという話だ。
まあ、あれだけ手痛い目に遭った事だし、冒険者たちもしばらくは攻めてこないだろう。
大きな動きがあればクロエ経由で伝わるだろうしな。
あとは、デュオだけではなく世界全土に今日の話が広まるのを待つだけだ。
クラウンが旅商人の1人にでも話してしまえば、後は爆発的に他の場所へと伝わっていくだろうからな。
それを経て、俺という存在が魔王軍を襲うことに対する抑止力として認識されれば、この計画は完遂となる。
こうしてオークの村防衛戦は、その規模の割にオークたちが誰一人犠牲になる事なく終わったのだった。