26話 裏・オークの村防衛戦2
それを聞いたところで、これから逃げる事になる冒険者たちの目が絶望したものに変わる。
「そんな目をしなくても分かっているさ。このままでは勝負にすらならないだろうからな」
そこで手元にいた、鎖に縛られている11人の中で唯一の異世界人ではない冒険者を手放す。
「そこでハンデをやろう。追跡の魔法を除き、私は追いかけるためにスキルや魔法の類いは一切使用しない。この身体能力のみで君たち冒険者と勝負を行おうじゃないか。……そうだな、さらに」
一度そこで言葉を切って転移を行い、すぐに元の場所に戻ってくる。
「君たちが解放された後、ここに転がっている冒険者を1人で今からこの者が作る牢屋へと入れ始め、それが終わった時点で追いかけ始める事とする」
そうして連れてきた妻オークが吸収したマナを提供し、夫オークがそれを使って無言で牢屋を作り始める。
連れてくる前に声は出さないようにと、一言入れてからこちらに来たため、それを守っての行動だ。
「私からは以上となるが、何か質問はあるかな? 無論、これに関しては口を開いても咎めない事とする」
すると即座に鎖に繋がれた冒険者の1人から声が上がる。
「スキルや魔法を使用しないって言っても俺たちにはわからないし、その保証がないじゃないか!」
そんなくだらない質問が。
答えは自分の立場を考えて物を言え、だ。
「ハァ……、そんなものが必要なのか? そう言うのであれば、別に今すぐ消えて貰ってもいいのだぞ?」
それを聞いて冒険者は黙ってしまったため、次を促す。
「他にはないのか? 無いなら始めてしまうが」
しかし、どうやら同じような事しか考えていなかったらしく、質問は最初の1つで途切れてしまう。
「……2つ、いいか?」
そうしてそろそろ始めようかと思った所で、声が聞こえてくる。
それはさっき手放したというのに、未だに俺の近くにいる冒険者からだ。
「言ってみるといい」
「……ならまず1つ。何でわざわざこんな事をするんだ? あんたの言うようにさっさと消してしまえばそれで済むはずだろ」
「ふむ、それは簡単だ。冒険者諸君がオークたちの住処にもやって来たように、魔王軍側にいる弱き者たちを貶めては楽しんでいるようだからな。たまには追いかけられる側の気分を味わってみてはどうかと思ってな」
もっとも、これは計画の一部分。
恐怖によって俺という存在をここにいる冒険者たちに刻み込むという目的が無いこともないが、望む結果はさらにその先。
「……では、2つ目はなんだ」
すると、その冒険者は村の方へと目を向ける。
「俺たちのうちの誰か1人でも森の外に出られたら、この場に倒れている冒険者は全員見逃すと言っていたが、反対側の奴らは? それにもし捕まったら、その本人は……いや、最後のは忘れてくれ。これじゃ3つになっちまう」
……こんな時だというのに他人の心配か。
まあ、この冒険者はさっきもそんな感じだったが。
クロエが視覚交換の魔法を使った事で多数の冒険者が倒れた時に、同じように鎖で縛られている他の異世界人はすぐに仲間を見捨てて逃げようとしたのに、目の前の人物……クラウンだけが倒れた仲間を心配する様子を見せていた。
クラウンは少しお人好しの部分が強いようだが、まあ今回は悪いようにはしないさ。
少しばかり脅かす事にはなるだろうが。
……いや、かなりか。
「もちろんあちら側の冒険者も含めてだ。もっとも、既に消してしまった者は戻せないが、多数は捕まえて今は牢屋の中にいる。ついでだ、3つ目はオマケに答えよう。捕まえる度にここに戻ってくるつもりはないし、逃げた者は触れられた時点で終わり。それが答えだ。これで満足か?」
「ああ、十分だ」
そうして捕縛の魔法を解除する。
それに伴い鎖が消滅し、11人の冒険者が自由に動けるようになる。
「では始めようか」
途端に弾けるようにして、散り散りに冒険者が森の中へと入っていく中で、
「……やられる側の気分、か」
そう呟いたのが聞こえてきた後で、クラウンもまた走り出した。
それから、倒れている冒険者を全員牢屋に入れる頃には数分が経過していた。
人を運ぶのも今では楽な部類に入るため、50人程を運び入れる事も大して時間がかかることはなかった。
冒険者を牢屋に入れた時点でクロエも視覚交換の魔法を解き、さすがにあれだけの人数に魔法をかけたのは消耗が激しかったようで、魔力回復薬を口に含んでいる。
「さて、では行くとしよう」
目をつぶり追跡の魔法の反応を見る限りでは、3人がここから逃げた方向へ真っ直ぐ逃げているようだが、ほとんどの冒険者が回り込む形で、こことは村の反対側を移動している。
おそらくだが、冒険者たちがオークの村に来る際に入ってきた、森の入り口を目指すようにして逃げているのだろう。
あてもなく森の中をさまようよりは、いい選択だと思う。
さてと、まずは前方にいる3人からだ。
1人目を捕まえるにあたり、その場で高く飛び上がって上空から都合の良さそうな場所を確認。
それを経て地面に降り立った後で一度村の中に入り、そこから前方の森に向かって急加速を行う。
森に入る手前で地面を強く蹴って空に飛び上がり、木々の上を目標地点めがけて一直線に進んでいく。
次第に重力に引かれて地面が近くなり、狙い通りの場所へ着地すると、目の先に冒険者の姿を捉えた。
その着地音に前方を行く冒険者が気づいたようで、振り向いて一言。
「お、おい。う……」
そうして、続く二言目を言い終わる前に事は済んだ。
「っそだろーー」
……これで1人。
即座に次の目標へ。
それから2、3と数を増やして村へ戻る。
反対側へと回り、更に速度を増して追い立てる。
その結果、俺の背後で光の魔法陣が1人、また1人と異世界人をこの世界から消していく。
やがて終わりが見えてきて、
「くそっ、何で最初に俺のところにーー」
10人目である最後の1人が目の前で消える。
あとは仕上げだ。
俺は今も走っているだろうクラウンの前に追いつき現れる。
「げえっ!?」
「喜べ、他の10人は既にこの世から消えた。あとは最後の1人だけだ」
そうしたことで進行方向を塞がれたクラウンが方向転換をして、俺から逃げ始める。
「はっ、はっ、冗談じゃねえ! 俺が捕まったらっ、あいつら……っ、全員終わりなのかよぉ!」
「それにしても追いかける側の気分はつまらんな。全員、何かを言い終わる前に消してしまったのがいけなかっただろうか」
「この……っ、悪魔め!」
「少々疲れた事だし、最後の1人はじっくりと楽しむとしようか」
「無視かよ、くそっ……!」
まずはクラウンの会話に付き合わずに、一方的にこちらの意向だけを伝えることで会話は無駄と思わせ、逃げる事に集中させる。
それから、俺はそのクラウンの精一杯だろう走る速度に合わせて、ひたすらその背中を追い続ける。
森の外に近くなれば回り込み、反対方向に追い立てる。
やがて日が落ち始め、次第に空は橙色に染まり、ついに完全に森の中から明かりが消える。
「フハッ、フハハ。どうした、早く逃げねば捕まってしまうぞ?」
「かはっ、うる……っ、ひゅ……、せえ……」
息も絶え絶えに、暗い森の中をさまよい続けるクラウン。
俺が目の前に居るというのに、その事に気づかないぐらいに意識は朦朧としている様子。
ずいぶんと粘ったようだが、流石に限界が来たか。
「すま……ねえ、みん……な……」
口からも諦めの言葉が吐き出され、そこでクラウンがつまづき倒れる。
これでようやく計画も大詰め。