25話 裏・オークの村防衛戦1
転移によって視界が切り替わると、すでに前方上空には魔法攻撃による無数の魔法陣が出来上がっていて、数秒後には村の結界へと発射される。
そんなタイミングで俺たちは村の反対側へとやってきたらしいが、なんとかギリギリ間に合ったようだな。
「んっ!」
すると、連れてきた冒険者がそう声を漏らしてきたので、睨んで黙らせた後で俺は魔法を発動させる。
「ゆけ、魔を討つ稲妻」
それにより極大の稲妻が現れると、前方から発射された魔法目指して、現状の俺でもどうにか目で追えるといった速度で進んでいくと、魔法の弾幕のうちの1つの攻撃魔法に命中する。
すると次の瞬間、オークの村を守る結界に飛んできていた全ての魔法が一瞬のうちに雷撃に貫かれ、その場で小さな爆発を起こす。
そうして、全ての攻撃魔法を喰らい尽くした稲妻は、満足したかのように役目を終えて消滅した。
今のは数日前に得た、所持している経験値の総量に応じて様々な魔法が覚えられる『魔術師』のスキルによって獲得した、魔を討つ稲妻。
周囲にある攻撃性能を持つ魔法に寄っていく性質を持っている、対魔法のための魔法だ。
一応だが、この魔法に対抗する手段は存在する。
それは単純にこれよりも強い威力の魔法をぶつければいいというだけだ。
「今のはなんだ、突然現れたあいつがやったのか!?」
「おい、あいつの横で捕まっているやつって、反対側を担当してた勇者じゃあ……」
森の切れ目に集結していた冒険者たちは、自分たちの放った魔法が全て消し去られた事に驚いたような声を上げ、それぞれのつぶやきの声に、周囲がざわついた。
その間に視覚情報の隠蔽という魔法で、ここに来る前から姿を隠していたクロエが動き出す。
ちなみに、事前に解析室から調べた結果で今回は透明化を見破れる参加者はいない事を確認済み。
魔王城に来ていた該当の冒険者もパーティーの再編成に手間取っているのか、姿は見ていない。
そのクロエだが、持ち主本人がクロエノートなんて呼んでいる冊子を広げて、そこに書かれた内容と冒険者の顔を、情報開示の魔法を通して交互に見て回っている。
前に見せてもらったが、ノートには各冒険者の見た目の特徴に、所持しているスキルと、普段の行いについて記されていたはずだ。
今はあれが終わるまでの時間稼ぎをしないといけない。
そう考えていると聞き覚えのある、ざわめきに対して大きめの声が聞こえてきた。
「あ、あ、あいつはまさか!」
……やっぱりこっちにいたか。
事の発端となるブレブとオークの村を見つけた、これからの計画に利用させてもらう冒険者よ。
「知っているのか?」
「何言ってんだ。転移が出来て、あの仮面に黒衣といえば、魔王城で勇者と聖女を消したやつ以外にいるかよ!」
そうして、ざわめきと俺たちを見てくる視線がさらに強まる。
さて、いい感じにこちらに注目が集まった事だし、始めるとするか。
「フハハッ、フゥーハッハッハッハァー!」
高らかに笑いを上げて周りに声を響かせると、多くの冒険者が一瞬だが体をビクリとさせるのが見えた。
そこで笑うのをやめると、辺りに静寂が訪れる。
これで冒険者たちに声が届くだろう。
「初めまして諸君! ……まあ、そうではない者もいるかもしれないが。どちらにしても、私がどういった存在であるかは、今そこの冒険者君が話してくれた通りなのだが」
そうして計画に組み込んだ冒険者……クラウンとでも呼ぼうか。
クラウンに視線を送った後、捕まえている冒険者と共に転移でそいつの目の前に飛んでみせる。
「うげっ」
「あらかじめ言っておくが、このように逃亡は不可能だと思ってもらいたい。そして先程、諸君らの魔法を一掃した上で、私が勇者を語る冒険者をこの通りに扱える力を持つのは分かってもらえたと思う。その上でかかってくるようであれば何人でも相手になろう」
そうして冒険者たちに戦力差を思い知らせた後、俺は元の位置へと転移で戻る。
「さて、そこでだ。ここにその勇者と名乗る冒険者がいるわけだが」
俺は捕まえていた金色の鎧を着た冒険者の腕を引っ張り、眼前に移動させてから、膝の裏を軽く蹴り上げて地面に膝をつかせる。
そうして眼下に見えた、鎧の背面部分の首に近い場所に指をかけ、立つ事ができないように押さえつける。
突然の事に驚いただろう目の前の冒険者は、こちらに振り向くと、怯えた目でこちらを見てきた。
だがそれだけで、俺とした約束を忘れていないのか、声は出さないでいる。
「この者は必要以上に亜人や魔物といった者たちを痛めつけ、屠ってきた」
それから鎧を押さえつけたまま、空いている方の手で目の前にある冒険者の後頭部を鷲掴みにする。
「そして、それら同胞たちの怨嗟の声から生まれたのが私という存在である。そんな私の存在意義はただ1つ。そのような不届き者共をこの世界から消滅させる事にある! ……このようにな」
直後に異世界送還を発動させることで、ここにいる冒険者たちにそれを見せつける。
すぐに白の魔法陣が浮かび上がると、ようやく自分に何が起こるのか理解したらしい冒険者が焦りだした。
「おい、約束が違うじゃないか! 言うことを聞けば俺を逃してくれるって!」
「約束は守るぞ? きちんとこの世界から逃してやろうとしているではないか」
俺が手を離すと、直後に異世界送還が発動した。
「そんなーー」
そうして目の前から冒険者が消える。
すると同じタイミングでクロエが準備を終えたらしく、こちらに戻って来る。
これで時間稼ぎは終わりで、ようやく始められる訳だ。
それからすぐに経験値とスキルを獲得した所で、周りの冒険者たちに向かって近づいていく。
「しかし、これだけの数となると私としても少々面倒ではある」
「ひっ、やめろ、こっちに来るな!」
それにより1人の冒険者が逃げ出し始めると、それに続くように周囲の冒険者がパニックを起こし、こちらに背中を向けて脱兎のごとく走り始めた。
続けて次の行動を起こすために、他の者には見えていないだろうクロエに視線を送りながら、周囲に聞こえるよう声高に伝える。
「そこで……だ!」
俺の話に合わせて、視線を受け取ったクロエが小声で魔法を発動させる。
「視覚情報の交換」
そうして次の瞬間、
「おい。なんだこれ目が、目が!」
「視界が混ざって……」
「気持ち悪ぃ……」
背を向けて走り出した8割ほどの冒険者が、その場で連鎖的によろけて倒れていく。
倒れた冒険者は先程までクロエが準備をしていた魔法によって、左右の目から見えるそれぞれの景色が、その場にいる別々の冒険者2人が見ている景色と入れ替わっている事だろう。
片方は揺れ動き、もう片方は自分の意志とは違う方向へ曲がるなど、まともに立つことは難しいはずだ。
全員が目をつぶれば立つことも出来るかもしれないが、それでは森の中を歩くことも難しい。
それに対して、魔法の対象にならなかった2割の冒険者は1人を除いて、一度倒れた者たちを見たものの、すぐに森の方へと視線の先を向けて、逃走を図ろうとしている。
「まあ話は最後まで訊きたまえよ、捕縛の鎖」
そこで、相手をその場に縛り付けるために拘束魔法を発動させる。
目の前で展開した魔法陣から魔法の鎖が人数分だけ伸びだすと、クロエが魔法の対象外にした11人に追いつき、その場で体の一部に絡みつく事でこれ以上の逃亡を許さない。
「はっ、離せ!」
「頼むっ、ゆ、許してくれぇ!」
「何、話が終われば君たちを解放するつもりだ。無事に事を成せれば許しもしよう」
捕まってから魔法の鎖をどうにか外そうとして、もがいていた冒険者だったが、俺の言葉を聞いたところで即座に動きが止まる。
実に現金なやつらだ。
「ほ、本当だろうな。さっきのやつみたいにこの世界から解放する、なんて話じゃないだろうな」
「本当だとも、心配ならば言い直そうか? 話が終われば君たちをその鎖から解放しよう、その後は好きに逃げるといい」
すると、会話の途中でクロエが目の前に来て、指をある方向へと向ける。
話を続けながら目線をそちらに送ると、そこには自分の目の付近に手をかざしている冒険者の姿が見えた。
「……もっとも、そちらで倒れている者たちが、自分にかけられた魔法を解除しようなんて真似をしなければの話だが」
補助魔法を得意としているだろう冒険者が、クロエの魔法を解除しようとしていたようだが、俺の声に驚いたようにして体をはねさせると、手を顔から離す。
「うむ、聞き分けがよろしい。では話を続ける前に……追跡の証」
込める魔力に応じて追跡可能な距離が変わる魔法を、鎖で縛り付けた11人の冒険者たちを対象に発動させる。
それを、およその量として、この森一帯の範囲内であれば追跡が可能なだけの魔力を込めて魔法を飛ばした。
「今度は何っ……ひっ」
そこで魔法をかけられた事に声を上げた冒険者がいたので、その冒険者の目の前にあえて転移で移動して頭を左手で鷲掴みにする。
次に口元に人さし指を立てて静かにしろと、無言のメッセージを送る。
その動きでこれ以上喋れば何をされるのか理解したようで、即座に口を閉じて何度も頷いて見せてきた。
俺はそこで手を離し、元の位置に戻った所で話を再開する。
「さて、それでは話の続きだ。今の魔法は君たちが今いる森の中にいる限り、どこにいようが私に捕捉され続けるというものだ」
今度は魔法の鎖を引っ張る事で、11人のうち最も俺の近くにいた冒険者を手元に引き寄せる。
それから、手元に来た冒険者の背中にある魔法陣を指し示す。
「そこで、私に鎖で縛られた者たちが解放された後、私に捕まること無く1人でも森を出られたのであれば、この場に倒れている全員を森の外へと送り届けた上で見逃そうではないか」