24話 オークの村防衛戦4
すぐに森を出ると、2人のオークを中心にして赤い何かが周りを高速で回転していた。
それに対して結界側を陣取っている、十人程の武器を持った冒険者たちがそれに向かって攻撃しているが、赤い何かに武器が弾かれている様子を見せる。
「くそっ、だめだ!」
「次だ、次!」
そんなことを数の利を活かしてなのか、冒険者たちは交代で行っている。
しかし、ずっとそれを繰り返していたせいなのかはしらないが、見た限りでは半数以上の冒険者は息が上がっているようだ。
……それにしても、なんで攻撃を受けているオークたちはその中で座って談笑しているのだろうか。
「あら、森の方からの嫌らしい魔法攻撃が止んだけど、誰かが倒したのかしら?」
「ブレブとゴウガはあそこにいるし、アータとスウンの兄弟じゃないかな」
そしてどうやら、あの兄弟の名前はアータとスウンと言うらしい。
名前を思い出すたびにあのやり取りを思い出してしまいそうなので、まあ明日には忘れているだろうが。
「おや、クロエさまからテレパスが飛んできたよハニー」
「え? ダーリン、何? それでこっそりと浮気してるんじゃないでしょうね!」
「そんな事してないよハニー!」
「うそうそ、冗談よダーリン。私の方にもクロエさまからテレパス来てるから」
「まったく、ハニーは冗談が上手だな。言っておくけど、僕はハニーひと筋だからね!」
「私もよ、ダーリン!」
茶番が始まり、最後に抱き合う2人。
あの兄弟とは別の意味で、もうなんと言っていいやら。
あの兄弟よりかはマシかもしれないが、もういい加減に腹いっぱいだぞ……。
俺の姿が見えているだろうクロエの方を向いて、こいつらを指差す。
すると察してくれたようで、クロエが2人を止めてくれたらしい。
「おっと、叱られてしまったようだ。どうやら、あの方も近くにいるみたいだね」
「魔法も溜まったし、さっさとやっちゃいましょ」
ダーリンオークとハニーオーク……いや、ややこしいな。
夫妻オークはそこでようやく立ち上がると、残っていた前衛職の冒険者たちに向き直る。
すると、先程まで回転していた赤い何かが速度を落として姿を現した。
それは赤い半透明の盾の形をしていて、それが複数中に浮かび、夫妻オークを守るように囲む形で存在している。
「お、止まった。ようやく魔力切れしたか?」
「後衛から魔法も飛んでこないみたいだから、囲め!」
状況が変わったことに気づいた冒険者たちは、背後からの魔法による自爆がないと考えたようで、結界側に固まっていた陣形を夫妻オークたちを囲む形に変化させる。
「おやおや。何かを勘違いしているみたいだけど、僕の魔力シールドはハニーを守るのにもまだまだ余裕さ!」
するとなにやら、夫オークは自分から能力を相手にバラし始めた……。
彼には魔力を物質化出来る『魔力固定』のスキルを与えた。
それを本人の言う通り、今回は盾という形で作り上げたのだろうな。
「うーん、でもどうしましょ。このままだと人間たちは消し炭になっちゃうわよ?」
そんな妻オークの言葉を戯言と取ったのか、1人の冒険者が笑い出す。
「ははっ、はははは! この豚、何か言い始めたぞ!」
「やっぱり、俺たちの攻撃で魔力はもう限界みたいだな!」
「チャーシューにしてやるぜ」
そうして、次第に他の冒険者にも笑いが広がっていった。
そんな時だった。
妻オークが右手を上げ、空に手のひらを向けた次の瞬間。
そこから轟音を上げて、炎と稲妻が混じった炎雷が空に昇っていった。
冒険者はその光景を見るなり、笑うのをやめて閉口する。
「ふぅ、ちょっとスッキリ。魔力ならあなたたち人間から貰ったのがたっぷりあるわよ?」
妻オークに渡したスキルは『魔力吸収』で、先程まで火球と稲妻の集中砲火を受けていた分を吸収していたのだろう。
それを放出した結果、今のような攻撃になったと思われる。
「それでどうする?」
妻オークが手のひらを冒険者に向けると、その方向にある盾の1つが呼応したように横にずれる事で発射口と化すと、途端にその進路にいるだろう人間たちが逃げ腰になる。
するとそこで、冒険者の1人が声を上げた。
「そうだ、お前ら。もう一度結界の方に移動しろ! あの威力じゃ結界ぶち壊した上に村も巻き込むだろうから、さっきのは撃てないだろ」
「おお、ナイスアイディアだな!」
「へへへ、どうよ? 守っていた村ごと俺たちを撃つか?」
「ハァ……」
それを聞いて、ため息を付く嫁オーク。
冒険者たちはその様子に行けると思ったらしく、笑いを浮かべると、
「ダーリン」
その嫁オークの一言の後で、引きつった笑いに変わった。
「任せてハニー」
そうして答えた夫オークが魔力固定で作り上げたのだろう、人間が何人も入れるような、赤い半透明の大きな筒が穴が横向きになる形で出来上がる。
それは夫妻オークを始点に地面に円を描くようにして筒を伸ばすと、途中で冒険者たちを筒の内部に閉じ込めた後、空に向かう形で螺旋を描くようにして出口を上に構えている。
最後に夫妻オークのそばにある入り口を、人は通れない大きさだが先程の魔法は打てる、という具合に入り口を小さくして、逃げ道を塞いでしまう。
「さて、ここから私がさっきのを出すと、どうなるかしらね?」
実際にはあり得ないだろうけど、火口内部が螺旋状に地下まで伸びている火山みたいなものだと考えると、噴火に見立てて発射された魔法は中を通って、その内部にいる冒険者は消し炭。
内部を回った後で、結界に当たること無く攻撃は上空に抜けると。
「うあ……」
「ああああ、やめろ。いや、やめてください!」
「に、逃げ道は……」
同じような事を冒険者連中も考えたのだろう。
口を開いて呆然と夫妻オークを見つめる者、命乞いを始める者。
何か打開策はないかと辺りを見回す者など、反応は様々だが、今ごろ冒険者たちはこぞって青い顔をしているのだろう。
赤い半透明のトンネルのおかげで、俺からは赤色にしか見えないけどな。
「武器を捨てるなら、命だけは助けてあげる」
妻オークのその言葉に、冒険者たちが顔を見合わせてから頷き合うと、すぐに返事が返ってくる。
「わかった、捨てるから撃たないでくれ!」
「物分りが良くて助かるよ。君たちの横に穴を作ったから、そこから捨てるといいさっ」
そうして出来た小さな横穴から、次々と武器が冒険者たちの手によって外に投げ出される。
どうやら、これでここの戦いも終わり。
結果を見れば、この2人はほとんど守っていただけだが、双方に一番被害を与えずに戦闘を終わらせたという意味では一番だな。
さてと、これで強化したオークたちは一通り見たな。
ブレブとゴウガも見れば戦闘を終えているし、あとは後片付けだな。
もっとも、こちら側でいえばの話だが。
推測に過ぎないが、まず間違いないだろう。
それに、倒した冒険者を集めれば自ずと分かることだ。
『隠遁』のスキル効果を解除して、仮面をつけた黒衣姿を晒した俺は、戦っていたオークたちと共に、倒した冒険者たちを1箇所に集めた。
冒険者に関しては縄で縛ったとしても力ずくで切られるだろうから、夫オークの魔力固定のスキル効果で簡易的な牢屋をいくつか作ってもらい、そこに放り込んだ。
その作業を終えたところで突然、クロエにテレパスで話しかけられる。
『ねえ、リア。なんだかおかしくない? あ、オークのみんなにも聞こえるようにしたから聞いててね』
『え? なにがおかしいのクロエお姉ぢゃん』
どうやらクロエもあの事に気づいたらしい。
牢屋の連中に聞かれると不味い内容もあるから、テレパスを使ったのはいい判断だな。
『クロエも気づいたか』
『リアも? えっとね、私たちが確認した限りでは、森に入った時点で冒険者は100人以上いたはずなんだけど……』
そうブレブにも分かるようにだろう、クロエが疑問を聞かせた。
『ああ、ここにいる冒険者は50人行かないぐらいだから、半分もいないだろう。それにいくら相手が強化していないオークを前提にしていたとしても、支援や回復を行える冒険者が1人もいないのは不自然だ』
ここにいるオークたちが倒したのは、正面から向かってきた近接を得意とする者と、森の中から魔法を飛ばしてくる魔法使いのみだった。
『それに何よりも』
俺が推測にもかかわらず、間違いないと断定した理由。
それは簡単な話だ。
何故なら絶対にここにいないといけない人間。
つまりは、
『ブレブと村を発見したと俺に言ったやつが、依頼を受けたにもかかわらず、ここにいないからな』
『それって、もしかして……』
そう、あの冒険者がいないのだ。
急に当日に予定が入って来れなかった、なんてことも普段ならば考えられるが、今回に限って言えば、それはあり得ない。
その理由に関係した話だが、今回のオークの村防衛戦において2つの計画を立てた。
1つはオークの育成がどの程度のものか見るための戦い。
そして、もう1つは俺という異世界人を消す存在の宣伝。
あの冒険者はその計画内の後者の要素に加えていたために、森に侵入する冒険者の様子を見る時に姿を真っ先に確認していた。
だから、そいつが参加していないという線は消える。
となると、ここに攻撃職ばかりがいる理由とそれらを合わせると、考えられるのは、
『おそらくは別働隊がいる』
『ど、どうしようか』
依頼書を配ってた時にそんな事は聞いていないのでおそらくだが、ここへ向かう間にそういう作戦を立てたのだろう。
予想としてはオークを逃さないように挟み撃ちをする、といった感じでだ。
同時攻撃ではないのは、こちらに注意を向けさせるのが目的と考えると、おそらく今ごろはここの反対側あたりでオークたちを待ち受けているのだろう。
だが、自分たちの予想に反して、一向に村から逃げ出してこないオークたちにしびれを切らして、あちら側からも攻撃を開始する可能性が高い。
かといって、慌てて失敗でもしたら元も子もない。
『慌てるなクロエ。少々段取りは変わったが、やることは変わらないんだ。そう考えれば行けるだろ?』
それを聞いて、クロエは尻尾をぱたぱたと振ると、
「うん! ……あっ」
そう返事を声に出したことに気づいて、両手で口を抑えた。
「もう声に出して構わないだろう。それで、まずは加護持ちからだな」
「うん」
俺がそう答えた後で、クロエに連れられて、簡易牢屋の1つに近づいていく。
「情報開示」
そうしてクロエが牢屋を覗き込んだ際に、クロエの目の先に小さな魔法陣が浮かび上がる。
「えっと、あの金色の鎧を着てる人がそうみたい」
「わかった」
クロエの魔法で見つけた、『勇者の加護』のスキルを持つ冒険者を転移で外に出す。
牢屋の床に静かに腰を下ろしていた冒険者は、そのままの体勢で転移で移動してきたので、腕を掴んで無理やり立たせる。
そこで、外に出たことに気づいた冒険者が、こちらに期待したような目を向けて話しかけてきた。
「も、もしかして、俺を逃してくれるのか?」
「そうだな。逃げようとせずに、私たちに協力するのであれば最後にはそれを叶えよう」
声色だけでなく、口調も変えて冒険者の話に合わせる。
「本当か! 何に協力すればいいんだ? あ、そうだ。実はここから反対側を攻めてくる冒険者がまだいるんだ。そいつらの情報を教えよう!」
すると、聞いてもいないことをベラベラと喋りだした。
勇者の加護を持った冒険者はこんなのばっかりなのか?
今の所まともな勇者の加護持ちに会った試しが無いんだが……。
「はあ、そんな事はどうでもいい。こちらから要求する事は黙って私のやる事を見ていろ。ただ、それだけだ」
「わかっ……」
冒険者は言葉の途中で黙れと言われた事を思い出したのか、コクコクと頷いて答え直す。
「さて、ここはオークたちに任せて、私たちは行くとしようか」
そうして、オークたちが頷いたのを確認した後で、俺はクロエと1人の冒険者を連れて村の反対側へと転移を行った。