13話 魔王城侵攻4
ここからは再び、クロエのテレパスでサポートを受けながら進めていく。
『それじゃあクロエ、よろしく頼むぞ』
『はーい、映像で見てるから頑張ってね。と言いたいところだけどー』
『ん? どうした……って、なるほど』
何かトラブルでも起きたのかと思ったが、目の前の光景を見て納得する。
姿を見えなくしてから1つ目の部屋に転移すると、既に決着がついていた。
何匹いるのか数えるのが面倒な程にいるオオカミたちに囲まれて、ひざをついている剣を持った勇者っぽい見た目の冒険者。
次に見えたのは、尻もちをついている弓と杖をそれぞれ手にした女性の冒険者。
そして最後に、大の字に押し倒された形で腹の上に乗られている男女の戦士。
姿を現して、これを行った主の元へ向かうが、冒険者たちは息も絶え絶えで、急に現れた俺を気にする余裕もないようだ。
「おお、来たか。こちらは既に終わったぞ!」
ここでの相手は、オオカミと人を混ぜ合わせたような見た目をしている、ウェアウルフのウルガだ。
どうやら『眷属召喚』による物量攻撃で一気に制圧したようだな。
俺が冒険者達に近付こうとしたところ、召喚されたであろうオオカミたちが道を開けてくれる。
その間を通り抜けながら、クロエに声を飛ばす。
『クロエ』
『えっとね。その中だと、ひざをついてる人とわんこに乗られてる女の人がそうだよ』
クロエの言う通り、この中で問題視されている異世界人は勇者の加護持ちと女性の戦士。
その間を通って、標的の2人を異世界送還する。
「こんなはずじゃーー」
「いやっ、なにこれーー」
残りはこちらの世界の人間と、残しておいても無駄に危害を加えるような異世界人ではないため、チサトさんのいる、先程ユウトが戦っていた部屋へと転移させた。
「ありがとうウルガ、おかげで楽ができた」
「いいってことよ。おかげで久しぶりに体を動かせたからな! お前たちもよくやった」
「「「ウォオーン!」」」
一斉に部屋のオオカミたちが鳴くと、姿が光の粒子に代わり、溶けるようにして消えていく。
転移耐性を実際に確認するために、ウルガを呼んだ時に聞いた話だと、これは呼び出した時にいた、元の場所へと帰ったということらしい。
「それじゃあ次に行ってくる」
「おう、いってこい!」
さて、次は注意が必要だったか。
『クロエ、転移するタイミングの指示を頼む』
『うん、……今なら入り口付近は安全だよ』
『わかった』
そうして『隠遁』の効果を再発動させて、2つ目の部屋へと転移する。
すると直後に熱波を浴びることになった。
それもそのはずで、次の部屋に来ていた勇者パーティーの相手は空飛ぶ赤色のドラゴン。
巨大な口から炎のブレスを吐いて、向かってくる冒険者に浴びせているのが見える。
どうやらウルガの時とは違い、残りの部屋はどちらも勇者の加護持ちが2人いるために、少々手こずっているようだ。
人数は全部で5人。
後ろに魔法使いが2人いて、魔法を放つ姿が見える。
そのすぐ前で大楯を構えた戦士が、ドラゴンの発している炎のブレスから魔法使いたちをその熱から守っている。
となると直接戦っている2人が勇者の加護持ちだな。
「行け、氷の弾丸」
「落ちろ、重力の渦」
氷の弾丸がドラゴンへと飛んでいき、同時に飛んでいる相手の真下に茶色い魔法陣が浮かんで、そこにドラゴンの巨体が地面へと吸い寄せられる。
ドラゴンの近くで戦っている勇者の加護持ちは後回しで、まずはこっちからだな。
『クロエ、後衛からやるぞ』
『それなら、楯を構えてる人がそうかな。魔法使いの子たちは部屋の方にねー』
『了解』
転移で魔法使い2人をさっきと同じ部屋へと飛ばし、即座に大楯の戦士に触れて元の世界に送り飛ばす。
「えっ? なんだこの光ーー」
姿を隠したままのおかげで、すんなりと事が運んだな。
「は?」
「あいつらどこに行った!?」
そこで前衛の2人が、部屋から他の仲間が消えていることに気づいたようだ。
すると、その瞬間を隙と見たのか、ドラゴンが身を翻して巨大な尻尾で前方にいる2人を叩く。
「ぐっ!」
「うあっ!」
それにより2人は弾かれて宙を舞ってしまう。
そこでクロエからすかさず指示を受ける。
『あとはその2人が対象者だね』
『任せろ!』
俺は飛ばされた1人へと急接近して、受け止めると同時に異世界送還を行った後、床に放る。
「今、何かに触ーー」
そうした事で、残された最後の1人が俺の存在に気づいたらしい。
「まさか、見えない敵がいるのか!?」
だが今更気づいたところでもう遅い。
更に力が増したことで速度を上げた俺は、もう1人の背後に急接近して、その背中に触れたところで元の世界へと送る。
「なんだっていうんだーー」
よし、これでここは終わりだな。
『リアさっすがー!』
『これで残りは1部屋だな』
ドラゴンを見上げつつ、そうクロエに答える。
すると、空を飛んでいたドラゴンが地上に降りて来ながらも、赤く光りだした。
それは急速に小さくなって、人型になった後で光が失せる。
現れたのは先程のドラゴンと同じ、赤い鱗を持ったドラゴニュートのドラグニルさんだ。
今見た通り、ドラゴンに変化して戦うことが可能で、攻撃の多彩さが売りらしい。
「ふぅ、少し苦戦していたので助かりましたよリアさん」
「それはなによりだったな」
「残りはあと1部屋ですかな?」
「ああ、早速だけど行ってくる。ここよりも人数多いから急がないと」
「そうですな。ワシは先に戻って、お茶でもいただきながら健闘を祈っておりますので」
そうして、いよいよ最後の部屋へ。
『次で最後だね』
『ああ、最後までサポート頼むぞクロエ』
『うん、まっかせてー! ……っと。なんだかすごい周囲を見渡してる人間がいるから、多分転移直後に見つかると思うよ』
『わかった。やっぱり体を慣れさせておいて正解だったか』
『そうだねー。見てるから頑張ってねリア!』
クロエの報告から、見つかることを覚悟して部屋へと移動すると、猫の耳を持ったケットシーのニャルスさんが6人を相手取っているところだった。
「うおっ! 気をつけてください、やはり追加で透明の敵が現れたみたいです!」
「ニャ!?」
すると、報告通りに後衛にいる1人の冒険者に俺の存在が看破される。
「6人を相手取って、少なくとも勝ち目はないはずなのにあの余裕だったからな。注意をしていて正解だったな」
「ニャニャニャ!?」
冒険者の話している内容を聞く限りでは、どうやらニャルスさんが余裕の表情だったから怪しんだということだが、バレてしまったものは仕方がない。
まあ、戦っているのを見る限り、俺がいるからとかじゃなくて、単純に余裕なだけなんだろうけどな。
「あっちには俺が行く!」
「それなら、隠者の現出」
「さんきゅー、俺にも見えるようになった」
するとどうやら、俺のことが見える冒険者が仲間に魔法を使ったようで、魔法をかけられた相手の目に魔法陣が浮かび上がる。
それによって、スキルがなくても俺の姿が見えるようだ。
見たところ、全員に魔法をかけたようで、元々見える魔法をかけた本人を除いた、5人の冒険者全てに魔法陣が浮かび上がっている。
「これ魔力消費が多いから早めにね!」
その魔法も長続きはしないようだが。
まあ、長時間の使用が可能なら最初の戦闘時から使って、俺の事を早いうちに見つけていただろうからな。
「わかってるよ!」
そうして俺が見えるようになった冒険者1人が、こちらに向かって移動してくる。
それを見ていたのだろうクロエが、相手に俺の姿が見えていることに気づいたようだ。
『あっ、やっぱり見つかっちゃった?』
『みたいだ』
『じゃあ作戦通りよろしくね。ちなみに今向かってきてる人、勇者の加護を持った対象者だよ』
『ああ』
姿を隠すのは意味がないようなので、さっさと姿を現すことにする。
俺の姿を看破できるスキル持ちの冒険者を転移で飛ばしても、こういった補助魔法は術者が解除しない限り持続するからな。
力を得たばかりの今は力の調整に自信がなくて、最悪殺しかねないから、術者を攻撃して黙らせるというのも難しい。
そうなると味方に見えないだけのデメリットにしかならないからな。
そうして攻撃対象をこちらに変えた冒険者の動きを見ると、ここに来るまでに力を付けたおかげか、それが緩やかに見えるようになっていた。
俺は前方の相手に向かって地面を蹴ると、そのまま脇を抜けて相手の背中に触れる。
「なっ、早い! だが背中がガラ空、あっーー」
ガラ空きなのはそっちだったな。
この場から1人の姿が消えて、あとは前衛3人に後衛2人と。
見る限りでは、ニャルスさんは前衛3人の同時攻撃でも楽々とさばいているようだし、問題は無さそうだ。
先に近くにいる後衛から片付けることにする。
「後衛が不味いな」
「やらせるかよ……!」
それに気づいた戦士がこちらに駆け寄ってきた。
『その人は部屋の方にー』
彼はクロエの言うように異世界送還の対象ではないので、転移範囲に入ってきた時点で冒険者を集めている部屋へと送った。
それを見た後衛の2人は、若干逃げ腰になっているように見える。
すると、前衛の2人がそれに気づいたらしい。
「くっ、俺たちも守りに入るぞ!」
「わかった!」
背後からそんな声が聞こえてくる。
だがそれは気にしなくても良さそうだ。
「君たちは逃さないニャ!」
「邪魔だ!」
「ニャニャニャニャ、ニャニャニャア〜!」
人数が減ったせいなのか、武器同士がぶつかる事による、金属音の鳴る回数の頻度が急激に増えた。
2人はそれによって足止めされている様子。
『あ、気をつけて。魔法使いが動いたよ!』
『みたいだな』
クロエに言われたのと同時だった。
「くっ、来るな化け物! 稲妻」
後衛の魔法使いの頭上に黄色い魔法陣が浮かび上がる。
そこから魔法による雷撃が眼前から飛んできたので、床を蹴り上げて上空に飛ぶ事でそれを避ける。
今の俺なら、こんな避け方も可能になっているようだ。
「嘘でしょ……」
その光景に唖然とする魔法使いの女性。
「でも大丈夫。あいつはこっちに入ってこれないよ」
それに対して、もう1人の女性が魔法使いの女性の肩に手を置いて、落ち着かせている。
「それもそうだね! 動きが早いけど、空にいる今なら当てられる。速度低……消えた!?」
俺は魔法をかけられる前に、転移で2人の反対側へと移動する。
しかし、そのもう1人が自信たっぷりに言っていたように、結界のせいで転移を使っても中には入ることができない。
だがそれも問題ないだろう。
その場で拳を握って、結界に向かって殴りつける。
これまでに異世界送還してきたことで得た、急激に上昇した基礎能力と『剛力』のスキル補正によって、堅牢であろう結界にヒビが入る。
「そんな……」
そのまま何度も拳を打ち付けていくと、そのヒビが全体に広がっていき、ついにはクリスタルを叩きつけて割ったような、けたたましい音と共に結界が砕け散った。
『結界壊せたみたいだね』
『ああ、この2人は部屋に送るのであってたか?』
『うんっ、あってるよー』
結界のあった内部に侵入できることを確認して、この2人をチサトさんのところへと転移させた。
『あとは槍の人を部屋に送って、最後に対象者の剣を持った人で終わりだよ』
『クロエ、ここまで助かった』
『うん。それじゃあ、みんなで待ってるからねー』
それから戦っているニャルスさんの元へ接近して、転移の効果範囲内に入ったところで戦士の方を今の2人と同じ部屋へ飛ばした。
「残りは君1人ニャ」
「負けるか!」
勇者の加護を持った最後の1人である冒険者がそう言って、高速の回転切りを行う。
それを俺とニャルスさんは軽々と避ける。
その攻撃による隙をついて、俺は速度を上げて移動を行い、回転中である冒険者の背後に回って、肩に手を付けようと腕を伸ばす。
これで終わりだな……って。
「……おい」
「ニャニャ!?」
「へ?」
そう思った直後に俺、ニャルスさん、冒険者が三者三様にそんな声を上げることになった。
ここまで正体がバレる危険の無いように声を出さずにいたのに台無しだ。
まあ残ってるのは元の世界に戻す異世界人だけだから、それも問題はないのだが。
何が起きたのかと言うと、なぜか俺が冒険者の肩を触るはずだった手に、ニャルスさんが飛びついていた。
そこで、慌ててもう片方の手で、冒険者の回転切りを武器をつまむ形で受け止める。
そうして、自分の攻撃が受け止められたのを目にした冒険者が間の抜けた声を出す、ということがあったのだ。
「ご、ごめんニャ! あまりにも心奪われる速さだったから、一瞬野生に戻って本能で動いてしまったのニャ……」
わかった。
わかったから、とりあえず手を離そうか。
このままじゃ触れないし。
ニャルスさんに掴まれている腕を動かして、離れるように合図する。
「おわっ!?」
離れたところで、つまんでいる武器を横に引っ張り、冒険者のバランスを崩す。
そうして前のめりになったところを触れて、異世界送還を発動させた。
「っととと……何がーー」
そうして、部屋に居た冒険者の最後の1人が姿を消した。
一瞬トラブルが起きたが、どうにかこれで魔王城侵攻の迎撃も無事に終わらせられたみたいだな。
「ふう、ニャルスさんおつかれ」
「ニャニャッ! リアくん、今ので怪我したりしなかったニャ!?」
きちんと受け止めたし、特に問題は無かったな。
「平気平気。力がついたおかげでなんともないぞ」
「ほっ、それならよかったのニャ!」
「それじゃ、みんなのところに戻るか」
すると、玉座の間に戻ろうとしたところで、何やらニャルスさんがモゴモゴと言いにくそうにしながら口を開いた。
「あっ、その前にリアくんにお願いがあるのニャけど……」
お願い?
なんだろうか。
「なんだ?」
「……えっと。ちょっとでいいから、さっきと同じぐらいの速さで遊んで欲しいニャ。あれを見てから体がウズウズして堪らないのニャア!」
「ああ、そんなことか。少しだけだぞ」
そういうことなら。
まだまだ増えた力を扱うには慣れてなかったから、ちょうどいいしな。
数分ほど一緒に体を動かして、ニャルスさんが満足したところで玉座の間へと転移を行った。