12話 魔王城侵攻3
その言葉にユウトが驚愕した表情を浮かべる。
「なっ、何故魔王がこんなところにいるんだ! 4つの扉の先に待つ強敵を倒したら、魔王の玉座にたどり着くはずだろ!」
何故かと言えば、それは俺の仕業だからだ。
あらかじめユウトたちがどこの扉を通るのか確認した後で、転移でその先の部屋へと先回り。
元々この部屋で待ち構えるはずだった魔物を連れて玉座の間へ。
そこでアギトさんとその魔物が入れ替わる形で、アギトさんと共にこの部屋へと転移で戻って来ていた。
つまり、ユウトたちはどの扉を通ろうとも、魔王であるアギトさんと戦うことになるという仕組みだ。
「間違ってはおらぬよ? もっとも、玉座に魔王がいるとは限らんがね」
「ふざけるなっ! そんなもの邪道だ!」
「邪道で結構だ。我は魔王ゆえ、お前たちに合わせてやる道理もないのでな。さて、少しは回復したか?」
アギトさんが言うように、会話をしている内にユウトの荒かった呼吸が収まってきていた。
それを見て、アギトさんが笑うように息をついてから言葉を続ける。
「では続きを始めようか、なり損ないよ」
「舐めやがって!」
そうして再び戦闘が始まり、先程と同じようにユウトの姿が消えて、金属同士がぶつかるような甲高い音が何度も何度も響いてくる。
するとどういう事なのか、今度はアギトさんの体から白煙が昇りだした。
時間が経つにつれて音と共に煙の量が増えていき、薄っすらと空気が白色に染まる。
しばらく続いた軽快なリズムを刻むその音が鳴り止むと、ユウトの姿が再び現れる。
先程以上に消耗をしたらしく、全身から汗が流れ出ている様子が見て取れた。
「はっ、はっ、どうなってるんだその体は……!」
「やはりこの程度なのか。つまらん」
煙が上がるのとは別に、ユウトが最初に斬りかかった時と決定的に違う点。
それはアギトさんがユウトの斬撃を爪で防ぐことすら行わず、微動だにしないまま攻撃を受けていたというところだ。
煙はおそらく、剣とアギトさんの体がぶつかった時の摩擦によって生じたものだろう。
それでも傷をつけることは出来なかったようだが。
「まだだっ! まだ俺はやれるぞっ!」
そう言って、再びユウトの姿がかき消える、が。
「もうよい」
次の瞬間、アギトさんの前に現れたユウトは武器を持つ右腕を掴まれた状態で宙に浮いていた。
「くそっ、離せ!」
「……いいだろう」
アギトさんはその言葉に従い、放り投げる形でユウトから手を離す。
「持つのも面倒であるしな。ゆけ、罪人を縛る鎖」
そして、それと同時に魔法を放った。
ユウトを放り投げた先を中心として、四方に魔法陣が浮かび上がり、そこから4本の黒い鎖が現れる。
それらは左右それぞれの手に加えて、両足とその胴体を縛り上げた。
縛られたその姿はまさに、はりつけにされたと言っていい状態になっていた。
ユウトはどうにか脱出を図ろうと、体をひねるように動かしていたようだが、結局鎖を解くことは叶わなかったようだ。
「ちくしょう、ちくしょう!」
「終わりだな。……出てきてよいぞ、送る者よ」
どうやら戦闘は終わりのようだ。
アギトさんに呼ばれたので、姿を現す。
それから停止した3人の横を通って、ユウトに近づいていく。
「お前は」
そうして、ユウトに見える位置に立ち、姿を見せる。
「なんなんだ」
だけど、ユウトには目の前にいるのが俺とはわからないだろう。
何故なら俺は仮面を被り、服装も黒衣を身にまとって姿を偽っているからだ。
そうして、そのユウトの言葉に対して、アギトさんが俺の代わりに答える。
「こやつは送る者。貴様をこの世界から消す者だ」
「なんだと!?」
「ダンジョンで冒険者が1人消えたのは知っているな? そろそろ我々も本気で人間共に対抗しようと思ってな。貴様にはこの世界から退場してもらう」
そう言って、アギトさんが俺の方を見てくる。
俺はそれに頷くことで返事を返して、ユウトの肩に触れようとしたところで、突然ユウトがわめき始めた。
「やめろ! 俺は勇者だぞ! こんなとこで終わるもんか!」
側で騒がれたため、うるささに顔をしかめつつも、肩に触れて異世界送還の準備を行う。
そうすることで送還先の場所が頭の中に浮かび上がる。
ニホン……前に送り返した異世界人も同じ場所だったよな。
何か送られてくる人間に法則性でもあるのだろうか?
「……む、しばし待て」
すると何やら静止がかかったので、再び頷いてから発動はせずに、待機状態で一度離れる。
今なら転移の対象範囲から離れない限りは、いつでも送り返せる状態だ。
俺が離れたのを確認すると、アギトさんがユウトに話しかける。
「そういえば先程も言っていたな。確か『勇者の加護』を持った勇者だとか言っていたか?」
「そうだ、俺は勇者だからな! ……はっ。今の展開からして、これから覚醒してお前を倒すんだな!」
それを聞いたユウトは何を考えたのか知らないが、不敵に笑いだすと、そんな事を言い出した。
確かに本の物語なんかだと、そういう事もあるよな。
「ククッ、滑稽だな」
「笑っていられるのも今のうちだ、覚悟しろ!」
しかし、何かが起こる気配はない。
「無駄だ。貴様は勇者ではないのだからな」
「どういう意味だ!」
「どうやら『勇者の加護』は勇者に与えられるものと勘違いしているようだが、実際は勇者が与えた加護である」
それに対してユウトがアギトさんを睨むようにして、即座に言葉を返す。
「うそつけ!」
「嘘ではないと思うがな。現に我が持つスキルは『魔王』なのだから。もし貴様の言うことが正しければ、勇者と対の存在である魔王である我のスキルには『魔王の加護』とでも名前がついているのではないか?」
「ぐ……」
「それに実力差は明らか。本当に勇者であれば我と互角以上の戦いを見せるはずである」
それを聞いたユウトは言葉を詰まらせて、ただ相手を睨みつけるだけしか出来ないようだ。
言いたいことを終えたのか、アギトさんが俺の方へと向き直って口を開く。
「そういうことだ。待たせたが、もうやってくれてよいぞ」
許可が出たようなので、待機状態にしていた異世界送還を発動させる。
すぐにユウトの足元に白い光の魔法陣が浮かび上がり、ユウトが元いた世界への転移が始まる。
徐々に光が強まって、ユウトの体が光に包まれ、
「くそっ、くそっ、覚えてろよ! お前らーー」
そんな言葉を最後にユウトの姿がかき消えた。
……お別れだ、ユウト。
「……さて、そちらの者共も見聞きしていたな? お前たちにも同様に消えてもらおう」
その言葉の通りに3人へと近づいて、まずはマサトからだ。
異世界送還を発動させることで、マサトの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「おっと、もうよいな」
アギトさんが魔法を解除させたのだろう、マサトが動きを見せた。
「やめっーー」
だが抵抗する間もなく、その姿が光に包まれて消えた。
次はチサトさんだ。
彼女に関しては、ユウトやマサトのように敵をいたぶるといった行動はしていないが、『千里眼テレポート』というやっかいな力を持つために、可能であれば送り返したいということだったが……。
チサトさんの肩に触れた後で、首を横に振ることでそれを伝える。
「やはり無理か」
これで現状では彼女を元の世界へと送り返すことが出来ない、という結果が出た。
魔王城侵攻が開始される前。
作戦を立てていた時に、召喚や転移系のスキルを持つものは強制転移に抵抗を持っているという話を聞いた。
試しに『眷属召喚』を持つウェアウルフのウルガに転移を試したところ、転移が発動しなかった。
何でも、スキルを持っていると転移が不可能というわけではなく、転移をされてもいいという意志を持った場合は転移が可能。
なので、それを望んでいないチサトさんを異世界送還することは出来ないという事のようだ。
もちろんこれは想定の内なので、もう一つの計画の方で進めていく。
「ならば、そちらの聖女からだな」
アギトさんが固定の魔法を解除させてスノーが動き始めたのと同時に、俺が別の場所へと転移させる。
そうして残ったのはアギトさんとチサトさん、俺の3人になったところで、同じように魔法を解除されただろうチサトさんが口を開く。
「みんなを返して!」
「そうも行かぬ」
「だったら。どうせ私のことも消すんでしょ! 早くやりなさいよ!」
「それもやらぬ」
アギトさんはその両方の言葉に首を横に振りながら、チサトさんの言葉に答えた。
「え?」
「しばらくしたら4つの部屋の結界、及び入り口からこの部屋までに適応させている魔法妨害を解く。それからならば、転移系の能力で魔王城の外へ行けるだろうから、その後は好きにするとよい。……さて、移動をしようか」
俺とアギトさんは、チサトさんを残して別の場所へと転移する。
そうして誰も居ない広間へと転移した俺たちは、互いに向き合う。
「リア殿、無事に力は手にできただろうか?」
「はい、おかげさまで」
ユウトとマサトを異世界送還したことによる恩恵で、力が増すと同時に2つのスキルを得た。
『勇者の加護』と『剛力』、それに2人の得てきた経験値が合わさって、相当な強さになったはずだ。
「では、先程の異世界人の動き程度に抑えてゆくぞ。攻撃は負傷しないように手加減をするから、安心してやるといい」
すると目の前からかなりの速度でアギトさんが動き始めた。
ユウトと同等の速度ということだが、さっきはかき消えるようにして動きが見えなくなっていたが、普通に目で追えるようになっている。
そうして高速で移動しつつ伸びてくる手を防ぐ、というのを繰り返す。
要するに組手だ。
最初のうちは数手で体のどこかに触れられていたが、徐々に防ぎ続けられる回数が増えていく。
次に足の動きも加わって、同じ事を数度行う。
「……うむ、これならば防御に関してはおよそ問題ないだろう」
アギトさんのお墨付きを貰ったところで、今度はこっちが動く番だ。
『勇者の加護』によって全体的に強化された身体能力を駆使して、逃げるアギトさんの体に触れるというものだ。
もちろんアギトさんは本気ではなく、今度は他の部屋で今頃戦ってるだろう別の勇者の加護持ちの冒険者の力量に合わせて動いてくれている。
こちらはさして時間もかからずに、達成することが出来た。
もっともこっちの訓練は、うまく行かなかった時の保険だが。
「ありがとうございます、アギトさん」
「なに、これが終わった後でリア殿には本格的に動いてもらう事になるからな。それを考えればお安い御用だ」
「では、一度玉座の間に送りますね」
「よろしく頼む。これから3箇所連続で冒険者の相手をする事になるだろうが、まあ心配はないだろう。もはや城内にいる、どの冒険者よりもリア殿のほうが強い。なにより、触れてしまえばそれで終わりであるからな」
アギトさんを玉座の間へと転移で送り届けた後、残りの冒険者がいる3つの部屋へと向かう。