キャラバン護衛編 エピローグ
私の誕生日当日は、役場の人たちから就業後にお祝いをしてもらった。ディーちゃんがいないからと気を遣ってくれたのだと思う。
会場は、役場と隣接した冒険者ギルドの酒場を使ったので、他の冒険者の人も混ざって、とても賑やかだった。
ベテランっぽい風体の冒険者の人が、成人のお祝いだと、酒場でも割と良い方の葡萄酒を買って注いでくれた。奮発してくれたことが分かるだけに申し訳なかったけれど、初めて飲んだそのお酒は、私の口には合わなかった。
男の人が女の人にお酒を買い与えるのは、つまり、そういうことを狙っているのだと、同僚のイースさんが耳打ちしてくれた。うまく躱す方法はないか聞くと、貰った酒が気に入らないと伝えるといいらしい。実際、私的にも美味しくは思えなかったし、素直な感想を述べればそれだけでお断りになるだろうと冒険者に葡萄酒の感想を伝えると、ガックリと肩を落として去っていった。ここでがっつくような態度を取るのは恥という価値観なのだそうだ。逆上されたら敵わなかったので、その紳士的な価値観は非常に助かる。
しかし、これはその男の人が袖にされただけに過ぎず、別の男の人からまた別の酒を買い与えられるというループの始まりを意味していた。
早速、同い年くらいの冒険者が背伸びをして買ったと思われるお酒を注いで私に供した。
参ったなぁ……。最低でも一口は毎度飲まないといけないとなると、いつか酔い潰れて、知らぬ間にOK扱いで宿屋に連れ込まれてしまうかもしれない。ディーちゃんのためにも、それだけはなんとしてでも阻止しなくちゃ……と、悩んでいると、さっきのは、未婚でかつ、相手もいない女性の断り方だったと、そのことを教えてくれたイースさんが、慌てて謝罪してくれた。私にパートナーがいたことを思い出してくれたらしい。そして、婚約者や、恋人がいる場合の断り方をまた改めて教えてもらった。
私はその言うとおりに行動する。
お酒の入った器を、注いだ相手の前に突き返し、一言言う。
「浮気は趣味じゃないんです、他をあたって下さい」
これは随分直接的なと思うけれど、これなら誠実さが見えて、断った方の嫁や旦那、恋人としての株が上がるからなのだそうだ。
この一言を聞いた冒険者たちはスッと蜘蛛の子を散らすように去っていった。
そして、顔なじみの冒険者がまたぞろやってきて席に座った。そういえば、さっきまで集まってた人たちは、顔を見たことない人ばっかりだった。いつもなら、私に相手がいることを知っているからああいう誘いはしないのに。
イースさんが私に伝える対応を間違ってしまったのは、そういうことだったのかと合点がいった。いつもの顔ぶれなら、私に相手がいることを知っているから、冗談や話のタネになっていただろうから。
「やっと特等席が空いたぜ。あいつら他所もんだから、シャルティちゃんのこと知らなかったんだなぁ~」
「他所者?」
「ああ、別の町から今日着いたみたいだ。大方、仕事終わりにえらい美人を見かけたから今夜の相手に落とそうとか、軽く考えてたんだろう。しかも結構若い子だから、相手もいないと思ったんじゃないのかねぇ。馬鹿な話だぜ。こんだけ美人なら貴族への奉公まで決まってるかもしれないってのに。無謀にもほどがある」
こんなことを言っている彼も、私をこの酒場で初めて見たとき、真っ先に口説こうと話しかけてきたことを私は覚えているんだけど、ツッコミ待ちなんだろうか?
「お前が言えたことじゃあねぇだろ! この中で一番最初に声かけて玉砕したお前がよお!!」
酒場に荒くれ者たちの笑い声が上がった。
「うるせぇよ! もういいだろ、何回擦るんだよその話!」
「笑えるうちは何回でもだよ! ガハハハハ!!」
よかった。どうやら本当にツッコミ待ちだったみたいだ。
「そんなことよりだ。我らがカンブリアの姫がついに成人ときたら、祝ってやらにゃ、この町の冒険者の名が廃るってもんだぜ! なあ!」
酒場の方々から野太い返事が上がる。
「まったく、こんなときに王都まで仕事に行ってるとは、土木娘も意外と薄情なもんだなあ!!」
「馬鹿お前!」
「ディーちゃんは残ろうとしてましたけど、私が行ってきてって送り出したんです。悪く言うのは止めてくださいね?」
大丈夫、さっきのはいつものジョークだ。いつまでもこんな発言に対してイライラしてたらキリがない。ほら、今も感情を抑えてちゃんと笑顔で返せたし、成長してるよ、私。……できてるよね?
「すんませんでしたぁああ!!!」
床に跪いて額を擦り付けて謝罪する冒険者の姿がそこにはあった。……あれれぇ?
心なしか、いつもの謝罪より真に迫っている気がする……。
「シャルティちゃん、いつにも増して、さっきのは凄味があったわねぇ。こう、静かな怒りみたいな? 笑顔なのに目が笑ってない、美人の怒りの笑顔ほど怖いものはないって今知ったわ、私」
イースさんが自らの体を抱いて震え上がっていた。
嘘でしょ……。こうなるなら、いつも通り普通に怒った方がよかったなぁ……。
そんなこんなで、その日は概ね楽しい誕生日を過ごすことができた。
そこでいいことも教えてもらったし、買えた。ディーちゃんが帰ってきたら一緒に楽しもう。
――それから三日が経った。
ディーちゃんたちはまだ帰ってきていない。
きっと、トラブルに見舞われて到着が遅れているんだろう。
怪我は、仕事上止む終えないだろうから、それはともかく、命が無事で帰って来てくれさえすればそれでいい。
「シャルティさん、この書類を隣の冒険者ギルドまで届けてもらえますか?」
「あ、はい」
町長に頼まれた、封筒に入った書類を手に冒険者ギルドの窓口へと向かった。
今日ギルドにいる冒険者は、三日前に声をかけてきた他所者さんばかりで、顔馴染みがいない。しかも昼間からお酒を飲んでいる。
ちょっと雰囲気が怖いなぁ……。早く渡して戻ろう。
「すみません、これ町長からの書類です」
「はい。お疲れさまです」
受付さんは封筒の中身を確認して、確かにと受け取った。
よし戻ろうすぐ戻ろう!
足早に役場の事務所内に引っ込もうとする私の進路を、お酒を持った大柄の男の人が塞いだ。三日前に私に高いお酒を買ったベテラン風な冒険者だった。
「また会ったねぇ、可愛いお嬢さん……ヒック! この間は断られちまったが、どうだい今度こそ? またお酒をご馳走してあげるよ?」
だいぶ出来上がっているようだ。でも何故だろう? 私にはもう相手がいるって知ってるはず――あっ!?
この人は相手がいない人の対応で断ったときにどこか行ったから、知らないんだ!
「あの、えっと、まだ仕事中なので……」
「そんなの待つよ~。お仕事は大事だからねぇ」
この程度じゃダメか……。なら――
「わ、私、もう将来を誓った人がいるので、あなたとはご一緒できません!」
ここまではっきり言えば――
「アハハハ! 誓ってるだけなんだろうぉ? これからいくらだって心変わりができるさ、今からでもねぇ――ヒック!」
「それはありえません。私のパートナーは世界で一番綺麗で可愛くてカッコよくて、あなたよりずっと強い。何より私、男性に興味ありませんので!」
手足が震える。怖い。お願いだから諦めて――!!
「それは、ヒック! 君が男を知らないからさ。君みたいな美人が男を一生知らないなんてもったいないよぉ〜。大丈夫、俺は初めてさんの相手でも上手だって評判なんだ。君もきっと男の魅力に気づいてくれるさ〜」
誰かと、周囲を見回して助けを求めるけれど、みんな目を逸らす。きっとこの人は、風体通りの実力者で、今ここにいる人たちでは止められないのだろう。
お酒を持つ方と反対の手で、腰に差した斧の柄を撫でるのが見える。
異変に気づき顔を出した町長や、さっき書類を渡した受付の人も、声を上げられずに狼狽しながら佇んでいる。
「本当に嫌なんです。お願いします、やめてください……」
声が震える。それでもと、絞り出して断る。
視界が、目を開けたまま水桶に顔を突っ込んだときみたいにぼやけ、頬を温かいものが伝うのを感じた。あ、私、泣いてるんだ……。
「あれれ泣いちゃった。俺、そんなに怖くはないでしょう? おかしいなぁ〜。俺の誘いに乗らない女の子なんて初めてだよ〜。ああ! 君のお相手も女の子なんだよねぇ〜? じゃあその子と一緒ってのはどうだい? それなら怖くないだろう? 大丈夫、二人相手でも満足させてあげるよ!」
男が斧を腰から抜いた。
もう、頷かないと殺される……。
いつも騒がしいギルド内がシンと静まり返っているのを感じる。
「わ、わか――」
「声が小さいぞぉ?」
斧の腹が頬に触れた。
「わ、わかり――」
その時だった。
バンと勢いよく役場兼ギルドの扉が開かれた。聞き馴染みのある声とともに。
「たっだいまー! シャルちゃあああああん!」
「ああん? なんだあ?」
男が機嫌悪そうに振り向く。
「ん?」
役場内の異変に気付いた彼女が――ディーちゃんが私の方を一瞥した。
助けを求めるように目配せすると、眉間にシワを寄せて男を睨みつけた。
「お兄さん、その子、私の連れなんだけど、何してるの?」
「んあ? あーあー! 君かあ! 何って、ちょっと食事のお誘いをしていたところさ。ちょうど君も一緒にどうかなって話していたところでねぇ〜ヒック!」
「へぇ〜。お兄さんの食事のお誘いってのは、武器を相手に突き付けてするんだねぇ。変わってるねぇ。そういう部族か何か?」
「これは、その斧かっこいいですねって言うから、近くで見せてあげているだけだよ。ねぇ?」
男の斧の腹が、再び私の頬に触れた。
ヒンヤリとした恐怖が背筋を伝い、目から大粒の涙が溢れ、呼吸が乱れる。
「――止めろ」
「なにかなお嬢さん? よく聞こえなかった。あー、大丈夫、君の席もベッドもちゃんと用意するよ。二人一緒に可愛がってあげるからね〜ヒック!」
「人の女に手出すなって言ってんだよ、酔っぱらいが!!」
強い怒気を帯びた声が役場中に響いた。
ディーちゃんがあんなに怒った顔を見るのは初めてかもしれない。怖いけど、とても頼もしくも感じる。
「てか、人の女って前にさ、泣いて震えてんでしょ? 嫌がってるってわかんないかな? 目ン玉ついてんの?」
「俺みたいなイケメンに声をかけられて悦んでるんだよ。これまで相手してきた女の子もみんなそうだった」
「……ふーん。その女の子たちは、みんなあんたと一緒にお酒飲んでたの?」
「そうさ。みんな仲良く気持ちよくお酒を飲んで、意気投合してから朝まで愉しんだのさ」
「はぁ……。あっそう。もういいわかった」
「わかってくれたぁ〜? それじゃあこれから君も一緒に楽しもう!」
「そうだね。表出ようか? ここじゃ迷惑だし」
「開放的なのが好きなのかい? 大胆だねぇ〜」
男は、私から斧を離して、嬉しそうにディーちゃんの指示に従って歩き出す。それでもまだ私のことも諦めていないのだろう、肩に腕を回して、その無骨なごつごつした指で、二の腕をいやらしい手付きで触ってきた。
その様子を見たディーちゃんの表情が、先程よりも強い怒りの色を帯びているのがわかった。
移動中、私の腕を弄びながら、ディーちゃんにまで口説くような軽口を叩いていたけど、ディーちゃんは冷ややかな反応で心のこもっていない返事をし続けていた。
広場に出ると、荷車に載せていた盾を装備して男と対峙した。
ユニエラさんたちが何事かと、ディーちゃんの形相を見て困惑していたけれど、謎の男に肩を抱かれている私の状況を見て、すべてを察してくれたようだった。
どうやら、困惑しているのはこの冒険者も同じなようで、外に出て突然武装しだしたディーちゃんを見て目を白黒させている。
「飲みに行くんじゃないの? その後の一夜の過ちは?」
「そんなものないよ。お前はこれから一人で病院のベッドに行くんだよ!! ほら、ご自慢の斧を私にも見せてよ」
「え? あ、ああ」
渋々と斧を抜き、なんでディーちゃんが怒っているのか本当にわからないといった表情をしている。少なくとも、相手が怒っているということだけは分かる程度に酔いが覚めてきたようだ。
「抜いたね? じゃあ始めだ――」
「え!?」
ディーちゃんが見るからに鈍重そうな見た目と反した機敏な動きで、男へと跳躍し殴りかかった。
男は私から手を離して反射的に後方へ飛び、ディーちゃんから距離を取った。
入れ替わるようにディーちゃんが私の目の前に着地する。
「怖かったよね、シャルちゃん。遅くなってごめんね。待ってて、今からあいつ半殺しにするから」
そう言うと再び男へ向かって跳躍した。
「救助ですわ!」
ディーちゃんが去ってすぐに、ユニエラさんに抱きしめられた。
「お怪我はありませんか、シャルティ様?」
「あ、はい。それは、大丈夫です」
ユニエラさんの腕の中で落ち着きを取り戻している間に、金属同士がぶつかる鈍い音が数度広場に響き、その後、砕け落ちる音とともに爆発音と野太い悲鳴が上がった。
音の発生源に目を向けると、霧散していく白煙の中、仁王立ちするディーちゃんに見下される形で、肘から先が千切れて無くなった右腕を押さえ、両膝をついて蹲る男がそこにいた。
彼が持っていた斧は、刃は砕かれて周囲に散らばり、その柄は、千切れた腕の先の手が握ったまま石畳に転がっていた。
「他人の女に手を出そうとしたらどうなるか、よく分かったでしょ? ゆめゆめ忘れないようにね?」
「はい……ごめんなさい」
「あ、あとお酒。止めようね?」
「……はぃ」
「やめようね?」
「はい!!」
男の返事を聞くと、ディーちゃんはこちらを向いてニコリと笑った。
私の知っている、大好きな笑顔だった。
「ディーちゃああああん!!」
私は、せっかく落ち着いてきていたというのに、その笑顔を見た瞬間に、緊張の糸が切れたのと、安心と、それまでの恐怖がまたぶり返してきて、泣きながら彼女に抱きついた。
ディーちゃんは飛びつく私を受け止めるために、急いで腕から盾を外した。重厚な音が響く。
久しぶりのディーちゃんの腕の中で、彼女の温もりと匂いを感じる。
「本当にゴメンね、シャルちゃん。危ないところだったね。間に合ってよかったよ」
そしてこの声だ。どんなに辛いことがあっても、この声さえ聞ければ乗り越えられる。そう感じられる。
ディーちゃんが抱きながら私の頭を撫でてくれる。それが、ディーちゃんに全身を包み込まれているみたいで、とても安心する。
――大好き。
そうして抱き合って、ディーちゃん成分を補給していると、騒ぎというか、ディーちゃんの盾の音を聞いた騎士団が、遅まきながら駆けつけてきた。
騎士団の人たちは、状況を把握すると、冒険者同士ではよくあることだと、慣れた様子で男の人を連れて行った。
事情を尋ねられたディーちゃんは、きっぱりと言った。
「婦女略取、暴行未遂の現行犯なんで、天誅を下しました」
身分証として首から下げたドッグタグを騎士団の人に見せると、納得したように去っていった。ちらりと私とお揃いのネックレスが見えて、なぜか少し嬉しいような誇らしいような気恥ずかしいような、そんな気分になる。
「シャルちゃん、顔赤いよ? まさかあいつに何かされてた!?」
「違うよ、大丈夫。ディーちゃん成分が足りてきただけ」
「そっか、私成分が溜まってきたのか。ならよし! 私ももう少しシャルちゃん成分ちょうだい!」
頷くと、ギュッと少し強めに抱きしめられた。
そこで、なんだかおかしくなって二人で笑った。
後で聞いた話によると、あの冒険者は、上級魔法薬 (一本金貨十枚!?) を飲んで、千切れた腕をくっつけて退院したらしい。その後はお酒を勧められても顔を青くして断るようになったそうだ。
彼は、他の町のギルドからの情報によれば、もともと腕は立ち、人柄もいい人だけれど、お酒が入ると、持ち前の柔和な物腰のまま、武器で脅して女性を食い物にするという酒癖の悪さのある人で、ギルドでも対処に困っていたそうだ。でも今回の件で、精神的に酒を受け付けなくなり、心配が要らなくなったと、ディーちゃんが感謝されていた。今、彼は、被害者の女性たちと向き合って罪を償おうとしているみたい。
彼が新しい仕事を受けて町を出る直前、私の方にも謝りに来て、とても申し訳なさそうにちょっといいお菓子をお詫びの品として手渡してくれた。
今日のところは、仕事を早退させてもらえることになった。もう大丈夫だと伝えたけれど、念の為と同僚の皆に背中を押された。
帰りにギルドの脇を通るときに、受付の人と、あの時その場にいた冒険者さんたちが謝罪に来た。
ディーちゃんは少し怒っていたけれど、私は気にしていないからと宥めた。実際問題として、手出しできる人があの場にはいなかったのだから仕方がない。
外に出ると、ユニエラさんと見知らぬ小さい女の子が手を繋いで待っていた。
ロアさんとアイさんは一足先に帰ったそうだ。一言挨拶しておきたかったけれど、この町にいる間なら、すぐ会えるだろうし、また今度にしよう。
「ゴメンね、ディーちゃん、ユニエラさん。帰ってきて早々、面倒事に巻き込んじゃって……」
「何言ってるのシャルちゃん。向こうが絡んできたんだから、シャルちゃんは被害者でしょ?」
「そうですわ。シャルティ様も巻き込まれたに過ぎませんもの、謝る必要などありませんわ」
二人にお礼を言い、家路に就いた。
道中で、今回受けた依頼中に起こったことや、今、自然とユニエラさんとディーちゃんの間に陣取って手を繋ぐ謎の女の子について話を聞いた。
女の子――リヴィちゃんについてはよくわかった。こんな見た目だけど、私と一つ (今は二つか) しか歳が違わなくて、身寄りがなくて、男性恐怖症で、克服するためにその間ディーちゃんが一緒にいてあげると……。
つまりこれは――
「旅先でまた一人女の子を誑かしてきたってことだね!!」
私が笑顔で意地悪い冗談を言うと、ディーちゃんが慌てふためき弁明を始めて面白かったので、溜飲が下がった。この件はこれで許してあげることにしよう。
目の前で両親が辱められて殺された女の子の心の傷を癒やすためなんて、優しいディーちゃんらしいと言えばらしいし。それに、こういう子は私も助けてあげたい。生活は少し厳しくなるかもだけど、必要経費として受け入れられる。
でもやっぱり、居住スペースのことについては、もう少し考えてから決めてほしかった。あの寮、二人でも結構手狭なんだから。
そしてもう一つ。大事な話があった。
ユニエラさんとディーちゃん、二人の関係についての話だ。
二人の話を聞いたとき、特にショックは受けなかった。
まぁ、初めて二人を見たときから、ディーちゃんはアタックをかけてきてるユニエラさんのことを本気で嫌がっていないなって分かってたし。絶対好きだよこの子って思ってた。
ユニエラさんは、そんなディーちゃんの内心に気づいてるのかいないのか、邪険にされても食いついていくのを見るに、仮に本気で嫌がられても諦めなさそうな子だろうなとは思った。
あと、ディーちゃんを好きになるってところが分かってるなとも。うちの村の男どもよりずっと見る目がある。
才色兼備、良妻賢母を絵に描いたような最高の女の子だからね! しかも今は最強の冒険者だし!
キャー! 私こんなすごい人に愛されてるなんて幸せすぎる!!
――おっといけない、脱線した。
私の好きな人を好きだと言ってくれる人が身近にいなかった生活が長すぎて、ユニエラさんのディーちゃんへのアタックを見てると微笑ましくなって――いや、記憶を美化しすぎだ私。初対面のときは普通に嫉妬してたし、意地悪もした。歯牙にもかけられなかったけれど……。
別に、二人がキスしたとか、一緒のベッドで眠ったとか、そんな普段の私たちがしているようなことで動揺するほど私の心は弱くないし。
焚き火がうっすら照らすロマンチックな雰囲気で、他の冒険者の喧騒をよそに、二人だけの空間で静かにキスをするとか、そんなシチュエーション、全然羨ましくなんかないし!!
私だって夕日差し込むディーちゃんの部屋で、泣きながらおねだり慰めキス何回もしてもらったし!!
そういう惚気話をして自分の嫉妬心でマウントを取ろうとしても、ユニエラさんは素直に羨ましがって、とても良い思い出ですわねとウットリとした表情をした。
はぁ〜。こういうところなんだよねぇ……。悔しいけれど、ユニエラさんのこういうところが好きだ。嫉妬したくてもしきれない。だって、そこにはなんの裏もない、純粋な祝福しかないから。張り合おうとしていた自分がみじめに思える。
だからこそ、ディーちゃんがこういう人を好きになってくれて良かったとも思う。
だってそうでしょ? 私みたいなのが二人だったら、マウントの取り合いで絶対ギスギスしてた。
ユニエラさんの素直さが私の毒気を抜いてくれるから、きっと私たちは上手くやれる。私から毒を抜いたら、ディーちゃんのことが大好きな女の子が二人残るだけだからね。
リヴィちゃんを入れたら三人かな?
でもディーちゃんは、ユニエラさんのときと違って間違いなく、リヴィちゃんのことをそういう目で見てないし、リヴィちゃんも現状はそういう風には見えない――って、駄目だ私! そんなモノの見方ばっかりしちゃ! リヴィちゃんのことは私も助けたいって思ったばっかりなのに。
なんだろう、最近こういうこと考える時間が増えてる気がする……。
独占欲、なのかな?
それならディーちゃんとくっついていればいずれ収まると思うし、ディーちゃんが居る間はできるだけ甘えておこう。また数日とか一週間とか家を空ける仕事に出るかもだし。
――そこにはきっと、ずっとユニエラさんが一緒なんだろうなぁ……。
「シャルちゃん、どうしたの? 家着いたよ?」
「え!? あぁ、うん。ゴメンね、ボーッとしてて」
考え事をしていたらいつの間にか家に着いていた。ユニエラさんも既にいなくて、どうしたのかを聞いたら、途中で別れたときに私も挨拶していたという話だった。何も覚えてない……。上の空で挨拶したってことだ、失礼なことしちゃったなぁ……今度会ったら謝らないと。
「やっぱり、私とユニエラちゃんのこと気にしてるよね?」
「気にならないって言ったら嘘だけど、意外とか、ショックとか、そういう感じじゃないかな?」
扉の鍵を開けながら答える。
「ただ――」
「ただ?」
「仕事するたびに一緒だと、私より一緒にいる時間が長くなるんじゃないかなって――ぁ……」
秘密にしておこうと思っていた本心をうっかり口にしてしまった。
感じ悪いよね、こんなこと言うの……。ディーちゃん、絶対嫌な顔してる……。
「あのね、違うのディーちゃん……これは――ッ!?」
恐る恐る、後ろにいるディーちゃんの顔を見るために振り向くと、ディーちゃんが、優しく抱きしめてくれた。
「ゴメンね、やっぱり不安だよね。でもねシャルちゃん。悪いのはユニエラちゃんじゃなくて、間違いなく私の方だから、怒ったり妬んだり恨んだり、そういう黒くてもやもやする感情が湧いてきたら、今みたいに全部私に素直にぶつけてほしい。私がいないときなら手紙でもメモでもいいし、書き溜めたものを私に投げつけるなりして。私はその全部全部を受け止めてあげるから!」
なんで嫌な顔一つせずにこんなことが言えるんだろう……。
確かに、二股をする決断をしたディーちゃんが悪いのはそうだけど、私だって二人くらいまでならいいよとか宣っていた。にもかかわらず、私に使う時間が減るのが嫌だと、ワガママを言ったのだ。しかも例えに出したのが仕事中の話。そこを引き合いに出すのは卑怯だ。
今の言い方はズルいと怒ってもよかったのに、むしろ全部言ってくれなんて、全部受け止めるなんて、ディーちゃんはどこまで私をこの『好き』という沼に沈めるつもりなんだろう……。
でもさすがにこれは人が好すぎると思う……。
「ちょっとお人好しすぎるとか思ってる?」
「顔に出てた?」
「いやぁ、流石に今のは自分でもそう思ったから」
「ゴメン、ディーちゃん。さっきのは、言い方がズルかったよね?」
「うん……。仕事で一緒になるのはしょうがないじゃんって一瞬思った。でも、そういうこと言っちゃうくらい不安になることを私がしたんだから、これもしょうがないなって飲み込んだ。……今言っちゃったけど」
ディーちゃんはクシャッと笑った。
「シャルちゃん、一つだけ反論していい?」
「なに?」
「私、仕事中も割とシャルちゃんのこと考えてる。実は、ユニエラちゃんと一緒のときも……」
「――!? とても嬉しい反論だけど、それは流石にロアさんやアイさん、それと特にユニエラさんに悪いから自重してください」
「はーい」
このいい加減な返事は、止める気無いな、ディーちゃん。
私と直接会えない時間分のバランスをディーちゃんなりに取ろうとしてくれてるってことなのかな? そういう、相手に実益の無い気の使い方する、ちょっと抜けてるところ……私的に可愛過ぎてズルい。大好きしかない。
――どうしよう、キスしたくなっちゃった……。
ちょっと離れてる今の姿勢から、私から抱きしめなおしてディーちゃんの耳を唇だけで噛んだ。二人きりでいるときのキスしたいというサインだ。
ディーちゃんも私の耳を同じように噛む。OKのサイン。
まず首筋に一回、次に頬に一回とキスをした。そして、お互いの鼻と鼻が触れる距離で見つめ合って、どちらともなく距離を詰めて唇を重ねた。
始めは軽く、唇を数度合わせる。
そして、舌を絡める深いキスをする。
お互いの唾液が混ざる音が聞こえる。
呼吸が荒くなっていく。
その音が、気持ちを昂ぶらせて、より激しく求めるようにお互いの口内を舐った。
「んぁ……ディーちゃん……もっと……」
「はぁ、はぁ……シャルちゃん……んん――ッ」
気持ちは天井知らずに高揚していった。
ああ、もっと、もっと欲しい――。ディーちゃん、ディーちゃん!
体の奥から、この人で満たされたいという想いが止めどなく湧き上がってきて、求めた先からもっと欲しくなる。
ああ、このまま押し倒されて、すべてを捧げたい――。
――あれ、今、私何を考えた?
「あ、あの……私、少し外に出てますね」
私の中にチラリと垣間見えた、自分でも恐ろしくなるようなドス黒い感情を認識する前に、可愛らしい声が割り込んだ。「「!?」」
その一言で正気に戻った私たちは、慌てて離れて、少しはだけた服などの、身だしなみを整えた。
「ゴメンね、リヴィちゃん。……えーと、お見苦しいものをお見せしました」
「い、いえいえ。私も、何も言わずに出ればよかったのに、お邪魔しました……。えっと、大丈夫ですよ! お父さんとお母さんも仲良くて、その……もっとすごいのも見ちゃったことあるので!」
何をぶっちゃけてるんだろうこの子は……。
自分で言っていて恥ずかしくなったのか、リヴィちゃんは真っ赤になった顔を両手で覆って呻き始めてしまった。
私たちが悪いのだから何かお詫びしなくちゃね。
「ディーちゃん。今日は夕飯、外で食べない? お仕事、無事で帰って来れたし、そのお祝い。リヴィちゃんの歓迎会と今さっきのお詫びも兼ねて、どう?」
「うん、いいと思う! でもあんまり男の人が多いと……」
「その辺は大丈夫。職場の人に、穴場を教えてもらったの。完全に男の人がいないわけじゃないけど、女の人の方が多いお店なんだって。しかも料理が美味しい」
「それなら行かなくちゃだね! お土産も調理してもらえるかな?」
「王都からのお土産?」
「そ。エビみたいな美味しい海の幸の干物だよ?」
「みたいなが、ちょっと気になるけど、楽しみにしてるね。調理してもらえなかったら、その時はその時でね」
「そうだね。味は覚えてるし、そのときは家で私がやるよ」
「え!?」
リヴィちゃんが驚いた。
「ディティスお姉さん、料理できたんですか!? こっちに来るときも、アイお姉さんがずっとやっていたのでできないのかと……」
「何でみんな私のこと料理できない人だと思うんだろうね……」
「ホントだねぇ。村で一番上手かったのにね。男の子たちもみんな出来ないって思ってたよね」
「ちょっと待って。一番上手だったのはシャルちゃんでしょ? 私は二番目!」
「えー? ディーちゃんの料理が一番美味しいよー」
「いーや、シャルちゃんのが一番美味しい!」
「ディーちゃん!」「シャルちゃん!」
「まぁまぁ、お互いがお互いの料理を一番って思ってるならそれでいいんじゃないですか?」
「そ、それもそうだね……」
「今のやり取りは大人気なかったね……ゴメンねディーちゃん」
「こっちこそゴメンね」
子供みたいな言い合いを一番年下の子に窘められてしまった……恥ずかしい。
「それじゃ、気を取り直して、ちょっと早いけど夕飯食べに行こうか?」
「その前に、ディーちゃんは着替えてきて。鎧で行くの?」
「あ、そうだった。ちょっと待っててー」
言うと、ディーちゃんは急いで部屋の奥に消えていった。そんなに慌てなくても待ってるのに。
溜息を吐きながら、私も大事なことを思い出した。
「あ、私も言い忘れてた。リヴィちゃん」
「はい?」
「これからよろしくね。それと、おかえりなさい」
「は、はい。た、ただいま……です」
少し気恥ずかしそうに、私たちの新しい家族は笑って答えるのでした。
お待たせして申し訳ありません。
これにて2章終了です。
また次も、よろしければお付き合いお願いします。




