キャラバン護衛編ⅣⅩⅧ
各々の荷物を全部持ち、ユニエラちゃんの屋敷を出て、いざ観光へ!
とは言ったものの、土地勘がまるでないのでリヴィちゃんに尋ねる。
「ごめんなさい、ディティスお姉さん。私、二区のことはよく知らなくて……」
「お肉?」
急にご飯の話されてもこちらも困惑してしまうんだけど?
「違いますわ、ディティス様。王都二区。私たちが今いるこの区域のことです」
「え!? あ、あーあー。わかってるわかってる! 区域ね! 冗談だよ冗談」
「はぁ〜。そういうことにして差し上げますわ」
お見通しですよね、分かってました……。
すべて見透かされているのが分かって、なんだかとても気恥ずかしくなって、居た堪れなくて俯く私なのでした。
「お前、耳の先まで赤いぞ?」
ロア君、デリカシー!
「うるさいなあ! それで、二区ってどういう区域?」
怒鳴った流れで少し乱暴に聞いてしまった……。
「照れ隠しで声が大きくなるディティス様、お可愛いですわ〜……ではなく、コホン! それでは、王都の区分けについて、歩きながらご説明させていただきますわ。まず――」
まず、一区。王都の中心部にあり、王城もここにある。王族と、公爵と侯爵、伯爵、近衛兵団とその家族、使用人が暮らす区域。その他、許可を得ていないあらゆる者は立入禁止だ。
次に、私たちのいる二区。子爵以下の貴族の家と地方貴族の別邸、騎士団本部、冒険者ギルド本部、商業自治区の出向所本部などがある。冒険者は自由に出入りでき、平民は許可を得た者のみ出入りできる。
そして、王都で最も広い区域の三区。すべての平民が暮らす区域。都外の人間も、王都内に出入りするための通行証を購入すれば、誰でも自由に出入りできる。随所に騎士団の詰所や冒険者ギルドの分所があり、治安維持や、細かな依頼の吸い上げを行っている。
私はここまで聞いて疑問に思ったことがある。
「ユニエラちゃんの家って、伯爵じゃなかったっけ? なんでお屋敷が二区にあるの?」
そう、大領主であるユニエラちゃんのお家、セイル伯爵家は一区に家があるはずではないのか、という疑問だ。
しかし、その疑問はとてもシンプルな回答で解消した。
「一区は堅苦しくて嫌なんですって、お父様」
あの豪放磊落そうな顔によく似合った理由だった。
もう一つ気になったことがあったのでそれも聞いてみる。
「近衛兵団と騎士団って何が違うの? あ、そういえば、魔族と戦ってるのは軍とも言ってたような気もするけど、それは?」
ユニエラちゃん曰く、近衛兵団は一区に住む貴族たちのみで構成されている騎士団の一部隊なのだそうだ。主な任務は王族や一区に住む上級貴族の護衛、国の式典の参列、儀仗など。組織のトップは、シウスさんのお父さん、騎士団長がしている。
そして軍とは、国内の騎士団、必要ならば冒険者や傭兵、自警団や国民も徴用し、まとめ、国外の敵と戦うために編成された戦闘集団のことだという。
「要するに、国内の治安を守るのが騎士団で、その騎士団を国内から集めて外の敵と戦うのが軍ってことね?」
「その通りです!」
「お前、そういうのはどこの村でも、読み書き計算と同じくらいの時期に習うだろ?」
「そうだっけ? 昔のことだからあんまり覚えてないや。興味もなかったし」
「お前なぁ……」
ロア君が呆れる横で、アイちゃんがモジモジしているのが見えた。
「アイちゃんどうしたの? トイレ?」
「ち、違うよ。あ、あのね。わ、私も、そ、そこら辺の話、お、覚えてなくて、ユニエラの、は、話に、か、感心してた……」
「お前も覚えてねぇのかよ!?」
「お、お恥ずかしながら……」
「仕方ないじゃありませんの。普通の女の子がこんなこと興味あるはずありませんもの。アイとディティス様を責めるのは止めてくださいまし!」
「えぇ……なんで俺が悪者扱い?」
「そういう役回りだからでしょ?」
「理不尽!!」
そんな談笑をしながらギルドでお金を下ろし、三区へ入り、リヴィちゃんの案内を受けながら観光を少しして、入ってきた門の近くの店で馬車と御者の手配をした。本来は護衛を雇う料金も必要なそうなのだけど、私たち自身が冒険者だから、その辺はまけてもらった。
私の盾が町中じゃ目立つし、嵩張るしで邪魔なので、メルコさんから買い取った荷車と一緒に置かせてもらった。その荷車をカンブリアまで牽くということで、大荷物として別料金を取られたのは言うまでもない。ぐぬぬ……。
夕方に出発する予約なので、その間にお土産と、道中の食料などの買い込みもする。御者は自分と馬の分の食い扶持しか持ってこないからである。
食料の買い込みついでに、お土産も何かないか物色する。食事もまだだから、どこかいいところがあればいいな。
あ、そういえば、王都は海沿いの町だから、海の魚の干物とかあったら食べてみたいって、シャルちゃん言ってたな。ここら辺、全然山の中って感じだけど、本当に海沿いの町なのだろうか?
「ねぇ、そういえば、海沿いの町って聞いてたんだけど、めちゃくちゃ山の中だよね?」
「ここは北側なので、そうですね。海があるのは南側です」
リヴィちゃんが答える。
「反対側かぁ……。それじゃあ、海の幸は望み薄かなぁ?」
「あ、でも、高速路があるので、海の物も王都内全土に行き渡ってますよ?」
高速路という耳慣れない単語をオウム返しで聞き返すと、リヴィちゃんが指を指しながら教えてくれた。その指は空中を示していて、目で追うと、橋のような構造物が見えた。
それは、王都の東西南北を結ぶ、馬車専用の陸橋型の道路なのだそうだ。一区や二区には、警備の都合で、接続する道路が一箇所しかないが、三区には八方位にそれぞれ接続する道路があり、広大な王都内の流通の根幹を担っている。
ということで、探してみると、ありました。今朝、海でとれたばかりの魚介類が並ぶお店が!
大きさも種類も、川のものとは段違い。見たこともないものばかりで目移りしてしまうけど、日持ちするはずがないので、大人しく干物を探します。
うーん、でも何が良いのかさっぱり分かんないなぁ……。こういうときはお店の人に聞くに限る!
近くのおばちゃんに話しかける。
「すみません、これからカンブリアに帰るんですけど、何かいいお土産ないですかね?」
「うちの店のって意味かい?」
頷く。
「そうさねぇ〜。カンブリアまでってことは干物がいいね。あ、これはどうだい? 大ぶりのいいのが入ったんだよ!」
おばちゃんが手に取ったのは、エビの胴を二つに割ったような形の干物だった。私の手首から上と同じくらいのサイズがあって、食いでも十分そう。でも、エビと言うには少し毛色が違うように見える。尻尾も無くて、それがあるはずの場所は鉤爪のような形で、怪我をしないようにか、先端は切り落とされていた。
「なんですこれ? エビみたいですけど、それとも少し違うような?」
「これはねぇ、王都の近海で穫れる、アノマロカリスっていう生き物の腕さ」
「腕なんですか!? 胴体じゃなくて?」
「ああそうさ。ちょうど、生のもあるから見せてやるよ」
そう言っておばちゃんは木箱を一つ持ってきた。中には湿ったおが屑が詰め込まれていて、とても水生生物が入っているとは思えない。
おばちゃんは、おが屑の中に手を入れて、一匹の珍妙な形をした生物を引っ張り出した。
体長は二十センチくらい。大きな目がカニのように迫り出ている頭。その頭の下から伸びるエビみたいな形の二本の腕。腕の内側は刺々していて、先端にも鉤爪がある。胴体は平たくて、その両脇に並ぶヒレが規則正しく、波打つように動いている。これでも小ぶりな方らしい。
こんな動物がこの世界にいるんだ。しかも食べられるの……これ。
恐る恐る指で突いてみると、背を仰け反らせて腕をワシャワシャ動かしながら、その根元にある丸い口をパカパカ開いたり閉じたりして威嚇してきた。気持ち悪い!!
「噛まれると肉を抉られるから気をつけるんだよ? 腕に捕まるのも棘が刺さって痛い。だけどまぁ、よく動く分、身が詰まってて美味いんだよこれが!」
豪快に笑うおばちゃんだけど、肉抉られるって、結構なものじゃん。笑い事じゃないよ……。
「このサイズならそんな高くないから、今捌いてやるよ? すぐそこの炉端屋で焼いてもらえるからね。オマケにウチムラサキも付けてやるよ! どうだい、味見がてらさ?」
値段を聞いてみると、一匹で銀貨一枚と銅貨五枚だそうだ。ちなみにさっき見てた腕だけの大きめの干物は、腕二本で銀貨二枚だという。うん、確かに、それと比べたら手頃……なのかな? でもまぁ、味を知っておくのは大事だと思うし、ぶっつけで買って味がそうでもなかったら、シャルちゃんも私もがっかりだしね。ウチムラサキが何かわからなかったので聞くと、ずんぐりとした二枚貝だった。それも付けてくれるって言うなら、よし、ここは買おう!
「まいど! 干物はキープしといてやるよ! 気に入ったら戻ってきな、お嬢ちゃん!」
話しながら、おばちゃんが慣れた手付きでアノマロカリスを捌く。
まな板に、腕を下側にして乗せ、包丁の柄で頭を強く叩くと、動かなくなった。
あとは、ひっくり返して腕を切り落とし、ハサミで棘を切除、内側から半分に割る。これで干物と同じ形になった。
胴は、ヒレをハサミで除いて、口から包丁の刃を入れて半分に割った。
捌いたそれらを厚手の紙と紙袋で包装して、オマケのウチムラサキも、なんと人数分袋に投げ入れられて、はいよ! と威勢よく手渡してもらった。
お礼と一緒にお代を払い、受け渡しする。ちょっとお金は多めに渡した。貝は多くても二つくらいだと思ってたし、気持ち気持ち。
おばちゃんの、擬音が多い道順案内に従って歩くと、活気のある声が、いい匂いとともに響いてきた。こんな朝から炉端焼きのお店がやっているんだと感心しながら声と匂いを頼りに進むと、朝の漁を終えた漁師と思しき屈強な男たちと、なんの仕事してるかもわからない飲んだくれ、冒険者と思われる人などが朝っぱらから酒を酌み交わしていた。
うわぁ、来るところ間違っちゃったかなと、一同不安に思いながら、お店に入る。
リヴィちゃんがむさ苦しい男たちの脇を通る恐怖で震えていたので、しっかりと手を繋いであげた。入るのを止めるか聞くと、これも訓練ですから行きますと青い顔で答えた。健気な子だよ……。
「いらっしゃい! 外の席は埋まってるから、中の席でゴメンね! 好きなとこ座って!」
おじさんの威勢のいい声で迎えられた。
外とは打って変わって、中は意外と人がいなかった。これは静かでいいと思ったけれど、その理由はあまり時間を置かずに理解できた。
中は常に炭火で暑い。そう、みんな暑いから外の席に出ていたのだ。
とりあえず一番大きい席にみんなで座る。中で食べる人は、お酒以外の飲み物が無料だそうな。これはありがたい。ありがたついでにオススメのものを適当に頼んだ。
席は、テーブルの中央が囲炉裏状になって、灰が充填してある。見渡すとどれもそうなっていた。
店員さんが炭火を持ってきて、その灰の上に乗せた。なるほど、自分たちで焼く感じかな……?
「五徳と鉄板は机の下のスペースにありますので、お手数ですが、あらかじめ乗せておいてください。火の調節はご自分らでできないのでしたら、お申し付けください。こちらでやらせていただきます。お料理は、こちらで調理したものをお客様のお席まで運ぶか、材料だけお運びして、調理はお客様が自分たちでするか選べます。いかがなさいますか?」
火の扱いにも慣れているし、自分でやってできないことはないだろうけれど、せっかくの外食なんだし、ここはお店の人にお任せしようかな?
「調理したものを持ってきてもらう方で。あと、これ市場で買ったやつなんですけど、お願いできますか?」
紙袋を案内してくれた若い店員さんに手渡す。
「はい、持ち込みですね。他に食べたいものがございましたら、遠慮なく注文なさってください」
若い店員さんは、そう言い、店の中央のコの字型の焼き場に入った。
焼き場では、厳ついおじさんが三人で外の呑兵衛たちから上がってくる注文を捌いている。
焼き場の奥にもう一つ部屋があって、そこから食材を持った店員さんが焼き場へと運んでくる。
なるほど、下拵えはあそこでやって、こっちではもう焼くだけにしているのか。
私が持ち込んだ食材は、中を検められたら、そのまま焼き場へと運ばれて、すぐ調理が始まった。
自分たちのテーブルの炭火に少し灰をかけて、火力を弱めてから鉄板を乗せた。これで保温か、とろ火程度の火力になるだろう。
そこでタイミングよく、焼き場の裏の部屋から、飲み物を運んだ店員さんが到着した。なるほど、飲み物もあそこからなのか。
そこで事件が発生した。
運ばれてきた飲み物の中に、一つだけお酒があったのだ!
幸い? 犯人の目星はすぐついたので、目線を向けると、当人は悪びれもせずに朝っぱらからの飲酒について自己弁護を始めた。
「出発は夕方ですもの、抜けますわよ! お金だって当然自分で出します。それに、この香ばしい匂い……。肴にせず、飲まない方がむしろ失礼ではなくって?」
まぁ、当人がそれでいいと言うのなら、私には止める権利なんてないんだけどね、ユニエラちゃん……。実際この程度で酔う人じゃないし。でも、そういう人なんだなって目で見てるリヴィちゃんの評価までは、私の預かり知るところではないからね……。
なにはともあれ、乾杯をして待つ。ユニエラちゃん以外はみんな同じ飲み物のようだ。ライムとミントの香りが爽やかな、シュワッと口の中で弾ける甘目の飲み物。暑い店内でも清涼感を味わえる。口当たりも初めてなこれは何かと店員さんに興奮気味に尋ねると、お酒を使っていないモヒートという飲み物だそうだ。本来は、ラム酒が入るらしい。
この、口の中で弾ける感じは、話に聞いたことだけはあるソーダ水というやつだろうか? こんなところで口にするとは思わなかった。
「これ、ソーダ水ですわね。こんな物を無料で出して採算あいますの? 葡萄酒やエールより高いそうじゃありませんの……」
「「「「え!?」」」」
その言葉で一同が飲む手を止めた。
「やっぱりそう思うよな、身なりの良い嬢ちゃん!」
店主と思しきおじちゃんが、焼き場で手を動かしながら答えた。
「うちではほっとんど中で飲み食いするやつがいねぇから、まだ広まってねぇんだが、最近、うちの井戸からソーダ水が湧くようになってな、原価がかかんねぇのよ。んでまぁ、有効活用した飲み物を研究中なわけよ。お前さんらが飲んでるそいつもそれの一つだ。まー、おかげで水道引かなくちゃならなくなって、普通の水の方が高くなっちまったんだがな! ガハハハ!! あ、お上には内緒だぜ? 土地ごと持っていかれちまうからな」
なんと、この飲み物はこの店のオリジナルだったのか!? それにしても、バレたら土地ごと持っていかれるほどのものをタダで提供するとは、なんて剛気な店だろう。
「それは、ここのお店の味次第ですわね?」
冗談だと分かる語気でユニエラちゃんが吹っ掛けた。
「おっと、じゃあ気合い入れねぇとな。職を失っちまう! ガハハハハ!」
そしてそれに笑って返すおじちゃん。客商売を長年やってきた年季を感じる余裕ぶりだ。
ユニエラちゃんは直後、追加で食べ物と、モヒートのお酒の入ってる方を注文をし、店主のおじちゃんは喜んでと応えた。本当に味を見る気だよ、この子……あれ、さっきのは冗談だよね?
私たちの分を待っている間にも、店員さんは忙しなく、料理や飲み物を外に運んでは、空の容器を持って戻ってくる。店員さんが料理を持って前を通るたびに、いい匂いが漂ってきて、お腹の虫が鳴いた。
――そしてそのときはやってきた!
「はーい、お待ちどう様でーす!」
店員さんが熱々の料理を、私たちのテーブルの鉄板の上に乗せていく。
程よく熱せられた鉄板が、少し溢れた料理のソースや肉汁を蒸発させて、いい音と匂いを提供し始める。もうこの時点で美味しいとわかる。
アノマロカリスは、身が殻から外され、ぶつ切りになって香草と一緒に炒められ、自身の殻を器として再び収まっていた。赤と白の身に緑の香草のコントラストが見栄えする。
ウチムラサキは、殻のまま焼かれ、開いたところで片側の殻を外し、見たこともない黒い液体と、バターを一欠片乗せるというシンプルな調理。
初めて見る黒い液体について聞くと、海外から入ってきた調味料で、豆から作られているそうだ。名前は『しょうゆ』というそうな。
貝の汁としょうゆ、溶け出したバターの混合液が貝殻からグツグツと溢れて鉄板に落ちると、ジュッと音を立てて、なんとも香ばしい、食欲をそそる匂いが昇ってきて鼻腔を刺激する。
貝柱はアノマロカリス同様、キレイに殻から外されていて、既に食べるだけの状態になっているのも心憎い気配りを感じる。
ユニエラちゃんが頼んだ料理も運ばれてきた。一つは、アノマロカリス。調理方法は寸分違わず同じもの。みんなで食べるのには一匹じゃ少ないと思ったからだろう。大きさは、私が持ち込んだものより一回りくらい大きい……。
店員さんが火箸で少し炭を灰から出して鉄板の隅の方に寄せた。その部分だけ熱が他より高くなる。
そして、その工程の意味を私たちは理解した――
肉だ!!
骨がついたままの羊肉――ラムチョップが、一人二本換算で並べられたのだ! これから仕上げ調理をしようと! そういうことか!
味付けは下味に塩と胡椒だろうか。そして別容器で、香草バターを溶かしたもの。それを私たちの目の前で、これでもかと回しかけ、バルサミコ酢と蒸留酒も投入して蓋をした。この蓋の中で、肉が蒸され、ふっくらジューシーになりつつ、ソースの調理も行われていると思うと、もう今から、再びこの蓋が開かれる瞬間が待ち遠しい。
注文してくれたユニエラちゃんに感謝!!
おっといけない。本来の目的を忘れるところだった。
アノマロカリスがお土産にふさわしいか、その味見のために来たんだった。まずはそれをしないことには始まらない。
あの干物は腕のものだったし、腕の身を食べるのが順当かな?
フォークをプリッとした身に突き立て口に運ぶ。
見た目はどう見てもエビだけど、はてさて――。
「!? んんーー!! ……おいひぃ」
私がこれまで食べてきた川エビとは味の濃密さが違う。これが海の幸の味なの!?
フォークを刺すときから感じていた身の弾力は、噛むと、歯を押し返すよう。
噛み切ると弾けるように旨味が溢れ出て、口いっぱいに広がる。
一緒に炒められたのだろう、ニンニクとバジルの香りも後を追ってきて、より複雑な味に変化する。
「わ、私が今まで食べてきたエビは何だったんだ……」
「俺も面食らってるけど、あれはあれで立派なエビだったってわかったじゃねぇか。濃さの差はあれど、ベースは同じ味だ」
「ロア君……。そうだね、私たちが食べてきたエビも、ちゃんとエビだったんだね。なんかよくわからない水棲の虫じゃなかったんだね!」
「お二人とも、エビの味一つでよくもまぁそこまで感情を動かせますわね……。まぁですが、このお料理が絶品であることには同意できますわ!」
「海がない地域の人ってエビでこれだけのオーバーリアクションするんですね」
リヴィちゃんのそのセリフで、私とロア君は恥ずかしくなって我に返った。
見ないで、こんな田舎者丸出しな私たちをそんな好奇な目で見ないで!!
「と、というか、こ、これ。え、エビに近いけど、え、エビではないよね? そ、そもそも」
アイちゃん、それを言っちゃあおしまいなんだよ……。
「でしたら、ちゃんとしたエビも頼みましょうか、ディティス様?」
ほら、そういう気の使われ方しちゃうじゃん!
「お願いします!!」
「頼むのかよ!?」
その後も、エビとアノマロカリスの食べ比べに始まり、しょうゆという新天地の調味料の新たな風味を経由し、ラム肉の少し癖のある旨味をシメに頬張って、満足した私たちは、おばちゃんの店に戻って、キープしてもらっていたアノマロカリスの干物を買った。そのまま、おばちゃんの饒舌な営業トークの口車にまんまと乗せられて、他の干物やしょうゆを購入したのだった。
しょうゆは、魔法薬が入るような小瓶一本で銀貨三枚もした。さすが輸入品、高い……。ひょっとしてあの炉端焼き屋、おばちゃんとグルだったのでは? それなら商売が上手い……。思い返してみると、あの店に行く道中にも開店している料理屋はあったし、可能性は高いね。
しかし、口が上手いからって毎度毎度散財していたらキリがない。これからはもっとお金の使い方に気を配らないと……。養う家族も増えたことだしね。
まぁ、これは美味しいって自分の舌が知っているし、シャルちゃんにもいいお土産なったんだからと、今は納得しよう。
大事なのは同じ失敗を繰り返さないことだって、お母さんが言ってた。百理あるね。
それはそうとて、王都での用事はこれで本当に終わりだ。
いろいろあった今回の依頼だったけど、総じてみれば、楽しかったかな?
でも今は、早く帰ってシャルちゃんに会いたいって気持ちが大きくなってきた。
さて、日も傾いてきたし、良い時間だね。
買い残しが無いか最終チェック。
一同、問題なし!
点呼!
欠員無し!
かくして私たちは、カンブリアへの帰路の馬車に乗り込んだのでした。
さよなら王都、また来るね。今度はシャルちゃんも一緒に!




