キャラバン護衛編ⅣⅩⅥ
風呂上がり、私とユニエラちゃんとリヴィちゃん以外が、なんだか一仕事終えたみたいな爽やかな顔をしているのが納得いかない私です。
くそぅ、あんな声、まだシャルちゃんにも聞かせたことなかったのに……。
思い出したらまた恥ずかしくなってきた……。
「なかなか初で可愛らしい声じゃったぞ、ディティス」
「今晩、うちのベッドの半分、空けといてやるぜ☆」
こいつら、後で覚えておけよ……。
「おー、マジギレ五秒前って感じぢゃん? 怖っ。悪かったってぇ〜、ディティス~。今度うちの体も触らせてやるから、それでチャラな? んじゃま、ディティスに殴られる前に、うちらはこんぐらいで退散するわ〜。また仕事一緒になったらよろよろ〜」
「悪ノリが過ぎたようじゃの。平に謝罪する。悪かったのぅディティス。儂も、あのバカが待ってるでな。ここいらで失礼するぞ。達者での」
「……はい。シトラスさんとシーリーズさんも、またどこかで」
ふくれっ面だけど、別れの挨拶だけは頑張ってしました。はい。
「はぁ〜。ディティス様の不貞腐れ顔、お可愛いですわ〜――あいたっ」
「誰のせいだと思ってるのかな、このお嬢様は」
軽くデコピンして諌める。
「申し訳ありません……」
「まぁ、お風呂は気持ちよかったし、許す」
引き摺ってても良いことないし、このくらいにしておこう。
いつの間にか洗濯の終わっていた、私たちの服に袖を通す。貴族の家、すごい。
髪はよく拭いたけど、まだ湿り気があるので、縛らずにそのまま。髪を乾かす魔法の道具とかないのかな? アレイスターさんにお金払ったらそういう魔法陣作ってくれそう……。会ったら聞いてみようそうしよう。
ユニエラちゃんに先導されて食堂へ。
この後の用事もあるので、簡単に食事を済ませてエントランスに向かうと、ロア君とメルコさんとシウスさんが待っていた。他の人たちはもう出ていってしまったそうだ。
「女性陣はやたら長風呂だったな。ま、それも、さっきみんな出てったが。お前らで最後だぞ?」
「待たせてごめんね。それじゃ行こうか?」
「あ、待ってディティスちゃん。渡したいものがあるの」
「渡したいもの?」
メルコさん、それで待っててくれたんだ。なんだろう?
「本当は、その日が来たらカンブリアまで届けに行くつもりだったんだけど、タイミングも丁度いいから、今渡そうと思って。あなたの――あなたたちのお母さんから、シャルティちゃんへの誕生日プレゼント。それと気がだいぶ早いけど、これは私から結婚祝い品」
「え!?」
「誕生日プレゼントは、お父さんのお見舞にあなたたちが先に行かされたときあったでしょう? その時に預かったの。まぁ、その場で私から買ったものなんだけど。帰ったらシャルティちゃんに渡してあげて」
お母さん、あのときそんな手配してたの!? 抜け目がない……。
「それとこっちの結婚祝いは、いつか返すって言ってた借りの分。何が入っているかはお楽しみ、帰ったら二人で開けてね」
あー、ちょっと多めに払った運賃と案内料金の……。
「あれはチップのつもりだったんで、わざわざ返さなくても……」
「そうは言っても、性分なのよ。適正料金より多くお金もらうと気持ち悪くって。こういうところは商人失格だって隊長に怒られるのよねぇ。まぁ気にしないで。私の自己満足に付き合ったと思って、ね?」
「そういうことなら、遠慮なくいただきます。ありがとうございます、メルコさん」
「今後ともご贔屓に。それじゃあねみんな、今回は依頼受けてくれてありがとう、助かったわ」
メルコさんはそう言って、足早に屋敷の前に停めていた馬車に飛び乗り、出発したのだった。
「ロア君、一緒に行きたかったんじゃないの〜?」
名残惜しそうにメルコさんの背中を見ていたロアくんを茶化す。
「うるせっ。そこまで女々しくねぇよ、俺は。ほら行くぞ、だいぶ時間押してんだから」
そうだった。起きたのが昼過ぎなのに、お風呂でゆっくりしてたから、もうすぐ夕方だった! リヴィちゃんを最低でも病院に連れて行かないと!
忙しなく馬車に乗り、シウスさんに病院へと急いでもらった。
馬車を走らせ始めると、勝手知ったるとはこのことで、シウスさんは巧みに馬車を駆り、スルスルと最短コースで病院までたどり着いた。
受付に紹介状を見せて、すんなり診察の手続きは終わった。
病院は幸いにも空いていて、待ち時間はそうなかった。
「リヴィさーん! リヴィ=マストさーん!」
お呼びがかかって、一緒に診察室へ向かった。というか、マストっていうファミリーネームだったんだ、今更知ったよ……。
診察室には、若い女性の先生がいた。
「こんにちは〜。マストさん、お話は聞いてますよ。大変でしたねぇ。戸籍などもお役所に確認取れてます。それで、念の為、ご本人確認させてもらってもよろしいかしら?」
「はい」
「ありがとう。えーっと、名前はよし。年齢は?」
「十三です……」
「うん。主治医から取り寄せたカルテ通り、肉体の成長が遅めと。間違いないわね」
ん? ちょっと待って? 今、リヴィちゃん十三って言った?
「十三歳、なの? リヴィちゃん……」
「ええっと……はぃ。すみません」
心底バツが悪そうに答えた。
「あ、そうなんだ。こっちこそごめんね、小さい子扱いして……。てっきり十歳未満かと思ってたよ」
「いえ、私も、言い出せなくて、ごめんなさい」
小さい割に考えとかしっかりしてるなぁとは思ってたけど、そっかそっか、十三歳か。それなら納得。だって私と二つしか違わないし、何ならシャルちゃんとは一つだし。
「ごめんね、本当に。完全に子供扱いしてたよね。嫌じゃなかった?」
「両親以外からはみんなあんな感じの扱いで慣れていたので……気にしてないです。それより、一番つらい時にそばにいてくれてありがとうございます。あの――」
少し言いにくそうに続ける。
「私を引き取ってくれるって話なんですけど、私を、もっと小さい子だと思ってたから持ちかけてくれたんですよね? ……撤回、してくれてもいいんですよ?」
それを言うリヴィちゃんの手は震えている。
「ロア君以外の男の人はまだ怖いんでしょ? 一人で、この町で暮らしていけるの?」
「それは……が、頑張るとしか言えないですけど……」
「リヴィちゃんはどうしたいの? 一人でこの町で暮らしていたいの? もしそうなら、私たちはこの後、私たちだけでカンブリアまで帰るよ。無理強いする気はないからね」
「私は――」
「ストップストップ! そういう込み入った話は後にして。まだ診察終わってないんだから!」
「「あ……すみません」」
そうだった。こんな大事な話は落ち着けるときにゆっくり話すことにしよう。考える時間も必要だろうしね。
その後、恙なく検査は終了した。
幸い、リヴィちゃんは、その成長の遅れから、初潮も迎えておらず、望まぬ妊娠の心配はないようだった。
他の犠牲者の中には、その日のうちに墮胎処置をした人もいたそうだ。それを聞いて、改めて、あそこで行われていた非道極まる行為に対して、強い怒りの感情が沸き起こった。
塗り薬と化膿止めの飲み薬を処方されて、私たちは病院を後にした。
どことなく、私とリヴィちゃんの間には気まずい空気が流れている。それを察知したユニエラちゃんに問い詰められ、事情を説明した。
「そうでしたの。人の成長速度はそれぞれですもの、そういう行き違いもあるでしょう。これからどうするか、どうしたいかは、結局、リヴィさんの意志の問題ですわね。ちなみに、ディティス様は、連れて行ってほしいと言われたら?」
「いつでもウェルカムだね。女に二言はないのだ」
「流石ですわ! というわけでリヴィさん。私たちは明日には帰路につきますので、あまり猶予はありませんが、よく考えてくださいまし? 重要なのは、あなたがどうすべきか、ではなく、どうしたいかを私たちは問うているということですわ」
「……はい」
そして、シウスさんの超絶御者テクニックで役所まで馬車を飛ばしてもらい、リヴィちゃんの通行証の再発行の手続きをした。これで居残ることも、一度町を出てから戻ってくることもできる。
それで今日の予定が終わったので、またユニエラちゃんの家の別荘まで送ってもらった。
なんだかここ二日、ずっとシウスさんを足に使ってるなぁ。せっかく再会したのに、しかも貴重な休日だったろうに、申し訳ない……。
その旨を伝えると、笑顔で答えてくれた。
「いえ、みなさんの元気そうな顔が見られただけで、アレへの良い土産話になります。それに、馬車を好き勝手すっ飛ばせるのはストレス発散になるので、ここ二日は、みなさんが思っているよりずっと楽しかったですよ。騎士団はきっちりかっちりですから、色々溜まるんですよね」
「シウスさんがよろしければ、今夜は泊まっていってもよろしくてよ?」
「お申し出はありがたいですが、明日が早いので、失礼させていただきます、ユニエラ様」
「そうですか。ではまたいつか、ですわね」
「ええ、また。ディティスさんたちも」
「はい。ありがとうございました、シウスさん」
シウスさんは、帰りは馬だけに乗って帰っていった。荷車は昨日ユニエラちゃんが買ったものだったし、当然のことだけど。
食事を摂って、お風呂に入り、明日に備えて眠る。
その前に、リヴィちゃんが寝間着の裾を引っ張った。
「お話、いいですか?」
頷いて、一緒にベランダに出る。夜風が風呂上がりの体に心地いい。
「どうしたいか、決まった?」
「はい……」
「なら、もう少し自信持った顔しないと」
決心がついた割に、険しい表情をしているリヴィちゃん。きっと、まだ迷惑かけるとか、余計な心配してるんだろうなぁ。でも、そういう言い訳がましい、『自分がいない方がいい』理由なんて、私は聞く気はないからね、リヴィちゃん。
先手必勝だ。
「じゃあ結論を聞こうかな?」
リヴィちゃんはしばらく、自分の寝間着の裾を掴んでどう口にしようか悩んでいるようだった。
私は、リヴィちゃんが話し始めるまで待った。
心地よかった風が、肌寒く感じるくらいになったころ、リヴィちゃんがついに口を開いた。
「わ、私、ディティスお姉さんたちと、一緒に行きたいです! でも――」
「はい決まり! じゃあ中に入って寝よ寝よ〜。寒くなってきちゃった」
有無を言わさず、リヴィちゃんの背中を押して部屋に戻る。
「あの私、でも――」
「でもじゃない。リヴィちゃんは決めた。ならそれでいい。私ははじめに、リヴィちゃんの決めたことを尊重するって言った――……言ってないかもだけど、そういうつもりだったから! リヴィちゃん、私たちに迷惑かけちゃうかもとか考えてるんでしょ?」
そう言ったときの、リヴィちゃんのギクリとした表情を、私は見逃さなかった。
部屋に入れたリヴィちゃんをベッドに座らせ、その目線まで屈んでから、私は諭した。
「あのね、リヴィちゃん。人は大なり小なり、他人に迷惑かけて生きていくものなんだって、私のお母さんが言ってた。だから、迷惑かけてもいいんだよ。私だって誰かに迷惑かけてるし、アイちゃんもロア君も、ユニエラちゃんだってそう。それを助け合って、補い合って、みんな生きてる。リヴィちゃん一人増えるぐらい、なんてことないんだよ!」
リヴィちゃんは、割り切れないといった表情だ。
「まぁ、いきなり納得するのは無理な話だってのは、私自身よく分かるよ。でも、一緒に行きたいと思ってくれたのなら、今はそっちを優先してほしいなって、お姉さんは思います。それとも、一緒に住むの、実は嫌だった?」
「そんなことはないです! 一緒にいたいのは本当です!」
「さっきも言ったけど、なら、今はそれでいいんだよ。一緒にいよう、ね?」
「……はい」
「うん。じゃあそろそろ寝よっか。明日はお土産も買わないとだしね! リヴィちゃん、何かいい物あったら教えてね? 私、王都初めて来たから、何がいいのかさっぱりわからないんだ」
「はい」
「ふふ、早速リヴィちゃんに迷惑かけて助けられちゃったよ、私。ね?」
「!?――はい!」
そのとき、リヴィちゃんの今日一番の笑顔の花が咲いたのだった。




