キャラバン護衛編ⅣⅩⅣ
拝啓、故郷のお母さん、お父さん。
山の木々も青々とした葉をつけ、初夏の風を感じる今日このごろですが、いかがお過ごしでしょうか。
病気や怪我などありませんようにと、常日頃から願っております。
この度は近況報告をしようと、筆を執りました。
さて、本題の私の近況はというと――
親しくなった貴族様の王都での別荘、そのパーティールームにて、頬にフローリングの跡をくっきりとつけて、昼過ぎに目覚めましたことをご報告申し上げます……。
――敬具
はっ!? 今、すごく残念な感じの手紙書いてる夢見てた!?
あ、違う。手紙は夢だけど、状況は夢じゃないや……。
周囲を見回すと、事情を知らない人が見たら、貴族の屋敷に襲撃があって、返り討ちされた賊の死体が転がっていると誤認しそうな光景がそこにあった。
死屍累々。誰も死んじゃいないけれど、そう見えなくもない。
空になった酒樽が部屋のそこここに転がり、それにしがみついて眠っている人もいる。
部屋の中央で、大の字になって気持ちよさそうにいびきをかくアレイスターさんが少し恨めしく思い、頬を強めに指で突いて、私は部屋を出た。
そういえば、ユニエラちゃん、部屋にいなかったなぁ。もう起きたのかな、あれだけ飲んでたのに……。
そんなことを考えながら部屋を出た先で、この屋敷のハウスキーパー兼侍従の女性が一礼して話し始めた。
「おはようございます、お客様。起きた方に順番に食事を提供するようにと、お嬢様から仰せつかっております。それと、必要であれば浴場の提供もと。いかがなさいますか?」
「じゃあ、まず浴場をお借りします。えーっと、ユニエラちゃ――様はもう起きていますか?」
「はい。お嬢様は皆さまの中で最初にご起床され、身支度も整え、今は、お客様のお連れのリヴィ様とご一緒におられます」
あの状況で最初に起きるのか、ユニエラちゃん……。家主、とは違うけど、持ち主の親族ってだけのことはある。でも、それじゃあほとんど眠れていないんじゃないの? 帰りの馬車では寝させてあげよう。
「浴場を先にご利用でしたね。では、こちらへどうぞ。ご案内いたします」
言われるままついて行き、浴場へと通された。
「こちらです。ごゆるりとお寛ぎください。アメニティ各種は備え付けでございますので、ご自由にお使いください。上がりましたら、室内の伝声管をお使いください。人をやりますので、今度は食堂にご案内いたします。では、私はこれで」
遠ざかる背中にお礼を言って、浴場に入る。
今更、侍従さんの言った浴場という言葉が気になった。
浴室じゃなくて浴場かぁ。結構広いってことかな?
公衆浴場には行ったことあるけど、まさかあそこまでは広くないでしょう。
「お、ディティスじゃ~ん! おは〜」
脱衣所には先客のシトラスさんがいた。その褐色で凹凸の緩急がはっきりした、豊満な体を無遠慮にあけっぴろげにしたまま抱きついてくる。自分の体に相当な自信がないとできないことだ。少なくとも私はできない。羞恥心が先にくるから……。
「やめぬか入口付近で……。男が通りかかったらどうする。せめて前ぐらい隠さぬか、シトラス殿」
ヌッと奥からシーリーズさんが現れてシトラスさんを注意した。
「うちは別に見られても平気だし。てか、やっべーぞここ! マジで広くて公衆浴場みたいなんだわ! ディティスも早く入ってきなよ!」
「お主が抱きついとるからディティスが動けんのじゃろうが!」
「そかそか。メンゴなディティス。お詫びにチューするか?」
「しませんよ……」
「えー? うち、めっちゃ上手いぜ? 経験人数が違うかんね!」
「私、好きな人以外とはそういうのしないんで……」
「ええ~。うちのことは好きじゃないのかよ~。冷たくね? 傷つくわ」
「シトラスさんのことは好きですけど、そういう意味の好きじゃなくって!!」
「あっはは! 冗談ジョーダン! わーってっし、そんなこと。……いやでもマジな話、ディティスとなら全然キスできるぜ? なんなら、これからどれくらいディティスのこと好きか、教えてやろうか? ベッドで」
「な!!?」
耳元で、息の混じった艶っぽい声音で囁かれ、私がたじろぐと、悪戯っぽい表情でシトラスさんが笑った。
私の顔は、きっと真っ赤になっていることだろう。
「あははははは!! まーたひっかかった! リアクション可愛過ぎんだろ、ディティス~。からかい甲斐あるわ~」
「お主、いつまでもその調子だと、ディティスが風呂に入れんじゃろと今言ったばかりじゃろうに」
「ホント、マジ、これで最後だから! わりぃって。んじゃ、パパっと脱いで一緒に入るか!」
「いや、入ってなかったの!?」
「ナイスツッコミ! 一回入ったけど、いい風呂は何回入ってもよくね?」
それは疑いようもない真実だ。『乾杯と風呂は何度でもいい』とはよく言うことだし。贅沢にお湯が使える機会を逃してはいけない。しかもタダで!
タダ……タダか?
昨夜、金貨十枚以上使ったことを思い出して、余計に入らにゃ損だと思えてきたぞ?
「シーリーズさんはもう入った?」
「う、うむ。入ったぞ? それがどうかしたのかの?」
「私たちともう一回入ろう! 私は一回目だけど!」
「どうした急に。儂は一回で十分じゃが?」
「昨夜あんなにお金使ったんだから元取らないと! お湯を自由に使えるんだよ!?」
「はっ!? それもそうじゃな! そうじゃった!! 休みながらもう二回は入らねば! ……飲み物とか、持ってきてもらえるんじゃろうか?」
私の一言でスイッチが入ったシーリーズさんが、素晴らしいひらめきをしてくれた!
「あ! ナイスなアイディアじゃね? ちょっち聞いてみっか!」
早速伝声管で飲み物がもらえるか尋ねるシトラスさん。さて、返答は……。
「お酒じゃなければ、おけまるだってよ! 何にするよ、お前ら!」
ぃやったああああ!!
三人で何にするか話し合っていると、アイちゃんとユニエラちゃんとリヴィちゃんがやってきた。
「こんな入口そばで何をやっていますの? 外まで声が聞こえてきていましてよ? シトラスさんと、シーリーズさんは、なんてはしたない格好で……。下着ぐらい着たらどうですの? ……ディティス様はなんで脱いでなさらないのですか!? 脱衣所ですわよ!」
「私にだけ真逆なこと言ってる!?」
ユニエラちゃんたちに事の次第を説明する。
「はぁ、いつまでも来ないと思えばそんなことを……」
おっと、幻滅されちゃったかな? 貧乏性でごめんよ、ユニエラちゃん……。
「そんな楽しそうなこと、私も混ぜてもらわなければ困りますわ! アイ、リヴィさん、私たちも入りますわよ!」
乗ってきた!?
そして、そのあとから来た女冒険者や、メルコさんなども加わり、一夜明けてから行う二次会のような雰囲気で、お風呂女子会をすることになったのだった。




