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キャラバン護衛編ⅩⅩⅩⅥ

 眼鏡の青年――アレイスターさんを先頭に、アイちゃんたち、長物武器の人たちが次いで、最後に私たちの順に入った。

 アジトの中は、通路は外観からのイメージ通り、狭い。

 私たちは、アレイスターさんの言う通りに、警戒しながら、一部屋一部屋見て回った。どの部屋も同じ間取りで、整理整頓なんてできているわけもなく、どれも乱雑に毛布が敷かれただけの、寝るためだけの部屋といった感じだ。だけど、どの部屋にも必ず、毛布や壁、床に染み付いた血痕や、乾いた体液の染み、それと据えた臭いが立ちこめていて、そこで何が行われていたのかを嫌でも思い知らされた。

「女の子にはちょっときついよな? 外に出ててもいいんだぞ?」

 アレイスターさん含め、男性陣が、女性陣に気を遣ってくれたけれど、私たちは一様にその申し出を断った。

 こんな光景を見せられて、外に出て待つなんてこと、逆にできるわけがない。絶対に許さない。私たちの心は一つだった。

 一番奥まったところにある、広い部屋。大きめの机と椅子ががいくつか並べられていて、机の上には、酒瓶や食器類が煩雑に転がり、パンくずや食べこぼしが目に付く。どうやら食堂らしい。

 食堂の奥には別の部屋に繋がる通路があり、そこに入ると、木箱にテキトーに詰められた食材と、川の水を魔法陣で汲み上げて掛け流しにした流し台と、竈があった。調理できるものがいたのか、捕まえた女性たちにやらせていたのか、恐らく後者だろう。

 食事スペースであるこの部屋にまで、他の部屋と同様の痕跡が見られた。竈のある部屋にもだ。時間も場所も問わず、下衆どもの慰み者にされ続けた女性たちの苦痛は、私にはもう計り知れない。

 一行の中で、盗賊たちへの怒りが最大まで上がっていくのを肌で感じた。

 さて、外から見えていた部屋の分は、これでおおよそ見終えてしまったわけだけど、肝心の頭目や、攫われた女性がまだ見つかっていない。

 アレイスターさんは、フムと頷くと、床に何やら書き始めた。

 ミミズがのたくったような模様の間間(あいだあいだ)に数字が見える。シウスさんが言っていた、速記式魔法陣というものだろう。

 最後に模様を丸で囲み、完成した魔法陣の中心に入ると、その縁に手を当てた。すると、魔法陣が輝きだして、ポーンという音を発して消えた。

 アレイスターさんは魔方陣の上で腕を組み、顎に指を当てて、なるほどと、一人で何か納得していた。

「アレくんよぉ、一人でカッコつけてないで、うちらにも説明よろ〜」

「アレくん!?」

 シトラスさんが尋ねた。

「オホン。まぁなんだ。結論から言うと、このアジトには地下がある。階層は一つだけだけど、部屋数はぼちぼちある。かなり広い」

「それを今のポーンってので調べたの!? 魔法すげぇな……。てか、アレくんがすげぇ!」

「ま、まぁそれほどでもあるがな! 今の魔法は地形走査と言ってだな――」

「あ、そういう解説はいいんで。うち頭痛くなっからな、そういうの。で、入り口どこよ? あの髭面ぶっ殺したくてウズウズしてんだわ、うちら」

「あ……はい」

 少しシュンとしてるアレイスターさんが不憫だった。まぁ、私もシトラスさんとおつむの構造が似てるから、そういう解説は全然頭に入ってこないんだけどね……。ごめん、アレイスターさん。

 アレイスターさんが見つけた地下への梯子を降りる。

 ここも道は狭いけど、入り組んで迷路のようになっている分、地上部分より厄介そうだ。

 部屋も、アレイスターさんの言う通り多くて、地上と同じ光景がまだ続くのかと思うとウンザリする。

「な、何か、き、聞こえる……ひ、人の、こ、声みたいな?」

 アイちゃんが耳に手を当ててそう言った。

 私も同じように集中して聞くと、確かに、微かな声らしき音が聞こえた。方向まではわからないけど……。

 他のみんなも、聞こえはするみたいだけれど、方向は掴めないようだ。

「アレくん、こういうときこそ魔法じゃね? ちゃちゃっと人探しよろしゃすっ!」

「もう書いてるから、ちょっと待て。天井までだいたい二千ミリメートルくらいで、走査範囲は半径五万ミリメートルで……よし!」

 なんでミリメートル単位なのかは分からないけど、それはともかく、アレイスターさんが出来上がった魔法陣を起動すると、さっきと同じ、ポーンという音が地下道を流れていった。

 魔法を使い終えたアレイスターさんが腕を組んで唸った。

「どした? とりまトイレ行っとく?」

「いや、それは大丈夫。人は見つけた。でも、複数の箇所にバラけて配置されてる」

「それがなにか問題ある系なの? 近いとこから順番に行けばいいじゃん」

「罠もあるだろうし、それはそうなんだけど……」

「何なのさ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいってオカンに言われなかった?」

「別に言われなかったし、俺は昔からちゃんと、言うことは言うぞ?」

「んじゃどうぞ」

「人質が罠そのものにされてる可能性がある」

 ちょっと理解が追いつかない言葉がアレイスターさんの口から放たれた。

「どういうことですか?」

「行ってみれば分かる話だよ。まぁ、とりあえず向かおう」

 私達は上の階と同じように、魔法陣の罠を警戒、処理しながら、人質の女性と思われる人がいるところへ向かった。

 そして見つけた。

 猿轡を噛ませられ、両手両足を鎖で繋がれた女性が、泣き、呻きながら、通路の真ん中に仰向けに寝かせられている姿がそこにはあった。

 女性には、それ以外の拘束は特に見られず、私には不思議に思えた。なぜあそこでああしているのかと。手足は拘束こそされているけれど、足枷、手枷を繋ぐ鎖は歩くには支障が無さそうな長さだった。立って歩こうと思えば歩けるはず。手足の腱が切られているのだろうか?

「あークソ! やっぱりか」

 私が駆け寄ろうかと考え始めたところで、アレイスターさんが苦々しそうに呟いた。

「いいか、お前ら、絶対に、俺が良いって言うまで近付いてくるなよ!」

 そう言いながら女性に駆け寄るアレイスターさんは、とても腹立たしそうだった。

「お嬢さん、こんにちは。今猿轡を取りますね」

 優しい声で仰向けの女性に話しかけるアレイスターさんは、まず、意思の疎通を図るために猿轡を解く。

「た、助けて……」

 開口一番、泣きながら、助けを乞う女性に、アレイスターさんは笑顔を向けて、安心させるために優しく答える。

「はい。貴女の状況は理解しています。だから安心してください。必ず助けますから、じっとして、大きく深呼吸してください」

 女性が言われた通り深呼吸をするのを確認すると、アレイスターさんは質問を始めた。

「少し質問しますね。背中に何か貼られたり、書かれたりしましたか?」

「は、はい。背中側の布を破かれて、直接爪か何か尖った物、ナイフだったかも? で、何か書いて丸で囲んでました……」

「ありがとうございます。背中の下には、板か何か挟んでますか?」

「い、いいえ。私を寝かせる前に地面にも直接何か書いてました。それで、私を寝かせたら、体を起こしたら死ぬ仕掛けだぞって……助けてください!」

「はい、助けます。だから泣かないでください、お嬢さん。背中というのは、肩甲骨の下あたりですか?」

「そうですぅ……ぅぅぅ」

「ありがとうございます。大丈夫。助かりますから」

 アレイスターさんは、そこまで聞くと、一度、額に浮いた汗を袖で拭いた。そして、鞘から剣と言うには短く、ナイフと言うには長い、両刃の細身の刃物を抜き出した。そしてそれを、女性の背骨に沿うように充てがう。

「少し痛みます。我慢してくださいね」

 そう言って、解いた猿轡をもう一度噛ませ、女性の肩を地面に押し付けながら、刃物を背中と地面の間に刺し入れた。

「んんんんんんんんんんんん!!!」

 女性が猿轡を噛み締めて悲鳴を上げた。痛みの反射で体を起こそうと暴れるのをアレイスターさんは押さえつけながら刃物を挿入していく。

 その声を聞いたのと、アレイスターさんの行いで頭に血が上った私が、思わずアレイスターさんに飛びかかろうとするのを、唇を強く噛んだシトラスさんが前を塞ぐようにして止めた。ユニエラちゃんやロア君、アイちゃんも肩や腕などを掴んだり抱きついたりで止めようとしてくれていた。

「ディティス。アレイスターさんは助けるって言った。信じろ!」

「お気持ちは充分分かります。ですが、今は耐えてくださいまし!」

「だ、ダメ!」

「ディティス、うちも気持ちはわかる。でもさ、迂闊に動いて、アレくんの邪魔になったら、あの人も助からないかもしれないっしょ? もうちょい待つべ? ダメだったときは、そんときに落とし前つけさせよう。な?」

 私はジリジリと引き摺っていたみんなを開放して、深呼吸した。

「ごめん。早合点かもだった。もうちょっと信じて待ってみる……」

 依然として、女性の悲鳴が響く。身につけているボロ布同然の衣服は、みるみる血で赤く染まっていく。

 アレイスターさんの額には、また玉のような汗が浮かび、その顔もとても悲痛そうだ。その顔を見て理解した。あの人も好き好んであんなことやってるわけじゃないんだって。

 刃物が根元まで入ると、アレイスターさんは、刃物の柄頭(つかがしら)の金具を外して、女性を抱き起こした。女性の背中には刃物が刺さったままだ。

 刃物は、金具を外した柄頭から、半分に裂けるように開いていた。残ったもう半分の刃物は、地面に書かれた魔法陣を両断するように刺さっている。

 女性に刺さったままの刃物を見返すと、そちらも、背中の魔法陣を両断する形で刺さっていた。

 アレイスターさんが女性から刃物を抜くと、また悲鳴が上がる。そこに、本当に申し訳なさそうに謝罪しながら、魔法薬を手渡す。

 女性も、はじめは、アレイスターさんに何か言いたげだったけれど、その表情を見て言葉を飲み込み、魔法薬を受け取った。

 魔法薬を飲んだ女性の傷は完全に癒えた。その後、拘束していた枷を、ロアくんが鍵開けで外して、冒険者に外まで連れて行ってもらった。

 最後に女性は、小さくありがとうと言っていた。

 女性が去ったあと、アレイスターさんは大きな溜息を吐いた。

「おつおつアレくん。とりま汗拭きなよ。マジぐっしょりだかんね。ほい」

 腰のポーチから取り出したタオルをシトラスさんが手渡した。

「ありがとうございます」

 アレイスターさんは受け取ると、ポケットから板を一枚出して、タオルにかざした。

 板は、光を発した直後から水を流し始め、タオルはあっという間に濡れタオルになった。

 そのタオルを絞って、眼鏡を外し、思い切り顔面に押し付けると、すごく気持ちよさそうな声を上げた。

 あれは私でもよくわかる。絶対に気持ちいいやつだ!

 その場の全員が息を呑んだのが分かった。

 それもそうでしょうよ。何せ、最初からここの盗賊を相手していた私たちは、半日近く緊張状態で嫌な汗かきまくりだったわけだし!

 でもまぁ、今はちょっと我慢する。全部終わったらだ! そのときは濡れタオルどころじゃない! 王都の浴場とかそういうところにみんなで行く! 絶対に!

 それに、これからアレイスターさんは、今のと同じことを何度もしなくちゃいけなくなるかもだし、この程度のこと、安すぎるくらいだ。心情としてはそう、一回終わるごとにお酒でも振る舞ってあげたいくらい。それも安いかな?

「ぷはぁ〜。あー、シンドかった……。作業もだけど、精神的に。これあと何回やるの俺って感じだわ、マジで。この罠は相手したくなかったなぁ……」

 対処の仕方といい、それ専用のものと見られる道具といい、アレイスターさんには経験を感じられた。

「よく知ってるんですね、あの罠について」

「ん? あー。まぁ、な。よく知ってるよ、ホントに……」

 その悲嘆を帯びた顔を見て、私はその先を深く踏み込んで聞けなかった。

「すみません。悪いことを聞きました」

「いや、いいって。でもまぁ、あんまり話したくないことなんで、突っ込んでこないのは助かる。だから、この罠の概要だけな」

 アレイスターさん曰く、『人の悪意を煮詰めたような罠』だそうだ。

 本来は、死体を使うブービートラップなのだそうだが、たまに生きた人間も使うらしい。その言葉を聞いただけで、私は少し吐き気を催した。

 仕組みは、他の魔法陣を使った罠と変わらず、探知用の魔法陣と、攻撃用の魔法陣のニコイチ。

 この罠の探知の魔法陣は、一般的に、明るさを探知するものを使うそうだ。仕掛けるのは背中か、地面か、はたまた壁か。

それは術者が決めるから、どっちが必ずどちらかという決まりがないのも厄介なところだという。

 罠の仕掛けられた人間の上体を起こすと、明るさを検知して、攻撃の魔法陣が起動する。この場合の攻撃魔法は、手っ取り早く爆発系にすることが多いみたいだ。

 仕掛けた人間を仰向けにするのは、顔を見えるようにするためで、倒れていたり壁に寄りかかっていたり、見知った人間がそういう状態ならば、駆け寄って抱き起こすだろうという人間の心理を突いている。実に嫌らしい。

 代表的な対処方法は、腕や足などを長いロープで縛り、安全そうな位置から思い切り引っ張るという力技だった。でも、これは仕掛けられている人間がすでに死んでいる場合に限られていて。生きた人間を使われると、こうはいかないそうだ。そりゃそうだ。

 さて、今回、女性に使われていた魔法陣だけど……。なんと、仕掛けられていたのは一般的じゃない方の探知魔法だったそうだ。

 この探知魔法陣は、攻撃用の魔法陣と接触させていて、接触しているかどうかを探知している。接触が切れると、攻撃魔法が起動するというものだ。

 明暗がはっきりしない洞窟や、夜用にと考案されたものだそうだけれど、明度や輝度といった数値設定をしなくていいという点から、仕掛けるのが容易なため、最近増えてきているのだという。

 対処方法は、死体であればさっきと同じなのだけど、ここでも持ち上がってくるのが、生きた人間に仕掛けられた場合の救出方法だ。

 人体側に攻撃魔法が書かれていても、死体であれば、十分な距離を取っていれば、燃えたり、爆発四散したり、電撃でビリビリといった被害を受けるのは死体だけだけれど、生きた人間は明確な被害者が出る。しかも目の前でなす術なく死んでいってしまう。

 これを助けるために作られたのが、アレイスターさんの持っている、真ん中で割れる細長い刃物だそうだ。

 この罠の一番の問題は、明度探知式か、接触探知式かが一目で判断がつかないところにある。全てが明度探知式だった最初の方は、寝かせられている地面を掘って、どっちとも知れない魔法陣を破壊すれば済んだ話だったけれど、接触探知式が出てきたせいで、どちらが攻撃魔法側なのか明確にわからないと対処しようがなくなったのだ。

 何故かというと、接触探知式は、接触が切れると攻撃魔法が起動すると説明があったけれど、この起動条件の『接触切れ』には、なんと、探知魔法側が効力を失うことも含まれているのだそうだ。

 だから、攻撃魔法側を把握して破壊しなければならないんだそうなのだけど、この罠は、必ず人の体が魔法陣を覆って隠しているため、その把握が不可能ときている。

 でもこの刃物があれば、地面と人体と、両方を一度に切りつけて魔法陣の破壊ができるというわけだ。問題は、その作業中は、地面と背中が離れて攻撃魔法が起動しないように、要救助者は地面に押さえつけられ、刃物が体を抉る痛みが襲い続けるというところ……。

 救出する方もされる方も、酷く体力、精神力を削られてしまう、陰湿な、それこそ、アレイスターさんが最初に言った、『人の悪意を煮詰めたような罠』という評価がとても納得できるものだと分かった。分かってしまった。

 この罠がさっきの一回で済むはずがないと確信できてしまう私たちは、このあと、何度あの助けられた女性と同じような悲痛な叫び声を聞くことになってしまうのかと、気が重くなった。

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